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収穫祭


 あっという間に日が経ち、収穫祭の三日目。

 渡された平民らしい服を着て玄関ホールに降りると、ダボッとした旅人の装束のジグルドが待っていた。地味な色のカウルフードを目深に被り、口元も隠している。

 こんなに露出を抑えているのにイケメンはやはりイケメンである。知ってた。

 ジグルドも初めはアルマとセットの平民服を着てみたが違和感が酷くて断念した。


 アルマは祭りに参加するのは初めてだ。ジグルドもこんな風に収穫祭に参加するのは初めてらしい。この時期はいつも多忙で、初日の午前中に広場で開催のお言葉を宣うと仕事に戻るのが常だそうだ。


「ジグルド、顔色が悪いわ。大丈夫?」

「………最近少し、仕事が立て込んでいて疲れているだけだ」


 秋は色々と慌ただしい。冬が来る前に食糧備蓄も整えておかねばならないし、冬は外の作業の効率が悪くなるので、春迄に終わらせておきたいことは前倒しでやっておかねばならない。春からぼちぼち行っている社交界でできた商談なども冬の前に一旦落とし所を決めるのが普通だ。

 その代わり、冬の間は比較的暇なのだそうだ。


 ゆっくり休めばいいのに、ジグルドはこの冬のアルマの砦の祈祷についてくると言い出した。

 無茶をしがちなアルマに命令できるのがジグルドだけだということ、冬の間はジグルドの仕事も少ないこと、大森林の中にしては魔獣が少なく、通常ジグルドが視察に訪れる他の地域に比べて飛び抜けて危険というわけでもなかったことから、重鎮たちも特に反対しなかった。

 よって現在ジグルドは、他の人間に任せられる仕事は全て渡し、前倒しできる仕事を詰め込んでいる状況だ。いつもに増して忙しくしている。



 少し離れたところで馬車を降り街中の中央広場へ向かう。平民服の護衛たちが人々に紛れて見えなくなった。

 所狭しと出店が出ている。野菜、果物、蜂蜜、ワインやエールから、工芸品や日用品まで。焼きもろこしやパンやバター、何かのソースの香りが充満している。どこにこれだけの人がいたのか、立ち止まると人と肩をぶつけてしまう。並んでいる商品を見ると貧富の差が激しそうだ。それでも、貧しそうな人々も楽しそうな笑顔を見せている。陽気な空気が収穫祭の成功を物語っていた。


 アルマたちは暫くその様子を楽しみながら通りを練り歩いた。不思議な工芸品や綺麗な織物。可愛いアクセサリー。初めて見る果物。

 あとで見るだけ見せてもらおう。クリスも一緒に来れれば良かったな。何かお土産になるようなものあるかしら。

 初めてのお祭りにアルマもうきうきしてしまう。

 何度かアルマが人の波に流されたので、途中からジグルドと手を繋いでいる。


 ………わー……


 わー……やばー……デートじゃーん……


 いや待て。馬車を降りてから全く会話がない。これではデートではなく連行だ。何か話しかけよう。


「ジグルドは何か興味あるものあった?」

「屋台の数が例年より多い。人も多いな。やはり不作が改善することへの期待が大きいように感じる。

 酒場の前で乱闘が起きかけていたが、衛兵が即鎮圧していた。警邏には問題は無さそうだ。

 西国の織物が多く目につく。そんなに多くの西国商人の出入りを許可した覚えがない。後でウーリク先生に確認を」

「…………今日、もしかしてお仕事だった?」


 お忍び視察だったのか。

 アルマの質問に、ジグルドは目を見開いてから、大きく息をつきながら拳で額をこんこんと叩いた。


「…………仕事じゃない」


 出掛けにも思ったが、顔色が悪い。


「大丈夫? 顔色が悪いわ。城に戻る?」

「………楽しくないか」

「わたしは楽しいけど、ジグルドが疲れてるなら休んだ方がいいわ」

「問題ないと言っている。せっかく気分転換にきたんだ。普段のことは忘れてぱーっとやろう」

「ぱーっと………」


 ジグルドにそんなボキャブラリーあったんか。


「どういう意味かよく分からないが、とりあえず金を使えば良いのだろう。

 アルマ、あなたは現金で買い物をしたことはあるか。手本が必要なら見ているといい」

「失礼ね! あるわよ! ジグルドこそ、値切り交渉とかしたことないでしょ。お手本見せてあげるから見てるといいわ」

「失礼な。値切り交渉くらいしたことはある。今年はソルベリグ伯爵に関税を下げてもらった。

 だが今日は根回しをしていない。多少割高でも提示された金額で納得しろ」

「焼きもろこし屋のおやじが領主に根回しされたら泣いちゃうわよ」


 アルマはジグルドから硬貨を貰って蒸したジャガイモをふたつ買った。オプションで付けたバターの香りが食欲を唆る。ジグルドにもひとつ渡す。


「食べ方分かる?」

「かぶりつくんだろう。昔マークたちと食べたことがある」


 イケメンはジャガイモにかぶりつく姿すらかっこいい。理解されないのであまり言わないけど、リストバンドが手の甲まで隠してるのエモいよね。特にジグルドは手の形も綺麗だもの。眼福。


「治安の確認などしにきたわけではなかった。無駄遣いをすべきと言われたんだ。何か無駄なものを探そう」


 もう目的が迷子だ。


「ジグルド、無駄遣いは、買う時には無駄だと分からないものなのよ」

「分からない? そんな馬鹿な」

「そんなこと言ってたの、マークでしょ? 無駄遣いというより、あまり考えずに楽しんでこいってことよ。買おうかなって思ったものを、考えずに買っちゃえばいいの」


 食べ物屋台の通りでは肉を焼く臭いが強くてアルマが落ち着かないので、工芸品の通りに足を向ける。

 木工細工や籠などの店の中に、小さな花束を並べる店があった。リストブーケの店だ。若い恋人たちが集まっている。

 この辺りの地域には、めでたい日にパートナーにリストブーケを贈る風習がある。昔はそれを付けていない者がパートナー募集中の印だったそうだが、近年は仲の良い恋人たちの遊びになっていた。

 様々な秋の花がリボンで飾られ、値段の高いものはバンド部分に蜻蛉玉やレースがあしらわれている。可愛い。

 帰りにクリスに買っていこうと物色していると、アルマの後ろから覗き込んだジグルドが耳元で囁いた。


「こういうものは、平民の女が好みそうなものだと思う。どうだ?」


 近い近い。顔が近いです!


 灰色の目が至近距離で、探るようにアルマを見ている。

 そう言えば最近祈祷ばかりで、女心検定のレッスンができていなかった。これを口実に仲直りしたくせに、酷いなわたし。


「可愛い。なかなか高得点よ」

「買おう。どれが良い」

「ジグルド。こういうのは、自分で選ばないとダメよ」

「……そうか」


 顎に手を当てて沢山ある花を吟味する眼光がだんだん鋭くなる。

 魔王様。それは親の仇の殺し方を考えてる時の顔ですよ。

 一生懸命選んでいる姿が可愛くて、アルマは悶えそうだった。


 マリールイーズに贈るんだろうな。いいなぁ、マリールイーズ。


 マリールイーズなら、この淡い桃色の薔薇か橙のガーベラかな。紫のアネモネは、綺麗だけどちょっとイメージが違う。

 アドバイスすべきか、ジグルドの選択を尊重すべきか。


 悩ましい、とジグルドの横で同じように顎を摩っていると、透き通った鈴の音のような声がアルマの名前を呼んだ。


「もしかして、アルマ様ですか?」


 振り向くとそこには、紫の目の美しい妖精が立っていた。



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