マリールイーズのリストブーケ
ジグルドの格好にお忍びであることを察して、マリールイーズはジグルドには笑顔で会釈するに留めた。
ジグルドを屋台に置いて、人だかりから少し離れる。
「お久しぶりです、アルマ様。こんなところでお会いできるなんて嬉しい」
「マリールイーズ。元気そうね。何か困ってることはない?」
「大丈夫です! 最近はお城の官吏の方に言われて、お金持ちの人に孤児院の活動をもっと知ってもらうために私が代表でお茶会に行ったりするんです。会話についていくために少しずつお勉強したりして……先生にも良くしていただいて、アルマ様のおかげで毎日充実してます」
エリック、ちゃんと活動始めてたんだ。最近祈祷のことばかりですっかり忘れていた。
富裕層のお茶会か。流石アルマより発想がスマートである。
「ジグルドのおかげよ。マリールイーズが幸せなら、ジグルドも喜ぶわ」
「もちろんジグにも感謝してますけど、アルマ様が口添えしてくださったんだもの。
今はゴーツ人を雇ってくれるところなんて簡単に見つからないし、私、ずっとジグの同情で養ってもらうしかないと思ってた。本当に今、幸せなの」
美しい妖精の満面の笑みに、花が咲き乱れた。
ぷえぇ!
可愛い〜〜〜!!
この一帯だけ春が来たのかと思ったわ!
幻の花畑に埋もれるかと思ったわ。
やれやれ。幻術とは恐れ入る。
お互い近況を簡単に説明したところで、マリールイーズはずっと隣で黙って立っていた青年の腕を引いた。
「あっ、アルマ様、紹介しますね。ミケルです。
お茶会で知り合ってから孤児院によく手伝いに来てくれてて……ふふ、今、お付き合いしてるの」
「あら、そうなのね。はじめまして……」
―――なにて!?!?
目玉が飛び出て転がり落ちるほど目を見開くアルマに気付かず、マリールイーズは少し頬を染めて照れていた。
めっちゃ可愛い。
めっちゃ可愛い! けど!
なにて!?!?
「ミケル。こちら、領主夫人のアルマ様よ」
「初めまして、ミケルです。お会いできて光栄です」
姿勢よくお辞儀をするミケル。突然紹介されたアルマに物怖じせず挨拶できる爽やかな青年だ。服装や言葉遣いからして余裕のある家の子だろう。
マリールイーズはミケルの腕を引いた手を、そのままミケルの腕に絡める。
笑顔を交わすふたりの手首には色違いのリストブーケが飾られている。
はにかんだ笑顔のマリールイーズがアルマの後ろに視線を留めた。
視線を追って振り向くとジグルドがいた。
ジグルドはちらりとミケルを見てから、マリールイーズに声をかけた。
「……息災か」
「はい」
「そうか。ならいい」
マリールイーズがにこりと微笑む。
ふたりの会話はそれだけだった。
マリールイーズがミケルと手を繋いだまま雑踏へ消える。
アルマはジグルドに何と声をかけたものか判断がつかず、冷や汗をかきながらそろりとフードの中の灰色の目を見上げる。
「あ……あの、ジグルド、……あの男の子、ね、マリールイーズの、なんていうか、」
「孤児院からの報告で聞いている」
「………あっ、あ、そうなの? ―――いいの?」
「マリーの選んだ男だ。私が口を出すことじゃない」
あわあわするアルマに気付いてジグルドが言い足す。
「素行の良い青年だという。心配しなくていい」
あっそうなんだ。ひとまず安心………じゃなくて! ジグルド!
ジグルド!
ジグルドぉー!!
「マリーは孤児院で真面目に働いているらしい。院長は信頼できる男だ。マリーが相応しい伴侶を選ぶまで気をつけてくれるだろう。心配ない。
あなたの言う通り、城から出して正解だった。正式に迎えられない私が城に閉じ込めておくべきではなかった」
そんな、だって、あと二年半待てば。
フードから覗くジグルドの顔色が悪い。
そんなに仕事が忙しいのだろうか。今日はもう、帰って休んだ方が……
………違う。ジグルドは、体調に支障が出るような仕事のスケジュールを組んだりしないはずだ。―――マリールイーズの、せいだ。
忙しいのにお祭りに遊びに来るなんて、ジグルドらしくなかった。きっとマークあたりが、ぱーっと気分転換してこいとでも言ったのだろう。
「………そうね! 今日は全部忘れてぱーっとやろう! ジグルド、次、どっちに行ってみる?」
努めて明るい声を出してジグルドのマントを引っ張ると、ジグルドがその手を捕まえた。
「アルマ。手を」
アルマの手を掬い、手首にリストブーケを巻いてくれる。
マリールイーズには渡せなかったリストブーケ。
マリールイーズに恋人ができたと知っていたのに、なぜ買ったのか。知っていてもなお、買わずにはいられなかったのだろうか。
いつも通りの表情の薄い顔。
顔色だけが悪い。
ジグルドの選んだリストブーケは、小さな花が木の実の中で控えめに咲いている大人しい風合いのものだった。
「……ジグルド。これは、恋人に贈るものよ」
アルマが指摘すると、ジグルドは少し眉を寄せた。
「妻に、贈っても良いはずだ」
「…………ああ。うん、そうね」
頷くアルマの手を、ジグルドはそっと放す。
「………好みのものではなかったか。気に入らなければ捨てて良い」
「ううん! 可愛い。ただ、肩書きだけのわたしが貰っていいものかなって、思って」
リストブーケに顔を寄せると仄かに香る。
改めて見ると、あまり華やかさのないそれは、小さな花の色に合わせた深みのあるリボンと繊細なレースに飾られている。他の明るい色のブーケの中にあると地味に見えるが、丁寧で上品な作り。
あの可愛い花たちの中からこれを選んだジグルドは、きっと慎重に探したのだろう。
「………素敵なブーケだわ。ありがとう」
アルマは泣きたくなる気持ちを押さえつけて、にっこりと笑った。





