最終章:墜落する帝国(エピローグ)
86:ルカシェンコの舞台と「最大の手向け」
場所:ベラルーシ ミンスク近郊の秘密公邸
反乱の停止と引き換えに用意されたのは、ベラルーシの大統領ルカシェンコによる仲裁でした。一国の軍事会社のリーダーに対し、隣国の元首が直接介入し、国家間の政治問題として処理される——。
これは、プリコジンという存在が、もはや一民間人の枠を遥かに超え、国家を脅かす「巨獣」であったことへの、皮肉なまでの最大の賛辞でした。
ルカシェンコ(プリコジンに、電話越しで): 「ジェーニャ、これ以上進めばお前も、お前の戦士たちも、そしてロシアも木っ端微塵だ。私のところへ来い。『客』として迎えてやる。」
プリコジンは、その申し出を受け入れました。革命という情熱の炎が消えた後、彼に残っていたのは、部下たちを救いたいという「父としての未練」と、行き場を失った「影の支配者」としての孤独だけでした。
87:亡霊たちの2ヶ月
場所:ベラルーシの天幕キャンプ、そしてアフリカ
ベラルーシに身を寄せたプリコジンでしたが、彼は止まることができませんでした。ワグネルの兵士たちに訓練を施し、再びアフリカの戦地へと飛び、ビデオメッセージを発信しました。
「我々はロシアをより偉大にし、アフリカをより自由にしている……」
その姿は、かつての権勢を取り戻そうとするあがきにも、あるいは自分の終わりの時を悟り、最後の「仕事」を全うしようとする儀式にも見えました。しかし、ロシア国内では、プーチンとFSBによる「ワグネルの解体」が着実に、冷徹に進められていました。
88:2023年8月23日、トヴェリ州の上空
反乱からちょうど2ヶ月後。プリコジンを乗せたプライベートジェットは、モスクワからサンクトペテルブルクへと向かっていました。
機内には、ワグネルの軍事的な脳であったウトキンをはじめ、彼の帝国の幹部たちが勢揃いしていました。それは、あたかも「影の帝国」そのものが一つの箱に詰め込まれたかのようでした。
午後6時過ぎ: 高度8,500メートル。機体は突如として制御を失い、白煙を上げながら地上へと落下していきました。
89:料理人の最期
場所:墜落現場の廃墟
炎上する機体の残骸の中で、エフゲニー・プリコジンの波乱に満ちた生涯は幕を閉じました。
プーチンは後に、テレビを通じて静かに語りました。
プーチン:「彼は複雑な運命を辿った男だった。重大な過ちを犯したが、結果も出した……。」
それは、かつて「ニュー・アイランド」でスープを運んでいた料理人への、あまりにも冷たく、事務的な弔辞でした。
結び:ロシア式「国家操縦術」の完成
プリコジンは、プーチンの移行を理解し、ロシア式の操縦術を誰よりも巧みに操りました。しかし、彼は一つだけ忘れていました。「影」は、光(国家)がその役割を終えたと判断した瞬間、一瞬で消される運命にあるということを。
彼はバフムートで勝利を収めましたが、その名誉は歴史の闇へと葬られました。しかし、ロシアの荒野には今も、彼を「真の英雄」と呼ぶ兵士たちの囁きが響いています。
(完)




