救助
「――――アルマ。アルマ!」
遠い場所からアルマを呼ぶ声が聞こえる。
頬をぺちぺちと叩かれて、声がだんだん近くなる。
「アルマ。気がついたか。私が分かるか?」
瞼を持ち上げると、薄暗い中に影が揺れる。
闇の中に橙色の光が浮いていて、次第にそれがカンテラの灯りだと分かる。
焦点が合うと、アルマを抱き起こしている男の綺麗な顔が見えた。カンテラの灯りを弾いて、灰色の目がこちらを見ている。
美しい眉が、何か痛ましいものでも見たかのように歪む。
どうしたの。
どうしてそんな、泣きそうな顔をしてるの?
なにか、かなしいことがあったの?
つらそうな顔が可哀想で頭を撫でてあげたいと思ったが、腕が固くて持ち上がらなかった。
ぼんやり見つめていたら、横から別の腕が伸びてきて、アルマの額をべちっと叩いた。
「………その、気色の悪い顔、久しぶりに見たな」
声に目線を向けると、神官服の機嫌の悪そうな男がいる。
「…………………ラウ、ル」
男はアルマの隣に膝をつき、アルマの額をべちべちと叩く。
「……………なに」
「戻ってこい。旦那がドン引きしてるぞ」
「だんな……?」
「エバの居場所が分かった」
「!」
朦朧としていた意識が瞬時に戻る。がばりと身を起こし、途端に身体中の痛みが脳に流れ込んでアルマは悲鳴をあげる。反射的に暴れる手足を、アルマを抱き上げていた男が慌てて抑えた。
ラウルは構わずにアルマの額を叩き続けている。
「ラウル! 痛い! 痛い! やめて!」
「目が覚めたか」
「覚めたよ!」
「エバは今、街の警邏が捜してくれている。閣下が圧力をかけてくれたから、きっとすぐ見つかる」
「……かっ、か………?」
痛みで呼吸が早くなる。
身体を支えてくれている腕にしがみついて目線を上げると、ようやくそれが肩書きだけの結婚相手だと気付く。
美しい顔。
今まで生きてきた中で、見たこともなかったほど綺麗な人。
そして、己の姿に思い至る。
衣服は乱れ、上半身は生臭い血液に塗れている。
「―――いや」
顔も髪も血液が付着して不愉快にガサガサしている。
思い出してきた記憶の中で、股間から血を撒き散らす男。
「いやっ」
―――口の中に、あの汚い感触が蘇る。
十二の歳まで、その日の糧を得るために、父親に殴られないために、同じことをしてきた。
「いやぁ、見ないで!」
男の股間に埋めていた顔を見ないで。
「ラウル! ラウル!」
アルマは身体の痛みも無視してジグルドの腕を振り払い、ラウルに縋る。
しがみつくアルマの額を、ラウルはまた容赦なく叩く。
「うるさい。
お前、子爵の息子と毒を飲んだらしいな。何の毒だったのか言ってから気絶しろ」
「うぅ……」
ぼろぼろと涙を流すアルマに、ラウルは淡々と聞く。
「解毒方法は」
「………毒、飲んでない……霊脈を、歪めたの……」
「―――お前」
「ごめ、ごめんなさい、師匠には、師匠には言わないでぇ……」
ラウルは落ちたジグルドの上着をアルマの肩に掛け直して、適当に前を留めた。
己の腕から逃げて、他の男の胸で浅く呼吸するアルマを、ジグルドは憮然と見る。
「………私の、なにが、いけないんだ」
「いけないというか……」
ラウルはアルマとジグルドを見比べて、面倒くさそうに溜め息をついた。
「閣下。アルマはウィンターハーンで真面目に祈祷をしているでしょう」
「………ああ」
「いずれ知れる事でしょうから言っておきます。こいつは子どもの頃、貧民街の花屋の小間使いをして生きていました」
「―――ラウル! ラウル、いや、言わないで」
言わないで。
この、綺麗な人に、汚いわたしを教えないで。
アルマの懇願に耳も貸さずにラウルは淡々と続ける。
「それを受け入れられないなら城から出してやってください。身内に蔑まれるような環境は、祈祷にも影響します。領のためにもならない」
「……やだ、……やめて」
「贅沢な暮らしをさせなくてもこいつは働きます。護衛だけ付けてくだされば、農奴と同じ扱いでも文句は言いません。
対等に友人と呼べる人間の間に置いてやってくれませんか。普段へらへら笑ってますが、泣き虫の甘ったれなんです」
ラウルとジグルドが何かを話す声が遠ざかり、アルマは痛みの中でまた気を失った。





