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嫉妬


 中央神殿の使節団の歓待は予定より質素に行った。聖職者たちは過分な饗応を受けることは禁じられており、敬意を以って心尽くしをするのが一番だとアルマが言ったからだ。

 彼らはこれからまた数日かけて中央神殿に戻り、司祭たちに報告をあげて、半日か一日の休息の後に日々の業務に戻っていくらしい。ウィンターハーンは用意していた最高級の茶葉ではなく王都でよく飲まれているハーブティーを、高級な晩餐ではなく暖かく柔らかい消化に良い夕食を振る舞った。そして豪華な客室を準備する代わりに、使用人棟に仮設していた広い浴場を改修し、按摩師を街からかき集めた。

 寒風に耐えて旅をしてきた神官たちはとりすました顔で礼を述べたが、その頬が緩んでいることを見逃さなかったイゾルデは大層満足そうにしていた。


 ジグルドが使節団の代表と言葉を交わして自室に戻ると、扉の前に、そわそわと動く小さな姿があった。


「何をしている」

「父上」


 ぱっとこちらを向いたクリスが駆け寄ってくる。クリスがジグルドに駆け寄ってくるなど、初めてのことだ。

 淡い青の瞳が揺れていた。


「あの、父上、………あの、」


 最近は誰の前でも堂々と受け答えするようになっていたクリスが、周囲をきょろきょろと警戒しながら言葉を詰まらせる。

 ジグルドはクリスを部屋に入れてソファに座らせた。暖炉の火を調節するメイドが気になるようなので、メイドを部屋から出してふたりきりでテーブルを挟む。


「どうした」

「アルマが……」

「アルマがどうした」


 緊張に声を震わせながら、クリスは涙を堪えている。


「アルマが、中央神殿の方に、婚姻を白紙撤回してもらうって、言ってました。父上と、ほんとの夫婦じゃないって。

 アルマと喧嘩したんですか?

 アルマ、王都に帰っちゃうんですか?」


 予想もしていなかった言葉に、ジグルドは咄嗟に言葉が出なかった。


「………聞いていない」


 呟くジグルドをクリスが涙目で責める。


「―――父上が、ちゃんとアルマのお話聞いてないんじゃないですか!?

 父上なんてアルマが倒れたのに全然お見舞いにも来ないし、僕は行ってるのに、僕が一番アルマのこと心配してるのに!

 アルマは僕をとても大事にしてくれるけど、僕の言うことなんか聞いてくれない。父上の言うことじゃないと、聞いてくれないんです!

 アルマとちゃんとお話してください。いなくなっちゃうなんて、ダメって言って。父上だって、アルマがいないと嫌でしょう……!?」


 お願い、と声を絞りだすクリスの頬をぽろぽろと雫が滑る。


 ジグルドの心はクリスの訴えを全く消化できない。頭だけで内容を処理して、ジグルドはいつも通りの声で答える。


「……アルマを返すことはできない。彼女の祈祷は我が領に必要だ。それはちゃんと話すから安心しろ。……アルマが私と離れることを望むなら城から出す。お前は好きに会いに行けばいい」

「………父上は、会えなくて良いんですか」

「アルマがそう望むなら、仕方がない」


 納得いかない様子の、それでも多少安心した風のクリスが泣き止むのを待って廊下へ送りだし、ジグルドは閉めた扉の前で立ち尽くす。


 逸る心臓が身体中に焦燥感を送り込んでくる。


 婚姻を、白紙撤回?


 何故だ。

 ジグルドが砦でアルマに手を出そうとしたからか。

 やはりもう友達でもいられないのか。


 傷付けたかったわけではない。ただ、許されると勘違いした。それは己が言葉足らずだと知っていながら十分にコミュニケーションをとろうとしなかった自分のせいだ。


 だが今ウィンターハーンは祈祷師を失うわけにはいかない。


 考えが纏まりきらないままジグルドは部屋を出る。

 クリスがアルマを見たという東棟へ向かう。ラウンジからバルコニーに出ると、人気のない裏口の木陰に捜していた後姿を見つけた。


 声をかけようとして、アルマがひとりではないと気付く。


 ジグルドの捜していた女は、人気のない木陰で、男の胸に抱かれていた。


 ―――ラウル・ハーガー。


 心中で男の名前を呼ぶ。

 得体の知れない黒い感情に飲み込まれて、ジグルドは声を出すことすらできなかった。


 ……なんだ、これは。


 ジグルドは初めての感情に、それでもどこか冷静に自問する。


 私は、由もなくあの男を害そうとしているのか?


 今までの人生でも嫉妬くらいしたことはある。

 だがそれは、こんな問答無用の暴力的な激情ではなかった。


 自分が何をしだすか分からなくて、ジグルドは踵を返す。バルコニーへの扉を閉ざし、ラウンジの椅子に崩れるように座った。




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