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懲悪

※ 性加害を思わせる表現があります。


 子爵の、ただただ深い悲しみの声に、アルマは混乱する。


 ほんの数ヶ月前にウィンターハーンで殲滅され捕縛された人身売買組織。その裁判の後の、心を抉るような被害者の家族の声を、アルマは今も忘れることができない。被害者たちがどのような状況だったのか、刺激が強すぎると言われてアルマは詳しくは教えてもらえなかった。


「………閣下は裁きを下しただけで、誰のことも、殺したくて殺したわけじゃないわ……」


 アルマの呟きを、子爵は杖をテーブルに振り下ろして遮る。


「ふざけるな! 私たちは貴族だぞ! 平民をいくらか売り捌いたくらいで、何故殺されなければならない!

 だいたい、カールが扱っていたのは殆どが借金で身を持ち崩したクズだ。領の掃除をしてやったと言っても過言ではない。それを、あの悪魔が」

「子どもを売らせたり、誘拐したりしてたじゃない!」

「数が足りなかったのだから仕方あるまい! お前のような小娘に、商売の信頼の重さが分かるのか! 確かに辺境伯の領民を勝手に捕まえてきたのはカールが悪い。しかしそれが、命を取られるほどの罪か!?

 イスフロスト卿が身内を殺されたと訴えていた時に、もっと耳を傾けるべきであった。些細な罪にも極刑を下す惨虐な北の魔王に、近付くべきではないと、教えておかねばならなかった……」


 過ちを悔いる子爵の言葉に、アルマはひとつの疑問の答えを見つける。


 ウィンターハーン城砦では慕われているジグルドが、何故王都であれほど評判が悪かったのか、アルマはずっと不思議だった。

 多くの平民にとって他領とは、遠く関わりのない世界だ。王都のジグルドの評判は王都にいる貴族たちの言葉で作られる。貴族たちにとっては、平民の命などという些細なことで身内を処刑されるのは理不尽な悲劇でしかないのだ。


「あの男にも儂と同じ思いをさせてやろうと思ったが、子どもはいないそうじゃないか。ならば弟から引き取ったという養子をと思ったが、忌々しいことに城砦から出てこない。

 お前のような女がどれほどのものか分からんが、一族に平民の血を入れてまで欲した祈祷師を殺せば、少しは懲りるだろう」


 子爵の横にいた髭面の男が、ソファの上で後退るアルマに、にやにやと不愉快な笑みを見せながら躙り寄る。太い指でアルマの顎を掴み、顔を上げさせた。


「父上、下にも男が何人かいる。全員でボロボロにしてから首と手足を落としてやりましょう。流石の辺境伯も多少は心乱すでしょう」

「放して!」

「ハンス、その煩い口を塞げ。くそっ、こんな平民のような女では、一矢報いることもできないのではないのか」

「父上、なら、次を仄めかしてやればよろしい。手足を落として剥いた腹に、『次はお前の母親だ』と刻んでやりましょう」


 アルマの呼吸が浅くなる。精一杯身体を捩るが男の腕は緩まない。

 男は足裏を踏ん張って抵抗するアルマを寝台へ引き摺っていく。乱暴に寝台に放って馬乗りになり、上から首を押さえつけられた。


「汚れた後は触りたくない。私が最初だ。

 あんな男に嫁いだ己の運命を呪うんだな」


 アルマの顎を右手で押さえつけながら、空いた左手でアルマの脚を割り開き、自分の膝で固定して、男は自分のベルトを外し始めた。

 かちゃかちゃと鳴るバックルの音が部屋に響く。


「どうした。声も出ないか? もっと暴れて楽しませてみろ」


 アルマは逸る鼓動を宥めながらゆっくりと丁寧に息を吸って、自分の顎を押さえている手に意識を向けた。

 人の霊脈は触れ合うとよく見える。


 ………人間だ。


 こんな悍ましい生き物は醜い魔物か何かだろうと思ったのに。アルマに触れているのは、どこにでもいるただの人間だった。


 アルマのいっそ憐れむような視線に気付いて、男は苛立った顔を近付ける。


「……なんだその目は!? よほど痛い目に遭い……た………」


 凄んでいた髭面の男は、ゆっくりとアルマに覆い被さるようにベッドに沈んだ。


 触れているのが不愉快でアルマは足で男の身体を押し除ける。不自然に痙攣する男の様子に、子爵が気遣わしげな声をかける。


「………ハンス? ハンス、どうした」


 この角度ならきっと、男がアルマに口付けた途端に崩れたように見えただろう。

 アルマは男を足裏で蹴りあげ、仰向けにする。

 白目を剥いて痙攣する男に子爵は慌てて駆け寄った。


「ハンス! ハンス!」


 慣れないことをしたアルマの霊脈は乱れ、鼻の下を伝う赤い線が、シーツにぽつぽつと落ちて染みを作った。


 鼻の奥の金物の味をごくりと飲み込んで、アルマは子爵に視線を据える。


「毒を飲ませたわ。エバたちを連れてきて。全員無事に帰れたら、何の毒か教えてあげる」


「ハンス! …………貴様、下賤の身でよくも!」


 悪鬼の如き怒りに満ちた顔を、アルマは意識を飛ばさないように必死で睨んだ。



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