年若い祈祷師
ラウルに祈祷計画の助言を貰い、中央神殿にウィンターハーンの霊脈図が残っていれば譲ってほしいと相談した。厚かましいと吐き捨てられたが、断られなかったので気にしておいてくれるのだろう。見つかったとして、中央神殿が譲ってくれるかは分からないが。
ジグルドを待って立ちっぱなしなので、履き慣れない靴に足が疲れる。中庭のベンチは汚せないドレスで座れるほどにはきれいではない。
ウィンターハーンに帰ってからの祈祷のことを考えていると、見知った顔がやってきた。
「あら、アルマ。誰かと思ったわ。
辺境伯は素晴らしい化粧師を抱えていらっしゃるのね。アルマ程度でもそこまでに仕上げてくれるなんて」
中央神殿の抱える祈祷師のひとり、リンネアだ。
祈祷の才能を認められると貴族や商家と養子縁組をすることが多く、祈祷師仲間にも貴族がちらほらいる。迎え入れる家の栄誉になる一方、祈祷師たちの護衛や派遣を賄う寄贈を得ることは中央神殿にも利益のあることであった。
そんな中で、リンネアは珍しく生まれつきの貴族だ。ストームヒェルテ伯爵家の次女として生まれた自分は、元平民の祈祷師たちとは違い『本物』なのだとよく嘯いていた。今も祈祷師の制服ではなく貴族らしいドレスに身を包んでいる。
専用使用人を同伴できない中央神殿では、下女の業務でないことは基本的に自分で行わなければならない。報酬額に折り合いがつけば何でも引き受けるアルマにとって、リンネアはお得意様だった。こんな意地悪を言われる間柄ではなかったはず。
「お久しぶりですリンネア様」
侯爵家以上の相手にしか頭は下げるべきではないとローラに教わったので、微笑んで首を少し傾げる。
そんなアルマの反応を見たリンネアは腹立たしげに大声を出した。
「何か勘違いしてるようね? あなたが辺境伯に嫁げたのは、守ってくれる親がいなかったっていうだけよ!」
静寂を常とする神殿にリンネアの声が響く。
何事かと何人かが見物に来た。そのうちの何人か「またリンネア様か」と戻っていく。
アルマは微笑みキープを努めながら脳内でローラのマナー講座を早送りで再生する。
パターンA!
年若い少女を相手にする貴婦人!
「ふふ。リンネア様は、怒ったお顔も可愛らしいのね」
「ふざけないで! 馬鹿にしてるの!?」
なんで。褒めたのに。
ならばこうだ!
パターンB! めんどくさい相手を躱す貴婦人!
「気分を悪くされたならごめんなさい。まだ皆さんとの会話には慣れなくて……後ほど、夫から挨拶させますわ」
「夫を使って仕返しするつもり!?」
そういう意味ではない。
こんな若い女の子に嫌味を言われたくらいで魔王をけしかけるほどアルマは鬼ではない。
「もう、何なんですか。慣れない貴婦人を頑張ってるんですから優しくしてくださいよ」
素に戻ったアルマに、リンネアはほっとしたように肩の力を抜いた。
「似合ってないのよ!
結婚したからって、貴族の品性が身につく訳じゃないのよ。
誰からも大事にされないから嫁がされただけのくせに! どうせそのドレスだって、体面のためにお金をかけてるだけなんだから、あなたなんかが大事にされてるなんて思わないことね」
嫉妬を拗らせた悪役令嬢だ。
そういえばリンネアは、最初からジグルドの顔を知っていたようで、神殿側が花嫁を募った時にかなり前向きだった。だが伯爵家はジグルドの評判に愛娘を嫁がせることを反対し、中央神殿側もリンネアはひとりで祈祷をするには早いと消極的だった。
彼女にしてみればアルマはあの国宝級のイケメンを目の前で攫っていったトンビなのだ。
ざわざわとギャラリーが増えだしている。
これはもしかして、ウィンターハーンの評判を回復するチャンスでは。
「そんなことないわ。ジグルドは、わたしみたいなバリバリ平民仕草の女でも、ドレイン神のくれたご縁だって、祈祷師としても妻としても大事にしてくれるわ」
ほう、とギャラリーから感心した声があがる。
「噂みたいな凶悪なことはなかったし、ウィンターハーンには質素だけど、一番高いところにちゃんと祈祷室がある素敵な神殿があるの。祈りに熱心な神殿長がいて、神殿長もジグルドのこと、若くして領主を継がれただけのことはあるってベタ褒めだったわ」
ほうほう、とギャラリーが興味深く頷く。
「今日は王宮に行くからこんなドレスだけど、普段はわたしは気楽な服を着てるし、毎日祈祷漬けよ!」
ええ〜、と、ギャラリーの中の若い下女や祈祷師から落胆の声があがる。
あれ?
わたし的には高評価ポイントなんだけどな。
若い女の子達にはもっと、夫の財布で豪遊し放題とかの方がウケが良かったかもしれない。
「で、でも、身分も美貌も若さもない妻なのに不満な顔ひとつ見せずに我慢して、神殿から紹介されたってだけでこんなドレスを作ってくれるし、お金もたんまり貰ってるわ! しかも毎日あの顔を見放題よ! あの顔を!」
「何の騒ぎだ」
突然背後から矢鱈と良い声がした。
振り向くとジグルドがいつもの無表情で立っている。
アルマを押し除けて、リンネアがジグルドの前に出て淑女の礼をとる。
「閣下。お久しぶりでごさいます」
「悪いが記憶にない」
「仕方ありません。何度か社交場でお見かけしただけですもの。ストームヒェルテ伯爵が娘、リンネアと申します。
残念ですわ。こんな粗野な女が選ばれるくらいなら、わたくしこそが、閣下の憂を拭って差し上げたかった……」
「私の求婚を受けてくれたのはアルマだけだった。貴女のことは知らない」
温度のない口調にリンネアの肩がびくりと跳ねる。
「お、お怒りなのですね。分かります。わたくしの心が弱かったばかりに、アルマなんかと。なぜあの時に、父より閣下を選べなかったのか……今なら、家名を捨ててどこまでも付いてまいりますのに。
皆言ってますわ。悪い女じゃありませんけど、とても閣下に釣り合う女では」
ジグルドの腕をとろうとしたリンネアを、ジグルドは半歩下がって避けた。
彫刻のような顔が興味もなさそうにリンネアを一瞥する。
「礼儀も弁えない女の相手をするほど私は暇ではない。アルマ、行くぞ」
そのままリンネアとすれ違ってすたすたと足を進める。
アルマがジグルドの後を追いながらちらりと振り返ると、嫉妬に狂った顔のリンネアと目が合った。リンネアの手の中の扇子は折れそうなほどに撓んでいた。
回廊を抜けて人気がなくなった辺りでアルマはジグルドを小声で窘める。
「もうちょっと、優しく対応しても良いのでは……貴族の女の子が家を捨ててでもって、相当よ」
「レガシアへの公道の話が広がっている。ストームヒェルテは織物の販路を拡大しているところだ。家の反対というのはおそらく嘘だ」
「あ………そうなの?
……残念だったね。もう少し早く企画できてれば、あんな若くて可愛いお嫁さん貰えたのに」
そう言うと、ジグルドはぴたりと足を止めて振り向いた。
「あなたはウィンターハーンのために誠実に祈祷をしている。身分や年齢に不満などないし、我慢もしていない」
「………あっ、そうなの」
「だいたい、顔だって、あの女に劣ってなどいない」
踵を返し、すたすたと先へ進む。
歩いているようにしか見えないのに速い。アルマは慣れない靴で必死に追いかけた。
まじか。リンネア様はピッチピチの十七歳だぞ? 可愛い盛りじゃないか。
いや、ジグルドの高さから見れば―――或いはマリールイーズと比べればどんぐりの背比べということか。手厳しい。残念、リンネア様、相手が悪かったね。





