師匠の教え
中央神殿の使節団を見送ってから、アルマは身辺整理をしながらジグルドの指示を待った。
霊気が見えないことにも徐々に慣れてきた。静かで穏やかで、大好きな人たちが見ている世界なのだと思えば怖くはない。
ただ、寂しい。
とても寂しくて、悲しい。
大森林で気を失い、城で目が覚めて、霊気が見えなくなったことにはすぐに気付いた。何度も、もう一度寝て目が覚めたら、と期待して、その都度期待を裏切られた。
もう戻らないのかという絶望と、そんなはずないという希望に何日も不安な時間を過ごした。
ずっと誰にも言えなくて、久しぶりにラウルの顔を見て、張り詰めていた糸が切れた。
ラウルは相変わらず嫌そうな顔をしながら、アルマが泣きやむまで肩を抱いていてくれた。「師匠に教えてもらったことを全部失くした」とぐずぐずと泣き言を言い続けるアルマの頭上に、ラウルは強めのチョップを落とした。
「阿呆。師匠がずっとお前に教えていたのは、お前はどうしたって師匠の大事な弟子だってことだ。師匠は死んだ。もうお前を諭してはくれない。二度と忘れるな」
ラウルの言葉で、祈祷の力を失っても、生きていけると思った。―――失ったことを、受け入れて、ジグルドに話すことができた。
それでも、違うと言われても、もういない師匠に失望されることに怯える自分がいる。
師匠。
ごめんなさいカイヤ師匠。
アルマは、師匠に教わった祈祷を失くしてしまいました。
師匠の大事な時間をたくさん頂いたのに。
何もないわたしが、唯一誇れることだったのに。
―――ジグルドに必要としてもらえる、たったひとつの理由だったのに。
アルマが能力を失ったと知ってからのジグルドの行動は早かった。翌日には使節団の代表と話を済ませていた。
使節団の中には見知った神官もいて、ウィンターハーンのアルマの扱いに腹を立ててくれる人もいた。
悲しくないと言えば嘘になるが、ジグルドの対応は当たり前のことだ。
ジグルドは祈祷の能力が欲しくてアルマと結婚した。アルマはその分の報酬は貰ったと思っている。それを返さなくていいと言ってくれるだけで御の字だった。
荷造りの合間に、物見台から領都を見下ろす。
毎日のように通った神殿が見える。半年以上も住んでいたのに、収穫祭のあの日以外に街の散策のようなことを一度もしていなかったと少し後悔する。
街の中心部を囲む高い壁、その向こうに地平線まで広がる畑。
ここにあるのに、もう触れることも見ることもできないウィンターハーンの大地。
またうっすらと目に涙の膜が張る。
泣くな。
前を向くのだ。
カイヤ師匠はもういないけど、わたしは十年、師匠の心を受け取ってきた。
人より優れたところもないし、なんならば劣るところばかりでも。師匠が育てた弟子がいつまでもうじうじしていていいはずがない。
それだけは、アルマの心ひとつで出来ることのはずだ。





