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護衛騎士マーク


「はじめまして、アルマ様! マークと申します!」


 部屋でひとりで昼食を済ませた後、ノックが聞こえて廊下へ出ると、矢鱈と元気の良い騎士が立っていた。

 つられて元気よく挨拶を返すとマークは嬉しそうにニカッと笑った。


 マークは護衛も兼ねたジグルドの側近だそうだ。今回は本人の希望でアルマの護衛として残されていた。


「いやぁ、だって、どんな方が来るのか気になって。………どうしてメイドの格好をしてるんですか?」

「他に着るものがないので」

「……………?」


 マークはいい笑顔のまま、些細な疑問は黙殺することにしたようだった。


 纏う雰囲気が軽い。

 昨日のジグルドの重さとあまりにも釣り合わない。

 良い人そうに見えるが、ただの良い人が暴虐の魔王の側近になれるものだろうか。この何も考えていなさそうな笑顔の下では深謀遠慮しているのかもしれない。

 ふと見ると、マークがじいっとこちらを見ている。


「なんですか?」

「いえ。色んな噂があったので、怖〜いお姉さんに閣下が泣かされたらどうしようかなって心配してたんですよ。なんか、話しやすそうな可愛い人で良かったです」

「可愛い?」


 よし、マークはただの良い奴だ。


「アルマ様、外に興味あるんですよね?

 今日は外出は駄目ですけど、物見台から領都が見渡せるんで、行きませんか? お出かけ計画立てましょう。寒いのでコートを持ってきてください」

「ありがとう。計画立てられるの、助かります」


 あれ?

 わたし、外に行きたいってマークには言っていない。


 ―――報連相が徹底されている。

 アルマはまだ警戒対象なのだろう。

 あれ? じゃあメイド服のこと、なんで聞かれた?


 まあいい。今のところ悪いことをする予定はないので。


 部屋からコートを持ってくると、マークが当たり前のように手を差し出して預かってくれる。こういうエスコートに慣れていないので居心地が悪い。

 アルマに気を遣ってか、マークは明るい声でのべつ幕なしに話しかけてくる。


「王都からこんな辺鄙なところへ来てしまって退屈でしょう。旦那はあの唐変木だし」

「とうへんぼく」

「そう思いません?」

「どうですかね。五分しかお会いしてないので」

「えっ、五分………?

 すみません、女性の扱いに慣れてない男で……ほら、王都の社交界では怖がられるか追いかけられるかだし。

 アルマ様は社交界に出る前に神殿に入られたからご存知ないですかね?」

「色々噂は聞いてますよ。領民の首を落とすのが趣味だとか、それを並べて酒のつまみにしているとか」

「……そんな狂人ではないです」

「咽び泣くご両親を追放したとか」

「それは、はい、まあ……。中央神殿に頭を下げに行くのに、けじめが必要だったんですよ。今はおふたりは王都で、レイフ様のお母様と平民としてお過ごしです。

 イングリッド様までついていってしまったので、イゾルデ様は大変そうですね。イングリッド様はレイフ様が関わると途端にポンコツになっちゃうんで、ジグルドも予想はしてたと思いますが」


 レイフとイングリッド。確か、ジグルドの父母の名前だ。生きていた。


「閣下を呼び捨てにする仲なんですね」

「あっ……すみません、職務中はしません」

「そういう人、多いんですか?」

「いやぁ……閣下を呼び捨てにする人間は、閣下の近くの、ほんとに一部です。

 エリックとベンジャミンも昔からお仕えしてるんで許されてますけど、あいつら頭カッタイんで」


 朝から次々に新しい登場人物が出てくる。

 新しい環境に来たのだと実感する。覚えないといけないことが多くて、助けてもらえる当てがなくて、少し気が遠くなった。


 頑張らなければ。

 悪妻だろうが良妻だろうが、祈祷には全力であらねばならない。領内の移動ひとつにしても、城の中で最低限の人間関係は構築しないと始まらない。


「閣下が小さい頃から一緒なんですね」

「はい。子どもの頃から一緒に授業やら訓練やら受けてて……イングリッド様の方針で、先生がアホほど厳しい人たちでね。閣下の弟君のラース様と五人で、泣きながら予習復習してました」

「泣きながら」

「閣下以外は泣いてましたね。

 あー、そういや、クリストファー様の教育で戻ってるんですよね。お会いになりました? 吊り目メガネのトンプソン女史とか、髭に埋もれたウーリク先生とか」

「いえ」

「俺、出来の悪い生徒だったんで顔合わせにくいんですよねー。

 俺らは施政で閣下を補助するために教育されてたんですが、俺は武術の方しかついていけなくて、成人してから護衛騎士にジョブチェンジです」

「今、城にいる人で、地理とか植生とか魔獣の状況に詳しい人いますか? 話を聞きたいんですが」

「………何のために?」

 

 笑顔のままのマークの目に警戒の色が滲む。


「祈祷の計画を立てるためです。

 だめなら、地道に手当たり次第でも、できなくはないです」


 アルデンティア王国では、中央神殿の立場は強い。

 祈祷の計画を立てるにあたって領の現状を余さず報告させるからだ。それを嫌がる領は祈祷を諦めるか、大金を積んで計画外の祈祷師を派遣してもらうか、若い祈祷師を誰かの妻として迎え入れる。

 だが嫁入りした祈祷師は、神殿内の仲間たちと切磋琢磨している祈祷師たちに比べて技術が伸び悩むのが一般的だし、領主たちと祈祷の計画を立てるのは神官たちの仕事なので、ひとりで嫁いでいった祈祷師は計画性のない祈祷しかできないのが一般的だ。そして、当然のことながら祈祷師が土地に合わなくても交換はできない。

 効率だけを考えれば神殿から派遣してもらった方がお得で無難だ。


 中央神殿はその天にも届くプライドに触らなければ、無体な要求もせず、国の安定のため公正と言っていい計画を立てている。中央神殿の立てた派遣計画に賛同して情報を提供する場合の領の負担は軽い。

 そうして、中央神殿には聖職者たちの満足できる程度の金と、各領の情報という権力が流れ込んでくる。

 幸い、今のところ中央神殿は腐敗というほどの状況にはなく、この仕組みは上手く回っていた。


 指で顎を摩りながらマークは言葉を濁す。


「……外に行きたいって、観光じゃなくてお仕事でしたか……ちょっと、俺の一存では答えられないので、閣下に通しておきますね」

「ありがとうございます」


 頭ごなしに間諜容疑をかけなかったことに礼を言うと、マークはまたニカッと笑った。


 アルマは、祈祷は優先順位に応じて計画を立てるものだと認識している。アルマは神官たちの仕事を下請けして小銭を稼いでいたので、簡単な計画は立てられる。ウィンターハーン領に着いたら、とりあえず領都の神殿で祈祷しながら、祈祷の計画を立てなければと思っていた。


 神殿にも行けない。

 計画に必要な情報も得られない。


 領主の妻の座を対価にしてまで手に入れた祈祷師に仕事をさせない理由はなんだろう。

 さっきのメイドは、ジグルドには城に迎えた恋人がいると言っていた。もしかして、今更結婚を後悔しているのだろうか。


「あの、わたしが城にいると、閣下の恋人の方は不愉快なんじゃないですか?」

「恋人? 閣下に恋人なんていませんよ」

「そうなんですか? 領都で、閣下が美人の恋人に会いに来てるって噂があるって」

「えっ………誰がそんな―――違います! あの、ヴァレンティナは閣下の、えー、なんというか、恋人とかそういうアレじゃなくて、その、ほら、」


 誰だよ。


 恋人はマリールイーズじゃないのか。

 ふたりめ?


 『女を囲っている』につけている◯を◎に変更しておく。


「別に、子どもに手を出したりしてなければ構いません」

「えぇ!?」


 マークがますます慌てた様子になる。


「………出してるんですか?」

「いやいやいや!? それはないです、ジグルドはそういうの大嫌いなんで」

「そうですか。じゃあ恋人くらい何人いても全然大丈夫です」


 子どもに手を出す男は地獄に堕ちるべきと師匠が言っていた。アルマは借りは返す主義なので、その前にジグルドが地獄へ堕ちてしまうのは少々残念だ。


 アルマが安心した顔を見せると、マークはなんとも嘆かわしい顔でがっくりと肩を落とした。


「うわぁ、良い笑顔………アルマ様、もう少し、なんというか…………いえ、そうですね、今はそんなものかもしれませんね……。俺たちも、閣下が良い旦那だと思っていただけるよう、家臣一同おもてなしに努めますね……」



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