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ラウルとの再会

本日2回目です。


 王都の中心部から離れ、馬車は中央神殿の正門に停まる。

 象牙色の建物に紺色のドーム型の屋根が乗っている。

 たった四、五ヶ月前までアルマの生活圏の行き止まりだった外壁は、今は余所者を締め出すためのものとしてアルマの前を塞いでいる。


 ジグルドにエスコートされて馬車を降り、正門を通り過ぎて側門の番人に兵士が声をかける。中央神殿の正門は週に一度の礼拝の日にしか開かない。それ以外に開くのは教皇の就任式のみであり、王侯貴族ですら例外ではない。

 杓子定規な応酬の後、番人はアルマたちのために側門を開けた。番人は知っている顔だったが、粧し込んだアルマにツッコミも入れない。ウィンターハーン城砦よりも規律が厳しいのだ。―――自分はもう、彼らにとって余所者になってしまったのだと、十年間過ごした構内を見渡した。


 十年間同じ敷地で生活していて一度も立ち入りを許されたことのない教皇の居住区。教皇との謁見も国王とのものと同様に、アルマは一言挨拶をしただけだった。ジグルドはいつもの口下手ぶりなど想像もつかない様子で会話をしていた。祈祷師を送り出した礼だという名目で贈り物を受領させることにも成功した。教皇は美しいものが好きで、先週ラースが献上した氷の彫刻もウケが良かったようだ。

 今更になって、ジグルドとの間にどれほどの身分差があったのかを思い知る。ウィンターハーンはよく思い切ったものだ。


 恙無く挨拶を終えて、ジグルドに神殿を案内しながら回廊を進む。別れを告げた時には蕾だった庭園の花は既に落ちて、几帳面なだけのトピアリーになっていた。

 柱の向こうにひとりの男の姿を見つける。


 その見慣れた後ろ姿に一瞬で思い出の日々が胸に広がり、その中のカイヤ師匠の面影に目頭が熱くなる。


「―――ラウル!」


 駆け寄るアルマに、振り返った男は一瞬怪訝な顔をしてから呆れた声を出した。


「………誰かと思った。猿にも衣装だな」

「もう! それを言うなら馬子でしょ!」


 アルマはぷうっと頬を膨らませてみせる。

 ラウルは面倒くさそうにアルマの顔を片手で掴んで膨らんだ頬を潰した。そのままぐにぐにと頬を変形させる。


「ほご、ふごご、」

「また泣いたのか。あんなに張り切って向かったくせにもう泣き言か」

「ほごごご、」

「嫁いだ祈祷師はその土地でしか祈祷は許されていない。帰ってきても、俺の小間使いしか仕事はないぞ」

「ほげご」


「アルマを返すことは出来ない」


 真後ろからの声にラウルはぱっとアルマから手を離し、振り返ってジグルドを見る。

 アルマのドレスと揃いのウェストコートを目に留めて、ラウルは一歩下がって頭を下げた。


 そうだ。これが、本来、ジグルドとの距離。

 神官は神にのみ仕えるという名目があるので立礼だが、普通の平民なら膝をつく。


 ここでアルマは漸く気付いた。

 ジグルドにとってはラウルは婚約者を寝取った男だ。アルマとジグルドは名前だけの夫婦とはいえ、アルマがラウルと一緒にいるのは不愉快かもしれないし、体裁が悪いかもしれない。

 失敗した。こんな風に声をかけてはいけなかった。

 ラウルは中央神殿のものなので、簡単に傷つけたりはできないはずだけど。


 恐る恐る視線を向けるとジグルドの灰色の目と目が合う。

 ジグルドは少し目を細めてから、表情の読めない声で言った。


「………私は枢機卿と話をしてくる。戻ってくるから、この辺りにいろ」

「あ、はい」


 頭を下げたままのラウルとアルマを残して、ジグルドはすたすたと回廊の奥に消えた。


 えっ?

 ラウルと、話してても良いってこと? そういうことだよね? それとも試されてる?


 混乱するアルマの横で、ラウルが大きく息を吐いた。


「お前、辺境伯が一緒にいるなら声をかけるんじゃない。殺す気か。……茶番だったこと、話したのか」

「話さないよ!」

「じゃあ、全く相手にされてないのか」

「ジグルドは、ああ見えて優しいのよ。わたしが祈祷師としての仕事だけしたいのを、尊重してくれるの。友達になったのよ」

「……………へぇ。まぁ、あんな美丈夫がお前なんか相手にするわけないな」

「失礼ね! 今日は、オシャレしたら可愛いって言われましたー!」


 こんなドレスを着ていてもちゃんとアルマを見てくれるラウルの、失礼な物言いが嬉しい。

 へにょりと笑うアルマの目元にラウルが親指で触れた。


「………大丈夫なんだな?」

「うん。親切にしてもらってる。

 これは、昨日師匠のお墓参りで泣いちゃったの」


 殆ど分からないようにしてもらったのに、ラウルはこういうことにいつも目敏い。


「そうか。墓参りに連れてきてもらったのか」

「ううん。王宮と中央神殿に結婚の挨拶に来たんだよ。わたしの仕事はそれだけだから、あとは自由にさせてもらってるの」


 ラッキーだった、と笑うアルマに、ラウルは眉根を寄せる。


「アルマ。おそらくお前が来る必要はなかった」


 目を瞬くアルマに、ラウルは続ける。


「普通の政略結婚と違って、お前はただの商品だ。挨拶なら辺境伯ひとりでことは足りたと思う。

 連れてきてくれたんじゃないのか」

「えっ?」


 そんなことある?


 だって、アルマを連れてきたせいで、ウィンターハーンの祈祷は半月も休むのに。影響の少ない時期と言っても、ゼロじゃないのに。


 でもそう言えば、ジグルドは初め、アルマの挨拶は必須のものではないと言った。この話が出たのは、師匠の訃報のすぐ後だった。墓参りに行っても良いと何度か言われたのを、断った後。結婚してもう四ヶ月も経つのに今頃、と不思議に思った。


「………えっ…………」


 アルマを師匠のお墓に連れてくるために?


 アルマの挨拶はどうでも良かった?

 どうでもいいことのために祈祷を休んだってこと?

 優しくしてくれようとしたのは嬉しい。

 挨拶のために一ヶ月頑張ってたのは何だったの。

 お墓参りができてありがたかった。

 何で誰も教えてくれなかったの。

 こんな高価なドレスも要らなかったんじゃ?

 ラウルと会えたのはとても嬉しい。

 美容だって、必要なかった。

 国王や教皇に挨拶だなんて大仕事だと思って張り切っていた自分が滑稽で悲しい。

 やっと、ひとつ、領主夫人のお仕事がこなせたんだと思ったのに。


 色んな感情がぐちゃぐちゃと絡んで、目に涙が溜まる。

 ラウルが不愉快そうに眉を寄せた。


「泣くな。鬱陶しい。

 黙って裏で動かれるのは、お前が相談するに値しないからだ。精進するしかない」

「…………うん」


 アルマは墓参りよりも祈祷が優先だと判断した。そう、説明したつもりだった。

 それを優しさで潰されたのは、きっと、アルマが泣いたからだ。


 ………墓参りができて、ラウルに会えて、嬉しかった。

 今回のことは、それで良かったことにしよう。



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