中央神殿使節団
ジグルドたちが砦に籠っている間、ウィンターハーン城砦は予定外に慌ただしくしていた。
ウィンターハーンはレガシアへの公道を最大限活用するため、領内の中央街道をより馬車での移動に配意した道に整備していた。それを知った中央神殿から、隣国から戻ってくる使節団の帰路にこの街道を使いたいと打診があったのだ。
今年漸く中央神殿との交流を復活させたウィンターハーンは、ウィンターハーン城砦での使節団の歓待を申し出た。
饗し方を相談しようとアルマの帰城を待ち構えていたイゾルデは青い顔の嫁の姿に慌て、毎日何度もアルマの様子を覗いていた。
クリスは時間を見つけてはアルマの手を握って寄り添っている。
いつのまにかアルマは、家族の一員としてウィンターハーンに溶け込んでいた。
天狼との遭遇から六日経って、漸くアルマは目を覚ました。
報告を聞いたジグルドは急いで様子を見に行ったが、ジグルドを見て動揺する様子が気の毒で、すぐに部屋を出た。
数日後にアルマの様子を聞くと、使節団への歓待についてのイゾルデの相談に問題なく受け答えしているらしい。侍医からも大きな問題は見当たらないと報告を受けた。
ただ、元気がないという。
まだ身体がつらいのかもしれない。
どうにか元気付ける方法はないか。
トーマスに甘味を作らせて、クリスと一緒に食べさせれば、いつものように笑うんじゃないのか。
自分と対峙するのは、きっと元気になってからの方が良い。
そうして色々と聞きたいことを我慢して見舞いを控えているジグルドに、マークが困った顔で言った。
「ジグ、お前、自分を庇って倒れた妻を放置する夫についてどう思う?」
私室でエリックと大伯父からの情報を精査しているところだった。
「……マーク。今はそんな話はしていない」
「じゃあいつならいいんだ。なんでアルマ様を見舞わない。決定的に振られるのが怖いのか」
「そうじゃない。疲れているなら、私と会うこと自体が負担になるだろうと」
「そうですねぇ、アルマ様、誰とも会いたくなさそうですけど閣下には特に会いたくなさそうですし」
のんびりと相槌をうつエリックの耳をマークが抓る。
「エリック、ジグルドを虐めるな」
「痛い痛い痛い」
「お前が傷心の主人を崖から突き落とすようなことを言うからだ」
「事実を述べただけでしょ!」
エリックが言うなら、きっとアルマはジグルドに会いたくないのだ。
怒っているようには見えなかった。
誘われたことがまだ不快なのだろうか。
それともやはり怖がらせてしまったのか。
祈祷さえしていれば他の事は望まないとあれだけ言っていたのに、約束を反故にする人間だと思われたのかもしれない。
大森林で、アルマだけなら走れば隊列に戻れた。なのにジグルドを庇ってくれた。
まだ友情が残っているのだと、思って良いのだろうか。
意気消沈するジグルドを横目で見て、エリックが耳を摩りながら口を尖らせる。
「だってもう、閣下、アルマ様をどうしたいのか分からないんですもん。
祈祷だけやらせたいならそんな気にかける必要ないし、妻として活用したいならもっと使いようがあるのに、かと言って男女として仲良くしたいわけでもないんでしょ」
「そんなことはない。仲良く、したいと、思っている」
「えぇ? じゃあ弱ってる今なんて狙い時じゃないですか。何やってんです?」
「そうだぞジグルド。逆にチャンスかもしれない」
「そうそう。今、元気のない時に叩き潰しちゃえば、すぐに自己判断できなくなって…………いだだだだだだ!!」
マークがエリックの頭を鷲掴みにした。
ジグルドは色々と諦めて、大伯父からの文書を纏めながら溜め息をついた。
「エリック。私は、元気なアルマと仲良くしたい。何か気付くことがあれば報告してくれ」
エリックはマークの手から逃れて頭を摩る。
「えー……? 気付くこと?
アルマ様って自己肯定感ゼロな割によく笑う人だったのに、全然笑わなくなっちゃいましたね。目が覚めてからずっと元気ないし、クリストファー様の面会を断られるって今までなかったですよ。
何か思い詰めてるけど、相談する相手がいないんじゃないかな」
「アルマ様が自己肯定感ゼロなんて、感じたことないけどな」
「ほぼゼロでしょ。健全な人間は、自分の心身の傷にあんなに無頓着にはなれない。
いつも元気なのはたぶん、上から誰かに刷り込みされてる。それが―――剥がれかけてるんじゃないかな。だからそれ完全に剥がしちゃって、新しく閣下が刷り込みすれば、きっと閣下のことを世界一好きに」
「エリック」
「はぁい」
エリックは軽い返事をして発言を仕切り直すために自分の口をむにむにと揉む。
「お部屋に篭りきりなので、何に悩んでるのか見当つきませんね。過ぎたことに落ち込んでるだけなら放っておいてもそのうち元気になると思いますけど。
使節団の滞在中、焼け木杭に火がつかないといいですねぇ」
「何?」
「中央神殿から使節団の名簿が届いてます。あとでイェンスさんから報告あると思いますよ。ひとりだけ城に入れないってわけにもいきませんしねぇ」
今回の使節団のひとりだというその名前を聞いて、ジグルドとマークはふたりで眉を下げた。
週が明けて、領都グゼナに中央神殿の使節団が到着した。大袈裟な歓待を遠慮した彼らは従者に案内されて裏門から入城した。
応接室で待つジグルドたちも正装はせず、アルマだけはメイドのお仕着せからドレスに着替えている。
久しぶりに顔を合わせるアルマはジグルドの顔を見て一瞬何か言いたげな顔をしたが、すぐに俯いてしまった。隣に立つクリスともぎこちない様子だ。無理に笑おうとして失敗している姿が胸に刺さる。
元気になってからなどと言わず、もっと早く話をするべきだっただろうか。だが自分では、余計に傷付けてしまったかもしれない。
どうするのが良かったのか、ジグルドには分からなかった。
ざわりと廊下に人の気配がして談話室の扉が開く。
静かに入ってくる旅装束の神官たち。顔色に疲れが見えるが、誰ひとり無駄口も叩かずにジグルドたちの前に整然と並ぶ。
その中にアルマの『友人』の姿を見つけ、ジグルドは無意識に眉間に皺を寄せた。
隣に立つアルマから、焦がれたような声が漏れる。
「………ラウル………」
その瞳には涙が滲んでいる。
胸に湧いた不愉快な靄が理性を飲み込むのを、ジグルドは下唇を噛んで凌いだ。





