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旦那様のお戻り


 ジグルドの帰還の日。

 使用人が並んで「おかえりなさいませ」とやるのかと思ったが、ああいうのはウィンターハーンでは軍の魔物討伐や遠征の時しかやらないらしい。

 昼前に帰城し、イェンスと急ぎの話をして、休憩して、食事をして、他の側近と話をするとのこと。

 アルマにも声がかかった。「他の側近」枠の、一番後ろだ。


「アルマ様。違いますよ。

 奥様なのですから、別枠なんですよ。

 ほら、全部終わってからでないと、ゆっくりお話できないですから!」


 マークが五月蝿い。


 基本的に外からの客との面会はだだっ広い応接室で、臣下との面会はジグルドの執務室で行われる。

 執務室の隣の待合室では面会待ちの重鎮が犇いていた。恰幅のいいおじさんが隣の人に何か話そうとして、アルマをちらりと見て言葉を濁す。おそらく普段はこの時間を利用して管轄外の事柄について情報交換しているのだ。見知らぬ女に領内の情報を聞かせていいものか判断がつかないのだろう。

 貫禄のあるおじさんたちの集団を見ていると、このトップがジグルドというのが、絵面的にどうも説得力がない。


「あの」


 アルマが声を発すると、小声の話し声がぴたりと止んで沈黙が降りる。


「王都から祈祷のために参りました、アルマです」


 そうお辞儀をすると、わっと空気が沸いた。


「新しい祈祷師様でしたか! なぜメイドの格好を?」

「はは、むさ苦しい場所に似つかわしくないお嬢さんがいるなぁと」

「ようこそウィンターハーンへ。よろしくお願いします!」

「祈祷師様が来てくださるのは、実に二十年ぶりで………これで、やっと安心ですな」

「いやはや、気立の良さそうなお嬢さんだ。祈祷師という立場を盾に閣下の妻としておしかけてくるなどという話は、やはり出鱈目だったようですね」


 そういえば、結婚したことを公表しているのかどうか確認していなかった。式も行っていないし、もしかして隠しているかもしれない。

 マークを見上げると、いつもの笑顔でアルマを紹介してくれた。


「アルマ様は閣下の求婚をお受けくださり、夫人としてウィンターハーン家へいらっしゃいました。今後、皆様と顔を合わせることもあると思いますので、覚えておいてください」


 お、言い切った。

 隠すつもりはないんだな。


 おじさんたちがざわつく。

 執事のアンダースがアルマに近付いてくる。


「アルマ様。申し訳ありませんが、閣下とお話できるまでまだ暫くかかりそうです。こちらでは落ち着かないでしょうから、別の個室を用意させましょう」

「ありがとう。そうさせてもらうわ」


 意を汲んだアルマにアンダースが小さく頭を下げる。マークに付いて少し離れた個室に移る。

 マークが困ったように笑った。


「今ごろ、待合室は大盛り上がりですね」

「周知してないなら、あそこにわたしを放り込むのおかしくない?」

「祈祷師と結婚するということは決定時に公表したはずなんですが、噂の悪女とアルマ様が結び付かなかったんじゃないですかね。

 普段はこういうことは誰かが気をつけてるんですけど、今回の視察は急だったのでアルマ様がこの面会枠に放り込まれてるの、通ってないのかもしれません。

 すみません、俺が気付くべきでした。閣下はこういったことは本当にだめなんで」

「そうなの? 何かにつけて閣下アゲアゲのマークに言われるほど?」

「閣下はねぇ〜、教育と訓練を頑張りすぎて、それ以外の人間交流が少なすぎたせいで、人の心の機微に疎いんですよ」

「なにそれ哀しいブリキの人形じゃん……」

「ぶはっ! ブリキの人形て!

 ブリキの人形呼ばわり……ウィンターハーン辺境伯閣下を捕まえて……

 はー、やべぇ、俺、アルマ様のファンになっちゃいそう」

「あら、ありがとう。ファンクラブ会費は年間二千シディルよ♡」


 アルマがしなを作って投げキッスすると、マークは腹を捩って笑った。


「まあ、はい、閣下がブリキの人形なんで、ウィンターハーンは対外的なやりとりはイゾルデ様とラース様がやってるんですよ。閣下は後ろで怖い顔をしてる係です」

「怖い顔の係」


 なんだか急に魔王の格が下がってしまった。


 アルマの考えていることが伝わったのか、マークが続ける。


「俺はねぇ、アルマ様に、閣下は怖くないって分かってほしいんですよね。実際、閣下はウィンターハーンに仇なさない者へは寧ろ寛容です。

 アルマ様がこの結婚を嫌がっていらっしゃったのは聞いてます。でも閣下はきっとアルマ様を奥様として大切にしますし、せっかくなら仲良くなってほしいんです」

「奥様として……?」


 何人も恋人がいながら「妻を大切にしている」と言う男はたまにいる。考え方は人それぞれなので否定するつもりはないが、残念ながらアルマはそういった男に魅力を感じない。アルマはアルマで、自分が貴族の男にとって欠片の魅力もないことも承知している。


「……別に、機嫌をとってくれなくたって、祈祷に手を抜いたりしないわ」

「そういうことではなくて」


 扉がノックされ、アンダースがアルマを呼ぶ。

 気付くと日も傾きかけている。


「じゃあ、行ってくるね。

 一週間、色々ありがとう」

「あの、―――いえ、これからも何かあればいつでもお声がけください」


 マークと手を振って別れる。


 この一週間で、マークとはかなり打ち解けた。マークにつきっきりで護衛してもらえるのは今日で最後らしい。

 見知らぬ土地で気安く話してもらえたのは本当にありがたかった。




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