第15章:戦略転換と南部の「成功」
45:プーチンの冷徹な状況判断
場所:クレムリン 戦況報告室
ホストメリでの失敗が確定すると、プーチンは瞬時に「特殊作戦」の幻想を捨て去り、「戦争」の現実を受け入れました。FSBやスペツナズという「馴染みの配下」に頼る初期の失敗を、彼はすぐに切り捨てました。
プーチン(冷徹な目つきで): 「特殊作戦は終了だ。今後は、『正規戦のルール』に従う。この失敗の責任は、後に問う。今は、正規軍に戦果を出す番だ。」
彼は、自身のメンターである元KGBのオールドガードとしての初期戦略の誤りを認めず、その責任を「実行部隊の誤算」に転嫁しました。そして、ショイグ国防相、ゲラシモフ参謀総長といった正規軍の首脳に、「戦闘の役割」という重い枷を負わせました。
46:正規軍の躓きとプリコジンの焦り
プーチンの命令により、ロシア正規軍はBTG(大隊戦術グループ)を中心とした編制で戦闘に投入されました。しかし、長年の腐敗と演習不足により、正規軍はウクライナ軍の抵抗と西側の精密兵器の前で多大な犠牲を払い続けました。
ショイグとゲラシモフの苦悩: 彼らは、「皇帝の命令」を果たすべく兵士を投入するが、結果は惨憺たるものであり、プリコジンから「無能」と罵倒される格好の餌食となりました。
プリコジンの焦り: 正規軍の失敗は、プーチンの戦略そのものの失敗を意味し、プーチンに最も近い自分の立場も危うくすることを意味していました。彼は、この泥沼から脱却し、自分の価値を再び証明する必要に迫られました。
47:南部での情報戦の「成功体験」
キーウでは失敗した「影の工作」は、ヘルソンやザポリージャといった南部・東部地域では、皮肉にも「成功」を収めました。
プリコジンの組織は、クリミアで培った経験を活かし、ロシア軍の侵攻直後、以下の工作を徹底しました。
上層部の買収と脅迫: 侵攻前に、地元の行政・警察・情報機関の上層部を特定し、金銭や家族への脅迫によって瞬時に「味方」につけました。
情報基盤の掌握: 地元の通信インフラを即座に掌握し、ロシアのプロパガンダを流し、ウクライナ側の抵抗の試みを孤立化させました。
この「影の工作」は、南部地域の都市を「軍事的な激戦」を伴わずに、「政治的な乗っ取り」によって早々に制圧することを可能にしました。
プーチンは、この南部の「早々の成功」を見て、「やはり自分の戦略と、プリコジンの力は間違っていなかった」と確信しました。しかし、それは戦争全体ではなく、特定の地域における成功に過ぎませんでした。
この「成功体験」こそが、プーチンが後の戦況の不利を認めず、プリコジンへの依存を深め、正規軍との対立を激化させる、さらなる要因となるのでした。




