ときめきフェスティバル、開幕
夕食前、浴場の脱衣室で矢鱈と痛いマッサージを受けた。ウィンターハーンに来たばかりの頃に、ジグルドの寝室に放り込まれた時にされたマッサージだ。あの時は碌に説明がなかったのでイジメかと思ったが、腰が細くなったり脚が細くなったりするらしい。
アルマは痛みには強い方なのに、結構痛い。
ところどころで濁音だらけの呻き声をあげていると、ノックもなしにジグルドが扉を開けた。
「今の潰された家畜のような悲鳴はなんだ」
夫の面目のために美容マッサージを受けている妻になんてこと言うんだ、この男は。
いや、怒ってはだめだ。ジグルドはいつもアルマのいる部屋にはノックしてから入ってくる。唐突に扉を開けられたということは、悲鳴が聞こえて心配させたのだ。
三人のメイドが慌ててアルマから手を放し、ジグルドの前に跪く。
「閣下。奥様の、美容のためのものでございます」
バスローブ一枚というあられもない格好で長椅子に横たわって泥パックをしているのがアルマだと気付いて、ジグルドが眉を顰めた。
「呪術に頼ってまで美容に拘る必要などない」
「呪術ちゃうわ」
思ったことがそのまま口から出てしまう癖を直したい。
「泥パックよ。ヴァレンティナが、肌が綺麗になるっておすすめしてくれたの」
ふと見ると脱衣所の大鏡に自分の姿が映り込んでいる。泥の中に顔のパーツが浮き出ている様は、なるほど、呪術に見えなくもない。
「美女にはなれないけど、少しでもマシになったら良いと、思って……」
ジグルドの視線に、だんだん声が小さくなる。
人前でこの美貌の隣に立つのだと思うと気が遠くなった。
「……あんまり見ないで」
恥ずかしくて顔が熱くなる。
付け焼き刃でどう頑張ったって、ジグルドの隣に相応しい女になれるわけではない。
しゅんとなるアルマを見て、ジグルドが眉間に皺を寄せる。
「ちょっと待て。分かっている」
「なにが?」
「夫たる私がなにか、フォローすべきところだろう」
おお。ブリキの唐変木が進化している。
ジグルドはアルマをじっと見て、長い指で顎を摩りながら推論を展開した。
「あなたは容姿がイモであることを気にしていたはずだ」
そうだね。
そういう考察は黙ってやれ。
今度、女は自分で言ったことでも人に言われると怒る勝手な生き物だということも教えてあげるよ。
跪いて床を見ているメイドの肩が小刻みに震えている。
吹き出さなかっただけ偉いと褒めるべきだろう。
眉間に皺を寄せて考えていた美貌の辺境伯が、アルマに向き直って力強く宣う。
「アルマ。美容の結果がイモだろうが、気にすることはない」
「三点」
「………何点満点の」
「百点満点中三点よ!!」
喧嘩売ってんのか。
買うぞこのやろう。
アルマがファイティングポーズをとるためにのそりと立ち上がると、扉をノックする音が聞こえて、ふたつめの綺麗な顔がひょっこりと現れた。
「アルマ、いる?
馬場の途中の道で、綺麗なお花を見つけたの。アルマにも見せたくて持ってきたよ!」
乗馬服を着たクリスが白い大きな花をつけた枝を一振り抱えて入ってきた。ジグルドに気付いて礼をしてからアルマの方に駆け寄ってくる。
アルマの顔の泥パックを見て、ベビーブルーの目を丸くした。
「わぁ、びっくりした。それ、なあに?」
「お肌が、つやつやになるパックよ……少しでもましにならないかと思って……」
ぱちぱちと長い睫毛が瞬く。
愛くるしい顔に清楚な白い花があまりにも似合う。
おかしいな。わたしと同じ人類という生き物のはずなんだけどな。いや、天使だったか。
居た堪れない。
こんな天然のきれいどころふたりに囲まれて、十人並みの女が何をやっているのかと虚しくなる。
花を抱えた天使は不思議そうに首を傾いだ。
「アルマは、いつも可愛いよ?」
「うそだぁ! 自分で分かってるわよ! 頑張ったってどうせイモだし、誰に聞いたって十人並みって言うわ」
「アルマが誰に聞いたのか知らないけど、僕にとってはアルマは特別に可愛い女の人だよ」
「こらクリス! やめなさい! ときめきフェスティバルが始まるでしょ!! 好き!」
「奥様! 泥パックが落ちます!」
メイドに引き止められてかろうじて頬擦りを我慢する。
大人の意地で興奮を抑え、お説教のポーズをとる。
「クリス………そういうのは、お嫁さんになる人に言う台詞よ? 誰にでも言っちゃだめ」
「誰にでもなんて言わないよ。じゃあ、お嫁さんになる人ができるまでは、アルマにだけ言うことにするね」
「嬉しくて腰が砕ける………だめよクリス、わたしは人妻なの……」
「だめなの? でも、アルマが可愛いと思うのは、僕の気持ちだもの。変えられることじゃないよ?」
首を傾げながら甘えた声を出すクリスにアルマは完全降伏した。
………いやもうこれ、しょうがなくない?
勝てるわけなくない?
次の授業のために着替えるのだと立ち去るクリスの後ろ姿を、花枝を抱きしめながら見送る。
あれが百点満点だと教えるアルマに、ジグルドは「私は三点なのにか」と納得のいかない顔で腕を組んだ。





