ハヴスリス子爵
「こんな乱暴なことするなんて聞いてない! 私は、話を聞いてもらうだけだって聞いたから、だから」
「エリン。お前だって娼館に行くのは嫌だって言ってたじゃねえか」
「そうだけど」
話し声に目を覚ます。
貴族の屋敷の応接室のような部屋でソファに転がされている。顔に被せられていたものは無くなっていたが、両手が後手に縛られている。
失敗した。
動揺して、言いなりになってしまった。
ヤコブか兵士が戻るまでなんとか時間を稼いでいれば……いや、それではエバがどうなるか分からない。どうすれば良かったのだろう。
「………エバは、無事なの?」
「おっ、目が覚めたか。旦那を呼んでくる」
アルマの問いは無視して、男たちは部屋を出ていった。残された女がアルマに駆け寄る。小柄で顔立ちの整った、まだ少女といわれるくらいの女。
「ごめんなさい、ごめんなさい……私、こんなつもりじゃ……」
ぽろぽろと涙をこぼす少女はエリンと名乗った。
エリンも先程の男たちも、三ヶ月ほど前にウィンターハーンで殲滅された人身売買組織の被害者だそうだ。ジグルドはこの事件に加担していた者を例外なく処刑した。首謀者が近年商業活動で頭角を表したハヴスリス子爵家の三男だったため、王都での事後処理が厄介だとアンダースがこぼしていた。
被害者については、虐待されて重傷の者は治癒院へ入れられ、健康に問題ない者は故郷の近くまで輸送され、故郷の分からない者や希望者はウィンターハーン内で仕事を与えられたと聞いている。
エリンは小さな村の出身で、村の名前を言っても役人の中に分かる者がおらず、帰してもらえなかった。
「帰るところもなくて……下女として住み込むか、それが嫌なら知らない男と結婚するか、娼館に行くしかないって言われたの。それで、奥様は領主様と違って心優しい方だって聞いて、ただ、お話を聞いてほしくて。
グンナー達だって、ちゃんとした仕事を貰えればこんなことしなかったはずよ!」
ちゃんとした仕事とは、何だろう。
エリンの言うことも分かる。
誘拐されて、見ず知らずの土地で無一文で放り出されるのはさぞつらいだろう。特に女は庇護してくれる男がいないとどうにもならない。王都であれば女も住み込みで働く場所はあるが、それはお金と人が集まる王都だからこそだ。現在のウィンターハーンでは、身寄りのない女が下女として住み込めるのは、家主にもよるが悪くない方だ。
「……あの人たちの言ってた『旦那』って、誰のこと?」
「ハヴスリス子爵様よ」
「!? それは貴女たちを攫った人の父親よ!?」
「知ってるわ。グンナーたちは他の人間の監視をしたりしてて、特別扱いだったの。そのツテで、お声がかかったの。
子爵様は息子みたいな酷い人間じゃないわ。私たちの状況を知って、同情してくださったの。アルマ様をお呼びして、待遇を考え直してくれるようお願いしてくれるって。
直接顔を合わせてお話しすれば、きっとお城のメイドにしてくださるって」
ありえない。城のメイドは女官や侍女ほどではなくても、それなりの口利きがなければ採用されない。
「アルマ様。乱暴にしたことはごめんなさい。私、掃除も洗濯もできるの。アルマ様のメイドにしてもらえたら、姉妹みたいに仲良くできると思う」
跪いてアルマを見つめるエリンは、喋っている内容を無視すれば普通の可愛い女の子だ。自分と同じように攫われてきた人たちがどんな目に遭ったのか知らないのだろうか。
ハヴスリス子爵の思惑を想像するに、アルマを使ってジグルドに復讐したいのだろう。子爵がアルマをどうするつもりでも、恐らくエリンたちのことは消すつもりだ。
エリンを説得してふたりで逃げられないか。いや、エバや師匠のご両親が捕まっているかもしれないのだ。見捨ててはいけない。
アルマが考えを巡らせていると部屋の扉が開いた。
先ほどの男たちに、上流階級と思われる男が三人増えている。エリンが引きずられるように部屋から出され、老齢の男がアルマの向かいのソファに座った。
「辺境伯の妻か? これが? なぜ使用人の格好をしている」
「王城では質の良い身形だったそうです。お忍びだからでしょう」
「エバは無事なの?」
アルマの問いに、老齢の男は忌々しげに吐き捨てる。
「耳障りな声を出すな」
「わたしたちを帰してくれない? そしたら、貴方たちのことは喋らないって約束するわ」
「黙れ。お前が何かを考える必要はない。
儂が悩んでいるのは、犯された死体と刻まれた死体と、どちらがあの男に効くかということだけだ」
「ハヴスリス子爵。辺境伯閣下は既に貴方を警戒してるわ。わたしが死んだら、きっと原因を突き止めるわよ」
アルマの当て推量の台詞に、男は僅かに動揺を見せた。子爵と呼ばれたのを否定しない。部下ではなく自分でアルマを始末しにくるところに恨みの深さが見える。
もうひとりの老年の男は、立ち振る舞いから子爵の臣下だろう。脇に立っている髭面の男は子爵の身内だろうか。
老齢の臣下らしき男が諌めるように子爵に進言する。
「旦那様。最早引き返すことはできません。早々に始末をつけて遺体は山中に埋め、王都を離れるべきです」
「馬鹿を言うな。考えうる最も無残な方法で殺し、辺境伯に送りつけてやる。
カールは、父親思いのいい子だった。これから、いくらでも幸せが待っていたはずだ。それをあの悪魔が奪った。生温い対応では、天国のあの子に、顔向けできん……!」
子爵の目から涙がこぼれる。
それはどこにでもいる、子どもの死を悼む普通の父親の顔だった。





