第4章:ニュー・アイランドでの運命の対面
9:予感と影の情報収集
高級レストラン「ニュー・アイランド」の裏手
プリコジンは、コモロフから送られた暗号のようなメッセージを受け取っていた。
コモロフ:「ジェーニャ。近いうちに『新しいメニューの選定者』が、お前の店を訪れるだろう。『ソ連の歴史』について、うるさい客だ。最大限の『敬意』を払え。」
「ソ連の歴史にうるさい客」―それは、旧KGBの人間、そして何よりもプーチンその人を意味していた。
プリコジンはすぐに動いた。厨房に潜ませている、かつての裏社会からの馴染みで、情報収集に長けたウェイターのヴァディムを呼び出す。
プリコジン:「ヴァディム、サンクトペテルブルク市庁舎のウラジーミルという人物について調べろ。奴が好む『無理難題』、そして『本当に』何を食いたいのか、一滴残らず情報を絞り出せ。」
ヴァディムの報告: 翌日、ヴァディムは裏社会のネットワークを駆使し、情報を持ち帰る。ウラジーミルは非常に気まぐれで、セキュリティへの意識が異常に高い。そして、彼の好物は、見た目は素朴だが、最高の食材と完璧な技術が必要な、「サンクトペテルブルクの伝統料理」であるという。
10:プーチンの芝居を見抜く
ニュー・アイランド VIPルーム
数日後、ついにその客が来店した。
プーチンは、黒いスーツのガタイの良いボディーガードのような男を「上司」のように振る舞わせ、彼自身は一歩引いた「補佐役」のような位置に座っていた。これは、プリコジンの洞察力と忠誠心を試すための芝居だった。
プリコジンは店の奥からその様子を観察し、即座に偽装を見抜いた。
(プリコジンの思考:『愚かな芝居だ。ガタイの良い駒は、目隠しのために座らされている。真の権力者は、常に、自分を低く見せることで、周囲の人間を観察し、コントロールする』)
プリコジンは、店の責任者として、ガタイの良い男に丁寧に挨拶をし、気づいていないフリを完璧に演じた。そして、プーチンの目と合わぬよう、常に偽の上司にだけ視線を送った。
11:最高の「もてなし」と料理
プリコジンは、偽の上司が注文した高価で凡庸なメニューを退け、プーチンが本当に好む料理を厨房に指示した。
それは、ヴァディムの情報に基づいた、一見地味な「サンクトペテルブルクの伝統的な肉料理」だったが、最高級の食材を用い、完璧な火加減で仕上げられていた。
プーチンは、彼の意図しない料理がテーブルに運ばれてきた時、一瞬、冷たい警戒の目をプリコジンに向けた。しかし、一口食べると、その目は微かに揺らいだ。
プーチン(補佐役のフリをして):「……この料理は。まるで、子供の頃、祖母が作ってくれた味だ。なぜメニューにない料理が出てきた?」
プリコジンは、偽の上司に向かって、慇懃無礼なほど丁寧に答えた。
プリコジン:「支配人として、お客様の表情と、『真の食の好み』を察することは、義務でございます。最高の『満足』をお届けしたかった。」
プーチンは静かにその料理を平らげた。彼は、この一皿によって、プリコジンの「洞察力」と「忠誠心」、そして「実行力」の全てを測った。
12:最初の握手
食事が終わり、プーチンと偽の上司が立ち去ろうと出口に向かう。
誰もが、ガタイの良い男が真の顧客だったと思い込む中、プリコジンは静かに、プーチンの前にだけ立ち塞がった。
プリコジン(プーチンの目を真っ直ぐ見て):「ウラジーミル。お会いできて光栄です。この街の『汚染』を清めるための、次の『レシピ』をご用意してお待ちしております。」
プーチンは一瞬、全てを見抜かれた驚きと、この男の大胆さに満足した笑みを浮かべた。彼は、偽装を脱ぎ捨て、KGBのエリートとしての静かな威厳を放つ。
プーチン:「ジェーニャ。お前の『料理』は、私がこれまで味わった中で、最も…興味深いものだ。」
プーチンは、差し出されたプリコジンの荒々しい手を、朗らかに、そして力強く握った。
ここに、「プーチンの料理人」としての、栄光と破滅に満ちた物語の幕が上がったのだった。




