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空は、こんなに青かった

やっと転生したのに、また私ってどういうこと!?~異世界転生なんてさせねーよ、もう一度だ~

作者: 未玖乃尚

 死んだら異世界転生だ。

 男の人に生まれたら、神様からもらったチート能力で無双する。

 天才、イケメン、女の子のハーレム。あらゆるパワーワード。これこそ人生の勝ち組。


「おいおい、それはオレの役目だろ。お前はオレのハーレムに入るんだよ」

「前髪サラサラさせてカッコつけるんじゃないよ。私は来世でイケメンに生まれるの。君とはライバル関係になるんだよ。いや、そもそも異世界転生するから会うこともないか」


 本棚には、異世界転生を冠したタイトルが並ぶ。

 予習は完璧。

 死ぬ準備も万端。今すぐ転生したいくらい。


「お互いの世界で、ハーレムを築こうじゃないか」

 次に生まれるときは男だ。

 お互いの健闘を祈ろう。

 手を差し出した。


「てい」

 イズルが手を払いのける。


「いたっ。失礼だな、君は。握手すらできないのか」

「そんな後ろ向きの握手なんかいらんわ。お前、死んだらって言うけど、この世界での自分の可能性を否定してるだけじゃないか」

「なにそれ、今の私にどんな可能性があるっていうの。全部持ってるあなたに何が分かるの」


 握った拳に汗が滲んだ。

 折れそうなくらい細い腕だ。動かない腿を、思い切り殴りつけた。


「こんな私に何ができるっていうのよ!」

「逃げるな。自分だけの武器を見つめろ」

「は?」

「生まれ変わって転生なんて、妄想だって馬鹿にされそうなことを真剣に考える才能だ」

「絶対バカにしてるよね」

「してない。妄想する力こそが、魔法を形作る源泉だ。呪文が魔法を生み出すんじゃない。想像力が魔法を生み出すんだ。呪文は想像力を補完する言葉の羅列だ。だからこの世に魔法が存在する。今の自分を諦めるな」


 ギシ、とベッドが軋む。

 イズルの影が私の光を遮った。手のひらが肩を掴む。のしかかる重みに抵抗できず、体を横たえた。

 真剣な表情が迫る。

 瞼が、重い。 イズルの姿が、暗闇に消えた。


「弱さを受け入れろ。妄想をやめなくていい。自分を認める強さを持て。これは、その手助けだ」

 何だろう。

 暗がりの世界で柔らかい物が重なる。

 唇に、意識が触れた。ぬくもりが全身に広がる。

 そうか。こんなに温かいもの、なんだね。



 -----------



 ほら、ね。

 死んだ。

 結局私は死ぬ運命だったんだよ。


 やっと自由になれた。こんなに体が軽やかだ。手を回せるし、してみたかった廻し蹴りだって、この通り。

 飛ぶことだってできたよ。


 足元から立ち上った煙が、ゆらゆらと頭上へ抜けていく。


 お父さん、お母さんが泣いてる。

 厳しかったお父さんは、涙をこぼさないように、顎を上向きにして、煙の行方を追っている。

 お母さんは、ハンカチを瞼に当てていた。ああ、そういえば最近のお母さんは、いつも泣いてたな。どんな風に笑ってたっけ。

 覚えて……ないな。


 イズルは……

 喪服ぐらい着てきなさいよ。あなたはいつも、自分のスタイルを崩さないんだから。

 戦いに明け暮れたズタボロの冒険服。TPOをわきまえなさいってば。


 そんな、イズルの目元が少し光った気がしたのは気のせいだろうか。

 汗だよね。イズルは私が死んだくらいで泣くような弱虫じゃない。


 だって、君は完璧な存在だ。

 君にとって私なんて、数多くいる女性の中の一人なんだよ?


 そっと唇に指を触れた。

 最初で、最後だったんだ。

 ありがたく、受け取れ。私にとって、人生唯一だったんだからな。

 そう心の中で呟くと、イズルが私を見上げた。


 バチッ!

 と目が合った。


 イズルは肩で目尻を拭き、私に向かって人差し指を立てると唇を叩いた。

 何だよ、そのキザなポーズ、まさか私にしてるわけじゃないよね。


 きっと、偶然だ。

 ばいばい。

 私はこれから、転生して人生をやりなおすよ。



 -----------



 絶望の人生から解放されたはずなのに、思ったより気分が沈んでる。


 こんなときは、楽しいことを考えるべきだ。

 もちろん、これからのことだ。

 さてさて、ようやく私は死ねたわけだ。これからは新しい人生が待っているはず。


 死後、最初のイベントといえばもちろん、異世界転生でしょ!


 さあ、神よ、私の前に現れて、この上なく都合のいい人生を授けてくれ。

 やっぱり、なぜか前世の記憶を持っていて、赤子の時点で言葉を話し、魔法の天才となって、美少女たちを侍らすハーレムを築きたい。


 ざまあだの、無双だの、面白おかしく楽に過ごせる人生を提案する。

 イケメンなんぞいらん。私がイケメンに生まれればそれだけでいい。

 そこのとこよろしく。


 次の人生の要望を告げると、暗闇が渦巻き状に圧縮し、線状の光を発して弾けた。

 羽毛がゆらゆら舞い落ちた。


「ずいぶん、妄想豊かな子が来たもんだね」

 光に包まれて現れたのは、かの有名な女神様だろう。 


「それだけが取り柄でしたから」

 さあ私にスキルを。一見無能そうでありながら、実はとんでもなく有能なスキルが欲しい。


「早く、才能だけでハーレムを作って世界征服できる世界に転生させてください」

「あのね……」

 女神は額に拳を当てて首を左右に振る。


「ここは、あなたの夢物語を叶えるような世界じゃないの」

「え?」


「考えてもみなさい。みんながみんな、思い通りの人生を歩めるとしたら、英雄だらけの世界になっちゃううわよ。見渡す限り、無双だのチートだので溢れかえってたら、それは特別な存在じゃない。平凡って言うの」


「では、女神様。私だけが突出した世界へ導いてください」

「そもそも私は女神じゃないし。あなたの想像の産物にすぎない。ここはあなたの妄想が作り出した世界」


「それって、どういう……」

「今度こそ、自分を認めてあげなさい。そう、言われたんでしょ……」


 すうっ、と女神の体が透けた。輪郭が崩れ、揺れ動く。光の女神は闇に溶け込んだ。


 どういうこと?

 私の妄想?

 私はこれからどうなるの……

 意識がもうろうとして、やがて途切れた。



 -----------



 私は赤子として転生した。

 キタキタ。

 異世界転生最初のイベント。両親とのご対面。

 さて、私の親はどんな顔かな。

 ぬぅっと、ベッドを覆うほどの大きな影が覗き込む。


「アリシア……」

 え、その名前、聞き覚えがありますけど?

 眩しさに目を細めた。初対面のはずなのに、なぜか懐かしくて安心する声だった。


 差し出された指を握りしめた。微笑みかけてくれたのは、見覚えのある顔。

 でも、違和感がある。だって、こんなに若かったっけ?


「あう」

 ここに存在するはずのない顔をもう一度確認する。

 厳しくも優しい父がそこにいた。


 首を捻ろうとした。

 できない。

 まだ首がすわってない。


 もしかして、これが私の新しい人生?

 いや、同じじゃん!

 せっかく生まれ変わったのに、アリシアのままって約束が違うでしょーが。


「おい、アリシアが指を握ったぞ」

 嬉しそうにはしゃぐ声。

 あなたは誰ですか?

 私のお父さんはそんなに優しい声を出さない。

 そんなことより、天才イケメンハーレム王子の設定はどこよ?


 もしかして、同じ人生をやりなおせってこと?

 なかなかしんどいことを強制しますね、女神様。

 そして、私の二度目の人生が始まった。


 まあいっか、設定は期待外れだけど、私には幸い前世の記憶がある。

 この知識があれば、念願の無双ができるはず……だよね?

 そのために転生したんだから。


唐突に始まった、アリシアの人生やり直し。

アリシアは自分を認めることができるのでしょうか。

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