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一方、嫁に拒まれた旦那様


 砦の物見台で大森林を見下ろすジグルドに、護衛騎士であり幼馴染でもあるマークが気安い声をかける。


「よう。どうした、珍しく分かりやすく落ち込んでるな」


 ジグルドは一度マークに向けた視線を大森林の奥に戻して憮然と答えた。


「………ごくプライベートなことだ。人に話すようなことじゃない」

「お前が調子悪いのを放っておかないのが俺の仕事だ。吐かないならお前の不調を公表して今日の移動は延期する」

「………………」


 それは当たり前のことだったので、ジグルドは早々に黙秘を諦めた。


「絶対に、誰にも言わないと誓え」


 何と説明したものか逡巡して、結論から述べる。


「………嫁に、嫌われた」


 言葉にすると事実がずしりと心に重くのしかかる。

 更に落ち込みを見せた主人にマークは首を傾げた。


「アルマ様に?」

「………お前のせいだぞ」

「俺の?」

「お前が、アルマも憎からず思っているなどと言うから」

「いつの話だよ。それで、何があった?」

「…………………夜、……誘ったら、凄い顔で『好きにしろ』と言われた」


 羞恥を押して答えたジグルドに、マークが眉を顰める。


「……お前、何したんだよ」

「だから、……誘ったんだ。夜の、夫婦の、あれに」

「誘っただけで怒られる訳ないだろ。他に原因があるだろうよ。いつもと何か、違うことがなかったか」

「いつもなんか、ない。昨日初めて誘った」


 そう言うと、マークは茶色の目をぱちくりさせた。


「……えっと………秋くらいからずっと仲良くしてるように見えたけど、もしかして……まだ、手を出してない……?」

「友人として、仲良く、していた。できていたと思う。お前が適当なことを言うから、勘違いして―――怒らせた」


 まずは友達になろうと言われて、どうすれば良いか分からないジグルドに、アルマは毎度歩み寄って距離を縮めてくれた。できることをひとつずつ返してきたつもりだった。

 せっかく親しくなったのに、台無しにしてしまった。


 ジグルドがアルマとの今までの付き合いを説明すると、マークは呆れた声を出した。


「友だち付き合いからいきなりやらせろって言われたら、そりゃ怒るだろ」

「いきなりじゃない。

 私は親しくなったつもりだったし、……良い、雰囲気だと、思ったんだ……」


 少し酒が入って、ふたりきりの部屋で、アルマからジグルドに触れてきた。

 いつも驚くようなことを言うアルマは昨日もジグルドの自責を容易く軽くしてくれて、ジグルドはもっとアルマに触れたいと思った。

 許される雰囲気だと、思ったのだ。


「まあ、まあ、とりあえず、謝ってこい。こういうのは時間が経つと拗れる」

「………今朝、謝りに行った。

 夫が妻を抱くのは当然の権利で、謝るようなことじゃないと、取り合ってもらえなかった………」

「ひぇ……」


 手を繋いで頬を染めるアルマに勘違いした。真っ赤な顔を恥じらって隠そうとしている姿に調子に乗った。ずっと、顔が良いから緊張するだけだと、言われていたのに。


 当てが外れて子どものような拗ね方をしてしまった。

 反省して、羞恥を押して、不愉快な思いをさせたことを謝罪に行ったのだ。

 アルマはいつも通りの笑顔で、ジグルドの謝罪を拒絶した。その目元には、涙の跡があった。


 ―――泣かせてしまった。

 そんなに嫌だったのか。


 だが、ジグルドはそろそろ答えが欲しかった。


 嫁いできた頃に夫婦として仲良くなるには時間がかかると言われて、ジグルドなりに待ったつもりだ。

 同じ時間を過ごしてジグルドはアルマを好ましいと思ったし、アルマからの好意を感じることが増えて―――そろそろ、答えが欲しいと思ってしまったのだ。


 黙り込んだジグルドを慰めるような声でマークが言う。


「…………アルマ様、ジグのこと、嫌いじゃなかったよ」

「なんで過去形にした」

「お前、先に言わないといけないこと、ちゃんと言った?」

「何をだ。もう結婚してるんだぞ。

 交際も申し込めないし婚姻も申し込めない」

「好きだって言ったか聞いてるんだよ」

「そうでなければ、今更、誘ったりしない」


 少しの沈黙の後、マークは呆れた溜め息をついた。


「お前………お前なぁ。ただでさえ分かりにくいのに、何も言わずに伝わるわけないだろ。外であれだけ遊んでる男に、誘われただけで惚れられてると思う女は、相当お花畑だぞ」

「遊んでなんかいない」

「しょっちゅう娼館に行ってるだろ」

「あれは仕事だ!」

「そんなの、分かってるの極々一部の人間だけだろ」


 マークの指摘に、ジグルドは小さな違和感を覚える。


「………アルマだって、分かっているはずだ」


「あ、やっぱりヴァレンティナが諜報部だって、もう話してあるのか?」


 小さく覚えた違和感がみるみる膨らむ。


「……お前が話したんじゃないのか」

「俺? そんなことお前の許可なく話すわけないだろ」

「だがアルマは……、ヴァレンティナの仕事は、必要な仕事だと分かっている、と……………。

 イェンスもヴァレンティナも、そんなことを勝手に話したりしない。だからお前だと思って……」


 呆然と呟くジグルドに、マークの眉がなんとも言えない表情を作った。


「ジグルド、それは、夫婦生活してないから、お前に女が必要だって意味だ」


「……………!?」


「こないだも仲良くしてたし、とっくにちゃんとした夫婦かと………ああ、俺のこれも、思い込みか。あー……悪い、もう少し首を突っ込んでフォローするべきだったなぁ」


 マークは少し考えるようにしてから、上目遣いにジグルドを見た。


「……お前、マリールイーズのことは、ちゃんと説明してあるのか?」

「マリーがどうした」

「以前アルマ様が、お前の恋人の噂を聞いたって言ってたんだよ。ヴァレンティナのことだと思ってたけど、確認させてみたら、裏通りにはマリールイーズをお前の恋人だと思ってたやつらがそこそこいた。

 アルマ様には、ちゃんと説明してるのか」

「マリーは妹だぞ。恋人なわけがないだろう」

「だからそれ、説明したかって聞いてるんだよ。イゾルデ様が怒るから、大っぴらに広報してないだろ」

「大体、マリーはまだ十六だ」

「ジグ」


 真っ直ぐに目を覗き込まれてジグルドは言葉に詰まる。


「…………して、ないかもしれないが……城の者は皆分かっていることだ。アルマが誰に聞こうが……」


 いや。

 昨日アルマは、マリーがどうとか言っていなかったか。

 以前は矢鱈と、マリーに会いに行けと言われてはいなかったか。

 誘拐事件から祈祷にのめり込むアルマを気分転換させたくて、ベンジャミンに調整してもらって収穫祭へ出かけた。そこでマリーに恋人ができたと知って、アルマはジグルドに対して慌てふためいていた。

 マリーを矢鱈と気にしているとは思った。だがアルマはクリスを殊更可愛がっている。同じようにマリールイーズのことも気にかけてくれているのだろうと、


「……………」

「おい。戻ってこい」


「………私は、他に恋人を囲っていたうえに、娼館通いをしている夫だと思われているのか……?」


「知らんよ。今まで半年以上も夫婦やってて、何の話してたんだよ」

「いや、だが、私はアルマの気を引こうと行動してきたし、それはアルマも分かっている筈だ」

「だからそれ、恋人と娼婦を囲ったうえでのことだと思われてんじゃねえの?」

「いや、しかし、そうなら文句のひとつでも言うものじゃないのか。そんな夫相手に、妻が、あんな和やかに笑うか? お祖母様だったらきっとお祖父様を簀巻きにして窓から吊るすし、母上なら泣いて部屋から出てこない。アルマはヴァレンティナとだってマリーとだって、楽しそうに会話していた。それでは、アルマは―――」


「…………どんまい」


 私のことなど、男として眼中にもない、ということだ。


 沈黙に耐えかねたのか、マークが欄干に凭れかかって空を仰ぎ、大きく息をつく。


「そっかぁ。じゃあ、我らが領主様は、まだピッカピカの童貞か」


 黙れ。殺すぞ。





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