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丘の上の墓所


 判決の日と次の日は、アルマの顔色が悪いと主張するクリスが部屋に押しかけてきて、ずっとアルマの手を握っていてくれた。

 二日後に漸く顔色の合格点を貰って、アルマはいつもより早めに神殿へ出かけた。


 神殿の裏の丘を登ったところには広い墓所がある。初めて訪れた墓所は、木々が赤く色を変えるこの季節でも、美しい緑色の芝生が敷き詰められていた。過去のウィンターハーンの一族と、側近たちや聖職者たちの眠る場所。白い墓石が緑に映える。


 新しい墓石が並ぶ区画に入ると、黒いシルエットが見えた。

 ヤコブの墓の前にジグルドが立っていた。


 アルマに気付いて正面を空けてくれる。抱えていた花束を真新しい墓石の手前に供えた。ジグルドは手ぶらで来たのか、他に花束らしきものはない。手を合わせて冥福を祈る。


「……ジグルド、お墓参りとか、するのね」

「あまりしない。ヤコブは葬儀がなかったから」


 ヤコブは罪人扱いではないけれど、主家に忠義を尽くさず死を賜るのはやはり不名誉なことで、埋葬はひっそりと行われた。この丘に墓を作って良いと言われ、ヘルムートは泣きに泣いたらしい。

 ヤコブは、アルマを誘い出して、エリンに会わせて、話を聞いてあげてほしかったそうだ。他の人間がいるのも、ましてや子爵が後ろにいるのも知らなかった。


 そんなこったろうと思ったよ。バカねぇ。

 相談してくれたら、きっとわたしは自分からのこのこ出て行ったのに。


 冷たい秋風が芝生をさやさやと鳴らす。

 肩を竦めたアルマに、ジグルドは上着をかけてくれた。


「ありがとう。ジグルドは寒くない?

 ひとりなの、珍しいね。護衛の人はよかったの?」

「ひとりで来ようと思ったから、事前に予定していた。二日前から墓所には誰も入れないようにしている」


 だから周囲にあんなに衛兵がいたのか。アルマの護衛も墓所の入口までだった。


 そうか。じゃあ、今、ジグルドとふたりっきりか。


「ジグルド、泣きたかったら、背中を撫でててあげるわよ」


 ジグルドは少し呆れたように眉を下げた。


「無理しなくていい。……友人というのも、撤回して構わない。知った人間を殺せる私は、女には恐ろしいだろう」

「そんなのに、男も女もないわ」


 領主はその裁きに於いて、行為が罪であれば処罰を下さねばならない。小さな集落ならまだしも、辺境伯領という単位では、量刑をお気持ちで行うことは混乱の元だ。

 この土地でウィンターハーンの一族を狙うということがどういうことか、アルマも頭では理解している。攫われたのがクリスだったなら今回の処罰を疑問に思うこともなかっただろう。


「こんなつらいこと、わたしには難しいし、できればクリスにも、―――ジグルド、貴方にもしてほしくない……」

「あなたはしなくていい。これは私とクリスが負っていくものだ」

「ううん。してほしくない。でも、しなきゃいけない立場っていうのは分かる。

 だから―――もっと、頑張るね。

 領が安定して、皆が、普通に働けばご飯が食べられるようになれば、こんなことはきっと減るはず」


 立ち上がって無理に笑うアルマに、ジグルドは眉を顰めた。


「………あなたに、領主夫人の役割は求めていない。今でも十分務めていることは分かっている。無理をする必要はない」

「違うわ。わたしが祈祷師だからよ」


 アルマは中央神殿に入ったばかりの頃は、カイヤ師匠に認めてほしくて、カイヤ師匠の方ばかり向いて努力していた。

 いつからか、カイヤ師匠と同じ方向を向いて努力をするようになった。


 それに気付いた時アルマは、カイヤ師匠と同じように、生涯祈祷を生業にすると決めた。


「優しい人たちが、優しいまま生きていけるために祈るのが、祈祷師の誇りだからよ」


 それはもしかしたら、ジグルドの使命と少し似ているのかもしれない、と思う。



 墓所の階段をゆっくり戻りながら、取り留めのない話をする。こんなに穏やかにジグルドと話せるのは随分久しぶりな気がした。


「あの、この間の―――分からないことがあったんだけど、聞いてもいい? 今年の収穫が去年と同じくらいだと、どうして冬を越せない人が増えるの?

 去年より悪くなければ大丈夫なんじゃ……それとも、買い付けるお金が足りないの?」

「買い付けも去年と同程度は確保できている。領内の食糧の値段が上がっているからだ」


 そうなのか。知らなかった。


「ここ何年も、収穫は下降の一途。今年は何事もなければ去年と同程度だが、来年はどうなるか分からない。五年ほど前から富裕層の食糧の買い占めが始まっている。不作が続くのが我が領だけだからこの程度で収まっている」

「―――買い占め? なんで? 富裕層なんて、不作の時も食べるものに困ったりしないのに?」

「食べるものがない人間に、より高く売りつけるためだろう。あなたは、商売の話が好きなのに、こういうことは思いつかないんだな」


 不作の時でも食糧に困らない人々が、食うや食わずの人からお金を巻き上げるために。

 醜悪な思考にアルマは呆れた。


「そ、そういうの、禁止できないの? 辺境伯領の法律はジグルドが決められるのよね?」

「安易な法律を作ればまともな流通業者が潰れる」


 そういうものか。難しいな。


「……去年はそれでも、エリックたちとそういう話はしていた。規制して、一部を配給にできないかとか―――具体的な見通しが立たなくてそのままだ。

 だが、あなたが来てくれた。数年ぶりに収穫量の下落が止まった」


「……それは、まだ誤差の範囲よ。わたしのおかげとは限らないわ」

「だが、あなたから見て、我が領は改善しているのだろう? これからは上向いていく」

「そりゃ、半年頑張ったし、多少は……」

「ミルタのライ麦の収穫は昨年の一割増しだったし、領都近郊の畑は今のところ順調に実っている。今年の収穫祭はきっと昔のように賑やかになる」


 そう語る声にはジグルドの希望が滲んでいる。


 ミルタのライ麦は、全盛期に比べて七割ほどに落ちている。昨年より増えたといっても、まだまだ元通りには遠い。

 だが収穫量が落ち続けることしか経験したことのないジグルドにとって格別な喜びなのだ。


 頑張ろう。

 いつかウィンターハーンを大豊作にして、ジグルドを「ヒャッホ〜イ⭐︎」ってジャンプさせたい。


「………もっと、頑張る。ウーリク先生と、また相談するわ」

「無理しなくていい。倒れられたら困る」

「大丈夫。自分の限界は分かってるわ。

 それに、豊作になったら食糧が安くなるでしょ。買い占めてる奴らに一泡吹かせてやらなきゃ」


 アルマは拳を握ってしゅっしゅっとパンチを繰り出してみせた。

 ふ、とジグルドが軽く吹き出す。

 レアなジグルドの笑顔に、アルマも精一杯の笑みを返した。



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