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それぞれの悲哀


 翌日の午前中、罪人たちへの判決の申し渡しの場へアルマも連れていってもらった。周囲に必要ないと止められたが、見ておくべきだと思ったのだ。後から報告を聞くだけで良かった筈のジグルドが執務の時間を割いて同席してくれることになった。

 なのに、いざその時になると足が震えて立ち上がれず、アルマは隣の控室から動けなかった。

 法廷の音を拾うための小窓から判決を言い渡す声が聞こえてくる。罪人たちの悲鳴と怒号と泣き声が入り混じる中に、アルマに暴行した男の声を聞いた気がして、アルマの心臓が縮み上がる。ガベルを打つ音が甲高く響き、罪人たちは連行されていき、静寂が戻る。

 肩を竦めて小さく座っていると、ジグルドが隣に座って、膝の上で震えるアルマの拳を包むように手を重ねた。


「大丈夫か」

「………ご、ごめん、なさい……」


 忙しいジグルドの時間を割いてもらっておいて、この為体。情けなくてアルマはぎゅっと目を閉じた。

 握ってもらっている手からジグルドの霊脈を感じる。クリスとよく似た心地良い霊脈に慰められて漸く息を整える。


 逸る鼓動を宥めていると、ノックの音が聞こえてベンジャミンが入ってきた。


「閣下。ヘルムート様がいらっしゃってます。閣下にお目通り願いたいと。できれば、アルマ様にも」


 ジグルドがアルマの手を握り直す。


「アルマ。ヘルムートはヤコブの祖父だ。恐らくあなたに謝罪したいのだろう。聞いてやってくれるか」


 ヤコブの名前に、アルマはびくりと震える。

 アルマが領主夫人としてしっかりしていれば、エバを見捨てていれば、きっとヤコブはまだ生きていた。ヤコブのおじいちゃん。どんな罵言を投げられても、泣かないようにしなくては。

 アルマが頷くのを見て、ベンジャミンが退室する。戻ってきた時には、数ヶ月前に西棟の病室で見た老齢の男を伴っていた。

 病魔に冒されてなお猛々しかった戦士の姿はなく、簡素な服に身を包んだ男は記憶よりひと回り小さく見えた。


 ヘルムートは椅子に座っているジグルドとアルマの前で床に拳をついて頭を下げる。


「閣下。まずは我が不肖の孫の所業、誠に申し訳ございません」

「そうだな。残念に思う。一日でも早くお前の心痛が和らぐことを望む。必要なものがあれば言え」

「ありがたきお言葉」


 ヘルムートは頭を上げてアルマに向き直り、もう一度頭を下げる。


「奥方様。此度は我が孫のためにおつらい思いをされたこと、お詫びのしようもございません」


 もういいのだと返したかったが、喉がつかえて声が出ない。震えるばかりのアルマの代わりにジグルドが答える。


「ヘルムート。アルマはお前が謝罪することは許したが、言葉を与えるとは言っていない。他に用件があるなら聞こう」

「はっ、ありがとうございます。

 閣下。最後のお願いに参りました。あの者を騎士へと推薦したのは私です。どうか私にもヤコブと同じ処罰を賜りたく」


 ジグルドの眉間が深い皺を刻む。


「……ヤコブに剣を捧げることを許したのは私だ」

「閣下にお仕えするには未熟だという周囲の声を聞かず、私が強引にお願いしたのは皆の知るところ。身内の欲目で奥方様を危険に晒した私は、連座が相当でございます」

「そうだとしても、お前は先代の片腕だ。その功績は今回のことを補って余りある」

「閣下」


 ヘルムートは白い眉毛の下の目を真っ直ぐにジグルドに向ける。


「閣下。私はずっと、ウィンターハーン家に仇なす者は命を以て悔いることになると謳ってお仕えしてまいりました。今更自分の命を惜しんでその言葉を曲げたくはない。

 私に我儘を言える功績があるのであれば、息子たちへの追放と引き換えていただきたい。どんな立場でも構いません。あやつらから主と故郷を取り上げないでくだされ。代わりにこの老骨を、先代様の元へ送っていただきとう存じます」


 睨みつけるジグルドの怒りを受け切るようにヘルムートは引かない。

 その姿に、アルマはふつふつと怒りが湧いた。


 ―――なにを、言ってるんだ、この人は。


 なんてことを言うんだ。

 ジグルドをなんだと思ってるんだ。

 人を平気で殺す人間だと思っているのか。

 ヤコブを殺して、平気だったとでも思っているのか。


 黙っているジグルドに、ヘルムートは尚も言い募る。


「長年お仕えしてもウィンターハーンに仇なせば厳しく処断する。そう示すことは一層軍規を引き締めるはずです。この老耄の、最期にウィンターハーンの盾となって去る望みを、お許しくだされ」


「………………そうか」


 了承のように聞こえたその呟きに、アルマは驚いてばっと顔をあげる。


 言えないのか。

 慕っていた貴方に死んでほしくないと、そんなことすら言えないのか。


「―――ばかじゃないの………!」


 震えて声が出なかった筈の口から、ヘルムートに向かって怒りに任せた叫びが飛び出した。


「貴方の、信条なんか、どうでもいいわよ!」


 ジグルドとヘルムート、ベンジャミンが驚いて目を見張る。室内がしんと静まり返った。


 きっとこの男にとっては、主家を危険に晒した罪悪感を背負って生きるより、死ぬ方が楽なのだ。


「ヤコブのことは、しょうがないわ。わたしを攫ってジグルドを脅すのに加担した。

 貴方にはそんな理由はないじゃない。自分の都合の良い解釈で、楽な道に逃げるなんて許さないわ!」


 もしジグルドがここでヤコブの両親の放逐をやめてヘルムートを罰するのであれば、それはヘルムートの望みのためだ。個人的感情で量刑しないジグルドが、この男の心のために主義を曲げようとしている―――それほど思われているのに、身勝手なことを言う男に腹が立つ。


「貴方が死んだって、償いになんかならない……!」


 誰もそんなことを望んでいない。

 なぜ分からないのだ。そんなことをすればジグルドの心をどれだけ抉るのか、どうして考えてくれない。

 ウィンターハーンを思うなら、生きて、ジグルドを支えてほしい。


 息を荒げるアルマを、ヘルムートは呆然と見て、それから絶望したように呟く。


「―――それは………私の命などでは償いに足りず、人並みの死など赦さない、と……?」


 え!? いや、そういう意味じゃない。


「ヤコブは見せしめの必要があったから仕方ないが……そうでない私には生きていることを悔いるほどの罰を与える、と………」


 いやいや……―――いや?

 そういえばわたし、悪妻だった。


「……そっ………そうよ! 例えば、戦争になった時に一番危険な任務を押し付けたり、そうね、敵の陣営に、ジグルドを裏切った振りして行ったりするのよ! ばれたら捕まって拷問とか、されちゃうやつよ!」

「わっ、私に、ウィンターハーンを裏切る汚名を被れと……!? それは、あまりにも」


 アルマも上手く頭が回っていない。視線を泳がせると、目が合ったベンジャミンがはっと我に返った。


「ヘルムート殿。アルマ様はご立腹だ。ご機嫌を損ねて祈祷をしていただけなくなっては、閣下が望まぬ結婚までした意味がなくなる。

 アルマ様が望まれるなら、貴殿に選択肢などない。いつどんな苛烈な命令が下ってもいいように心身を整え、それまでは平常どおり待機されよ」


 がっくりと肩を落として控室を後にするヘルムートの後ろ姿。付き添うベンジャミンが振り向きざまにアルマに視線を送り、こっそりと親指を立てて見せた。


 扉が閉まってから、アルマは深く息を吐いて何度か深呼吸した。

 隣でジグルドが目をしばたいている。


 ジグルドは、もしかしたら別の答えを持っていたかもしれない。かっとなってしゃしゃり出てしまった。


「………ごめんなさい、割って入って勝手なこと、言って」

「………いい。今回ヘルムートの責を問うつもりはなかった。ヘルムートも今は昂っている。時間を与えるのは良い方法だ」


 ジグルドはそう言ってくれたが、ヘルムートはウィンターハーン城砦の高官だ。処遇に口を出すなんて、アルマの権限を超えていた。


「………だって、いやだったのよ……」


 ヘルムートが毒杯を煽るなんて、嫌だった。


「わたしが口を挟むことじゃないって分かってる。だけど、どうしてもいやだったの」


 とりあえず諦めてくれたように見えた。

 安堵で、それまで堪えていた感情が堰を切ったようにあふれる。


「我慢できなかった。これ以上、ジグルドが傷つくの、見てられなかった」

「……私が?」

「よかった、ジグルドが、あの人を失わなくて、すんで」


 感情と一緒に涙があふれる。


 ヘルムートには、つらい結果だっただろう。だが、生きていれば、きちんと生きていれば、きっと時間が心を癒してくれる。

 いつかまた、ジグルドとふたりで穏やかに語り合える日が来るかもしれない。


「よかった……」


 それは単なるアルマの願望で、ヘルムートにとってどうかは分からない。ヤコブは、もう帰ってはこない。午後にはエリンたちの処刑が行われる。


 アルマは自分が何のために泣いているのか、もはや考える力もなかった。



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