第25章:200kmの絶望(届かなかった革命)
82:ボロネジの火、そして行進の孤独
場所:モスクワへ続く幹線道路 M4
ワグネルの車列は、ボロネジを通り抜け、凄まじいスピードで北上を続けました。空からのロシア軍ヘリコプターの攻撃を撃退しつつ、プリコジンはあくまで「行進」を続けようとしました。
しかし、モスクワに近づくにつれ、彼の期待は「静かな絶望」へと変わっていきました。
無関心な大衆: ロストフでの一時的な熱狂とは裏腹に、ロシア全土が蜂起することはありませんでした。人々は窓から軍列を眺め、スマホで撮影するだけで、「体制を覆す波」にはなりませんでした。
孤立無援: 国防省の内部から同調する部隊が現れることもありませんでした。プリコジンの「正義」は、巨大な国家機構の沈黙に飲み込まれていきました。
83:将軍の拳銃(スロビキンからの「死の伝言」)
場所:モスクワ郊外 200km地点の野営地
モスクワまであとわずか200km。首都の入り口には対戦車障害物が置かれ、正規軍が待ち構えていました。その時、プリコジンの元に一通の動画メッセージが届きます。
画面に映っていたのは、憔悴しきったスロビキン将軍でした。
スロビキンの姿: 彼は右手に銃を握り、それをテーブルの上に無造作に置いていました。その目はうつろで、まるで台本を読まされているかのような、力のない声でした。
スロビキン(動画内): 「……戻れ、ジェーニャ。止まるんだ。敵を喜ばせるだけだ。今ならまだ、血を流さずに済む……。」
プリコジンはその映像を凝視しました。テーブルの上の拳銃、不自然な手の位置。それは「俺はすでに捕らえられている。次は、お前の番だ」という、FSBによる音のない叫びであることを、プリコジンは正確に理解しました。
84:愛国者の限界
プリコジンは、自分たちがモスクワに突入すれば勝てるかもしれない、と考えました。しかし、それはロシアという国家そのものを崩壊させる「内戦」を意味していました。
プリコジン(部下たちに、静かに): 「俺たちはロシアを倒しに来たんじゃない。ロシアを救いに来たんだ。……だが、俺たちがモスクワの土を踏めば、ロシアの血がロシアの土に流れることになる。」
彼には、最後まで「プーチンが育てたロシア」を破壊し尽くす勇気はありませんでした。彼は結局、システムの外部からシステムを直そうとした、孤独な「料理人」に過ぎなかったのです。
85:停止の決断
2023年6月24日夜。プリコジンは、ベラルーシのルカシェンコ大統領による「和解案」を受け入れ、車列を反転させるよう命じました。
プリコジン(最後の音声声明): 「ロシア人の血が流れる責任を回避するため、我々は車列を反転させ、計画通り野戦キャンプに戻る。」
表向きの理由は「流血の回避」でしたが、その実態は「完全な敗北」でした。彼はモスクワまであと一歩のところで、国家という巨大な壁を越えられないことを悟ったのです。




