第7章:ワグネルの誕生と力のドクトリン
20:失われた栄光とプーチンの焦燥
サンクトペテルブルク市庁舎 プーチンの執務室
エリツィンの下で権力を固めていくプーチンだったが、その心は晴れることがなかった。窓から見えるのは、西側資本の横行と、音を立てて崩壊していく「旧ソ連の版図」だった。
プーチン(独白):「金とパンの匂いに釣られて、彼らは皆、西側の犬になった。NATOの奴らが、我らの兄弟を鎖で繋ごうとしている。この流れを止めるには、金と力が足りない…」
プーチンは、ソ連時代の栄光を冷徹に思い起こし、「武力と情報を合わせた超限戦(オールドメイン戦)」の必要性を痛感する。しかし、腐敗した正規軍と官僚機構では、西側の工作に対抗できない。
彼は、その「影の手段」としてプリコジンに目をつけた。
21:東欧での挫折とワグネルの結成
プーチンの指示により、プリコジンは東欧諸国、特にNATO加盟を目指す国々への「工作」を開始した。
初期の失敗: 当初、プリコジンの裏社会的な手法や、ロシアから送り込まれた工作員は、西側の洗練された諜報活動や、現地の強い反露感情の前で失敗を繰り返した。多くの工作員が逮捕され、情報が漏洩した。
ワグネルの結成: この失敗から、プリコジンは「チンピラの延長」ではない専門的な私兵組織の必要性を悟り、後のPMCワグネルの雛形を結成する。彼は、元特殊部隊員や裏社会のプロフェッショナルを集め、「公には存在しない軍隊」を作り上げた。
22:独自のドクトリンの確立
東欧での失敗と、シリアやアフリカでの実験を経て、ワグネルは西側列強の工作に打ち勝つ独自の「ドクトリン」を確立する。
金と力、そして武力:
経済的支配(金): 現地のエリートや軍閥に巨額の金銭と鉱物利権を与え、忠誠を「買う」。
情報操作(力): トロール工場による世論操作とプロパガンダで、現地の民主主義とメディアを内部から腐敗させる。
効率的な武力(武力): 少数精鋭の部隊による迅速かつ残虐な軍事作戦で、政権を維持・転覆させる。
このドクトリンは、「独裁的国家運営パッケージ」として完成した。
プリコジン(ワグネルの幹部に):「我々は『料理人』だ。我々の『客(独裁者)』が何を求めているか、その『命』と『権力』を守る『レシピ』を、我々だけが提供できる。ロシアの正規軍や西側の軍隊に、そんな『サービス精神』はない。」
23:影の帝国の拡大とエリツィンへの影響
ワグネルの活動は、アフリカのダイヤ・金鉱山利権と引き換えに独裁政権を維持し、シリア内戦ではロシアの外交戦略を地上で支えるという、国際的な「影の帝国」へと拡大した。
このプリコジンが築いた「金と力のネットワーク」は、本国ロシアでもいかんなく発揮された。彼は、政治家やオリガルヒの弱みを握り、プーチンへの忠誠を強要。
エリツィン大統領は、プーチンが構築したこの巨大な「影の力」と「情報ドメイン」を無視できなくなり、やがてプーチンへの権力委譲を決断する決定的な要因となるのだった。




