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誰のためだと思ってるの


 アルデンティア貴族たちの社交は春から夏にかけてがピークだ。スケジュールの調整と準備が終わり、アルマたちが王都に来たのは本格的に夏が始まろうという時期だった。

 アルマは日々の特訓で貴族らしい所作ができるようになってはきたが、駆け引きや隠語の多い社交場での会話はまだ難しい。アルマが自信のなさから辞退を申し出たので、国王と教皇への挨拶以外はジグルドは今までどおりヴァレンティナを同伴することになった。


 ジグルド、アルマ、ヴァレンティナ、そして護衛騎士のマークとヤコブ。そのほか何人かの従者と騎士と軍士。大所帯だと思ったが、大きな領の領主の移動にしては小規模な方らしい。片道五日、滞在一週間。半月以上領を空けるので、アルマもいつもより念入りに祈祷をした。


 今回の滞在中にジグルドは親戚と一緒に色んな人に会いに行くらしい。アルマの予定はジグルドと共に王城と中央神殿に挨拶に行くだけだ。あとは自由にしていいらしいので、天気の良い日に北の墓所へ行きたいと伝えてあった。


 ヴァレンティナを乗せた馬車と途中で別れて、ウィンターハーンのタウンハウスに到着する。

 王都に住んでいたとはいえ中央神殿とカイヤ師匠の家しか知らないアルマは、都会的で洒落た豪邸に感嘆の息を漏らす。隣国へ行っているラースの代わりに、その妻のフレイヤに迎えられ、湯浴みで旅の汚れと疲れをとる。

 ウィンターハーンから事前に連絡があったのだろう、アルマの食事は別メニューが部屋に運ばれてきた。


 部屋で食後のお茶を頂いていると、ジグルドとマークが顔を出した。

 マークがジグルドを小突きながら部屋に押し込み、アルマに手を振って扉の向こうに消える。取り残されたジグルドは所在なさげに部屋を見渡してから、アルマの向かいに座った。


「明日は、何をする予定だ」

「明日? 墓所に行こうと思ってるけど」

「………そうか」


 会話が終了する。


 え? なんだろ。どこか挨拶に連れて行きたいところが増えたのかな。


「別にそれは、明日じゃなくてもいいわ」


 そう言うとジグルドは会話を再開した。


「中央通りにウィンターハーンの貴金属商会が店を構えているので視察に行く。ついでにあなたの指輪の意匠を選んでこようと思う。良かったら、一緒に、どうだろう。ウィンターハーンの特産の蒼玉は色んな色がある。好みのものを探すといい。他の石が良ければここにいる間に原石商を呼んでもいい。それとは別に、とりあえずサイズの合うものを」

「えぇ? 要らないわよ。もらう理由がないわ」

「……妻なのは、理由にならないのか」

「そんなの、名前だけのことじゃない」


「………だが、王都にはあなたと懇意にしていた男たちがいるだろう。既婚者だと、示しておかないと」


 ぽかんと口を開けたアルマにジグルドは言い訳のように続ける。


「交友関係に口を出すつもりはない。ただ、ウィンターハーンに帰る女だと示しておかないと、求婚などされては揉め事の元だ」


 きゅうこん? ……求婚!?


「―――やっだぁ!」


 うっかり大声が出てしまう。


「わたしに求婚する男なんかいないわよ!」

「あなたはウィンターハーンの祈祷師だ。娯楽が少なくて王都の人間には退屈な土地かもしれないが、ウィンターハーンに連れて帰る」


 ジグルドの苦い声にアルマは申し訳なくなる。


 世間は女の浮気に厳しい。浮気した当人の評判が地に落ちるのは勿論、浮気された夫も侮られる。アルマのせいでジグルドは婚約者に浮気された男になってしまった。結婚した今アルマがまた浮気すれば、更にジグルドの名前を貶めるだろう。

 それを許すから祈祷だけはと言うジグルドが、最早不憫だった。


「ジグルド、無理に信じろとは言わないけど、男遊びなんてしないわ。今はウィンターハーンが落ち着くまで、責任もって祈祷したいと思ってるわ」

「落ち着く、まで……」


 黙ってしまったジグルドにお茶を淹れる。ジグルドの手はティーカップに伸ばされることなく握られたままだ。


「………あなたを、迎える前に、素行調査をした」

「あ、うん」


 そうだろうなとは思っていた。

 なのに千人斬りのアルマを嫁にしたので、何のための調査なんだと思っていた。


「金遣いも男癖も気立も悪いと言う者が多かったが、その殆どが実際にはあなたを知らない人間だった」


 それはそうだろう。

 アルマには中央神殿の外に知り合いは殆どいない。師匠のお見舞いに外出する度に、街や店の主婦の井戸端会議に潜入して頑張って吹聴したのだ。美貌の魔王がやっと手に入れた祈祷師がハズレだったというネタはウケが良く、あっという間に王都に広まった。


「具体的な話がなく、結局よく分からないままだった」


 まぁ、はい。

 実際に荒い金遣いをする資金も、男遊びをするツテも余裕もありませんでしたので。


「だが、―――ラウル・ハーガーとの話は、裏が取れている。

 あなたが王都へ帰りたがるのは、彼のためか」


 うえっ!?


「中央神殿から他の祈祷師を得て、本当に領が落ち着いて―――その時にまだあなたが帰りたいと言うなら、検討する。だが、今はだめだ。ラウル・ハーガーには、待てないなら諦めろと言っておけ」

「ラ、ラウルは友達よ!」

「あなたは、夫である私のことも友達だと言う」

「ラウルは大事な人よ。ラウルのためにわたしに出来ることがあるなら何でもする。でもそれは、ジグルドの言ってるようなのじゃなくて―――」


 アルマは恋をしたことがない。

 アルマはラウルのためなら死んでも後悔はない。だがラウルの子を産むとか考えるだけでなんかめちゃくちゃ気持ち悪い。恋とは違うと思う。


 恋って、あれだろう。

 その男に貢いだり、その男の周りの女を刺したり、浮気されて手首切ったりするやつだ。見たことはある。ろくなもんじゃないという感想しかないのは、きっとアルマが未熟だからだ。

 師匠は生涯中央神殿に所属するために独身を貫いたが、外の男と恋をして子どもを産んでいる。師匠があんなにウキウキと語るのだから、きっと素敵なものなのだ。


「ラウルに恋してるとかじゃ、絶対ないわ!」


「では何故、王都に来ると決まってから急に粧し込み始めた。ラウル・ハーガーに見せるためなのではないのか」


 …………は?


 はぁぁ!?


 おまっ、お前ー! お前が恥かかないために頑張ってたのに何言うんだお前ー!!


「ジグルドのために頑張ってるのよバカたれ!!」


 心の叫びがそのまま口から出てしまう。


 ジグルドが長い睫毛に縁取られた目をぱちぱちと瞬いた。


 辺境伯相手にバカたれはまずかったか。

 知るか。わたしの努力に謝れ。


「……………………私の、ため?」

「ちょっとでも見栄えがよくなれば、ジグルドが恥をかかなくてすむと思ったのよ!」

「あ、ああ、そういう」


 ジグルドが指で口元を擦る。流石に自分の失礼さに気付いたのか、少し目元が朱い。くそっ、可愛い。イケメンはズルい。


「―――指輪なんかなくても、余計な心配よ! わたしは、挨拶が終わったらちゃんとウィンターハーンに戻って祈祷をします! 用件がそれだけなら、出てって。明日はやっぱり墓所に行くわ」

「何を怒っている」

「何を怒ってるかも分からないことに怒ってるのよ!」

「アルマ、能力の不足に対して怒ることは建設的ではない。現状が不十分なのであれば具体的な改善点を」


「うっさい!!」



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