1話「コーヒー爆発事件。ただし原因はジジイ」
黒谷裕一、76歳。天才科学者として、いや、理系最強の異名を欲しいままにしてきた老人だ。
しかし、そんな自分も、今日限りで研究室の机の前に座るのも最後になるかもしれない。
タイムマシンの試作装置が目の前で、蒸気と光を吐きながら不気味に唸る。理論上は完璧、だけどまだ安定はしていない。完成まであと少し。しかし、ここまでくると、理屈だけでは測れない「運」の要素が邪魔をするのだ。
「ふぅ…少し休憩しようか」
机の周囲には、自分の科学人生を共にしてきた仲間たちがいる。
水谷 裕二、量子物理学の権威であり、保育園からの幼馴染。彼の冷静さがなければ、自分の暴走実験は何度も爆発していたはずだ。ちなみにジジイ。
田中 恵理、化学専門の科学者で、高校時代の科学部からの後輩。昔からよく口喧嘩してきた。しかし、どこか憎めない。ちなみにクソババア75歳。
中村 遥、若き電子工学者。黒谷達の腰痛で研究室入りを許されたときから、黙々と努力してきた天才肌だ。そして、この研究室でいちばん若い24歳。
机の端に置かれたコーヒーカップに手を伸ばす。
「ん、あぁ…いい香りだな」
微笑みながらカップを持ち上げると、水谷が小さく舌打ちをした。
「黒谷、油断するとまた実験失敗するって…」
「大丈夫だって。あと数分だけだ。見てろ」
四人は談笑しながら、転生前最後のひとときを楽しんでいた。
数年前に作ったタイムマシンの設計図を広げ、あーでもないこーでもないと議論する。
「この装置、完成したら過去も未来も見られるんだろうな…」
と黒谷は笑った。
「いや、見られるだけじゃ済まないぞ。運用には命懸けだ」
と水谷が冷静にツッコむ。
コーヒーを一口飲み、また装置の方を向いた瞬間、事件は起きた。
「あ……!」
カップが手元から滑り落ちた。
コーヒーが装置の一部にかかる……いや、正確には装置の上に置いてあった導線の束と基盤にかかったのだ。
「や、やべ…」
黒谷は慌てて手を伸ばすが間に合わない。
装置が叫ぶように光を発し、蒸気が噴き出す。
火花が飛び散り、部屋中に轟音が響き渡った。
「逃げろ!」「離れろ!」
しかし、すべては一瞬で、視界が白く光に覆われた。
黒谷は思った。これが、自分の科学人生の最後の瞬間なのだと。
「……ふふ、俺らしく終わるな」
そして、気づいたとき、世界は変わっていた
ーー