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カイヤ師匠の実家


 カイヤ師匠の両親は中央神殿の近くの裏通りで籠屋を営んでいる。裏通りといっても王都の地代は高く、通りの店は犇めきあい、どれもこぢんまりとしていた。

 今回の外出にも、いつもと同じように護衛騎士のヤコブと兵士ひとりが随行している。名誉挽回したかったのか、ヤコブは「自分がアルマの護衛だ」と言い張った。本来なら騎士であるヤコブが指揮をとるものだが、マークの指示で指揮権は兵士が持つことになった。


 裏通りは平民たちしか立ち入らない場所で、貴族の馬車は悪目立ちする。少し離れた広い通りに馬車を停め、徒歩で目的の店に向かった。


 路地の先に見える小さな籠屋の店先にたどり着く頃には、もう日は傾きかけていた。屋根の低い長屋が並ぶ中で籠の絵の看板がわずかに揺れている。

 ヤコブが店の入り口を叩く。

 何度か扉を叩いて呼びかけたが反応がない。目立つヤコブの騎士服に、通行人がちらちらとこちらを見る。出直そうかと考えていると、俄かに周囲が騒つきだした。近くで何かがあったようで、人々が右往左往している。

 店舗から裏口へ回ってみたが物音ひとつしない。扉が半端に開いたままだ。

 護衛の兵士がゆっくり扉を開ける。いつもなら愛想よく迎えてくれる老夫婦の姿がない。

 いつも、少し申し訳なさそうにアルマを迎えてくれる師匠のご両親。


 師匠は病気に罹って、予定より早く祈祷師を引退した。祈祷師の引退にあたっては中央神殿から多額の報奨金が出る。アルマの周囲では、平民の生活なら殆ど寝たきりであっても金に困ることはないだろうと言われていた。

 ところが師匠は報奨金の殆どを、娘婿の事業資金にあげてしまった。

 師匠の両親は、商家や貴族からの師匠との縁組の打診を「あの子は生涯うちの娘ですから」と頭を下げて断っていたため、援助を頼めるあてもなかった。

 食事が細くなってきた師匠のために、アルマは高くなってきた季節外れの果物や滋養があると言われる食材をせっせと運んだ。平凡な平民の生活を営むふたりは、いつもこちらが恐縮するほど頭を下げていた。


 薄暗い店内に目を凝らすと、細い陽の光が小窓から漏れ、棚にかけられた籠たちの影がぼんやりと揺れる。老夫婦が丁寧に並べていたはずの籠が無造作に倒され、いくつかは割れている。足元には飾っていたのであろう花や砕けた陶器の欠片が散らばり、かすかに酒の匂いが鼻をつく。


「誰かいないか?」


 眉を顰めた兵士が声をかけるが返事がない。


 壁際に小さな棚が転がり、小銭入れが床に放り出されている。わずかに覗いた金具が、薄暗い光の中で冷たく光る。どう見ても何者かに荒らされた後だ。

 兵士の後ろからその様子を見たアルマは焦りに身体を固くする。


 いったい何があったのだろう。

 エバの手紙に書いてあった「困ったこと」と関係あるのだろうか。

 師匠のお父様とお母様は、エバは、無事なのか。

 ヤコブが手紙を預かったのは今日の昼のはず。

 そういえば、誰から預かったのか、聞いていない。


 ヤコブを見上げると、驚きを隠せない顔で立ち尽くしている。

 兵士がアルマとヤコブを見比べて、アルマに言った。


「奥様、本日はタウンハウスへ戻ります。道に問題がないか見てまいります。問題なければ馬車を呼びに行きます。ヤコブ様は私より腕が立つ。ヤコブ様の側を離れないようにしてください」

「分かったわ」


 ヤコブに目配せして兵士が駆け去る。

 ヤコブは心配そうに見ているアルマを店の中に誘導した。


「アルマ様のお知り合いの家ですよね。中に入れてもらいましょう。俺は馬車を呼んできます」

「えっ、でも、ヤコブから離れるなって」

「あいつが戻ってきたらすぐ出発できた方がいいですから。一刻も早くタウンハウスに戻りましょう」


 そう言われて扉を閉められる。


 心細く感じながら、アルマは店内をもう一度見回した。

 師匠が倒れてから、何度も通った師匠の実家。

 師匠が亡くなってひと月以上が経つのに、屋内には未だに薬の匂いが染み付いていた。窓が閉めきられていて、入口から二階に続く階段の上はよく見えない。二階に向かってもう一度呼びかけてみたが、やはり返事はなかった。

 やっぱりヤコブと一緒にいようと踵を返すと、突然後ろから何かを被せられた。叫ぼうとしたアルマの耳元で低い男の声が警告する。


「エバ・スウィフトの命が惜しければ声を出すな」


 ぞっと背中に悪寒が走る。

 後ろから腕を捻られて痛みに身体が竦む。


「エバに何を」

「黙れ。騒げば、エバ・スウィフトは今晩山に埋める。裏口から出るぞ。来い」


 腕を引っ張られながら移動し、荷台に押し込まれ、視界を遮られたまま首を絞められてアルマの意識は落ちた。



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