妻の仕事
泥パックを落としながら美容に挑戦するようになった経緯をジグルドに話す。
「ヴァレンティナは、また私に隠れてあなたに絡んでいるのか。やめるように言っておく」
「え? 別に構わないわ」
ヴァレンティナは美人で凛々しくて所作が美しい、素敵な女性だ。話をしていて教わることも多い。夫の娼婦というのは多少引っかかるけども、それだって、いなくなったら困るのはアルマの方だ。
ジグルドは一応、アルマの前ではいちゃつかないようにしてくれている。その気遣いだけで十分だ。
「………女は、ヴァレンティナのような職業の女を、不愉快に思うのではないのか」
「あー、まあ、一般に褒められた職業ではないのでしょうけど。相手が複数か単数かというだけで、殆どの女は似たようなものでしょう。
わたしだって結納品につられて嫁いできたんだし、人を非難するような立場じゃないです」
ジグルドの言う通り、商売女を蛇蝎の如く嫌っている女もいる。アルマにとっては、商売女は生活の糧のために働いているだけで、買う男の方が余程気持ちが悪い。
アルマにはたまたま祈祷という能力があったが、殆どの女にとって身体は一番大きな財産だ。どう使おうが各々の判断だと思うし、何を対価とするかも本人の自由だ。それを合意なく奪う輩は万死に値する。
「相手が複数か単数かは、……だいぶ違うだろう」
「どうなんですかね。わたしから見れば似たようなものです。良い人だったらいいけど、たったひとりがクズだったら目も当てられない。世の中には番った相手に無条件に情が湧く女もいるけど、わたしはそうじゃないですし」
女は稼ぎのある男と結婚しないと人生の難易度が跳ね上がる。女の幸せは結婚だと言われるのは、それが一番ありがちな生活保障だからだ。
親の決めた相手と結婚する場合は、縁談なのか売買なのかよく分からない結婚も多い。それでも殆どの女は親の決めた相手に嫁ぐ。明日からもご飯を食べていくために。それは良くてあれはダメだという理由が、アルマにはよく分からない。
最近王都では独り身の女でも住み込みで働ける場所が増えた。同じ仕事をしても男より収入が下がるし、嫌がらせもあるけれども、お金さえあれば女ひとりで家を借りることもできる。王都は素晴らしいと思うことのひとつだ。
アルマは子どもを作る気もなく、男に股を開いて食べさせてもらうくらいなら残飯を漁る方がましだと思っている。――だから、見知らぬ男に嫁ぐと決めた時は、それこそ、祈祷師としての誇り以外の全てを売り渡したつもりだった。
「………それは、私に嫁ぐことは、仕事として身体を許すだけだという意味か」
ジグルドの言葉にアルマは驚いて目を見開いた。
確かにウィンターハーンに来る前はそういう覚悟だったけれど。
「わたし、祈祷師としてここにいるつもりなんだけど……ジグルドは、今のわたしじゃ不満なの?」
「そんなことは望んでいない」
「じゃあ、もしかしてわたしを抱きたいの?」
ジグルドが返答に詰まる。
まじか。祈祷を真面目にやってるだけでは駄目だったか。普段ヴァレンティナに相手をしてもらってるくせに? 女に不自由してないって言ってたのに?
美食ばかりでは胃もたれするというあれかしら。いや、娼館に行ってるんだから、味変したいなら別の子を買えばいいじゃない。
………いや。
アルマは、金品に釣られて嫁いできたのだ。
閨は妻の仕事のひとつだ。
「ジグルドは夫だから、やらせろと言われればしょうがないけど――好きでもないのにそういうことするなら、もう友達は無理だから、残念だわ」
「……そういうものか」
「わたしは無理。別に拒まないし、好きにすればいいわ。心配しなくても祈祷はちゃんとやります」
どうしても声が冷たくなっていくアルマに、ジグルドは言いづらそうに告白した。
「……………私は――いずれは、子を、作りたいと、思っている」
ああ、そういうこと。
アルマは少し安心して息をつく。
最近はそこそこ仲良くなったつもりだったのに、性処理に使われるのかと思ってしまった。そういう理由なら仕方ない。
ジグルドはクリスと徐々に打ち解けてきたが、自分の子が欲しいと思うのは当然だろう。外で作った子は家族として城に迎えることはできない。
「………だが、あなたが不愉快なら強いるつもりはない」
「別に不愉快じゃないわ。わたしもジグルドの子どもはいた方がいいと思う。すぐ欲しいの?」
好きでもない女と結婚するしかなかったことは、ジグルドの咎ではない。ジグルドにだって子を持つ幸せを追求する権利はある。クリスにも、王都の実の弟妹だけじゃなくて、こちらに領主の子同士支え合う相手もいた方が良い。
すぐ欲しいならアルマが産むしかない。
三年、待てないのだろうか。
自分で選んだ女に産ませた方がジグルドも子どもも幸せになれると思う。
アルマがそんなことを考えていると、ジグルドが珍しく驚いた顔で目を瞬く。
「……いた方が、いいと思うか」
「ええ。ジグルドの子なら、きっと可愛いわ」
「………そうか」
強張っていた秀麗な顔が僅かに緩んだように見えた。
「あなたも、いた方がいいと思っているなら、急がない。時期を待つ」
「そう。良かった」
……うん?
今、なにか噛み合ってなくなかった?
ふたりめの妻を迎えた貴族の話はたまに聞く。第一夫人が家を出たり、屋敷の空気が悪くなったり、第一夫人が第二夫人の子を虐げたり、あまりいい話がない。そういう心配をしているのだろうか。
「わたし、わりと子どもは好きな方よ?」
「分かった。精進する」
ジグルドは良く分からない相槌をうって、長い指で顎を撫でた。
「……………三点か……」
まだ言ってる。
曲がりなりにも気を遣ってくれようとした相手に三点は厳しすぎたか。





