お金の使い途
座り込んだままのふたりに巡回中の衛兵が駆け寄ってくるので、手近な部屋に入ることにした。
ソファに座り直してぐすぐすと鼻を啜るアルマを、ジグルドは窓際で壁に凭れて眺めている。
「落ち着いたか」
「うん。忙しいのに、付き合ってくれてありがとう。時間大丈夫?」
「今日は急ぎの仕事はない。押した分は、エリックにやらせる。
あなたの不満を確認してから行く。私が元気だと、都合が悪いのか。その手の込んだ髪で誰に会うつもりだ」
「えっ」
「平民の女好みの男でも見つけたのか」
えぇえ………何その言い方ぁ……。
淡々と言うので、怒っているのか何なのかもよく分からない。
「不満なんかないわ。これは、ヴァレンティナがやってくれたの。領主夫人の予算を何に使おうか考え中で、ちょっと相談に乗ってもらったのよ。
エリックは好きに使えばいいとしか言わないし……ジグルドは、予算の使い方に何か考えある?」
ジグルドは表情を変えないまま答える。
「普通は侍女かメイドを雇うものだと思う」
「侍女かメイド」
それは全く選択肢になかった。
「この城の使用人は私のものだ。あなただけの、プライベートな使用人がいないだろう。お祖母様もご自身の予算でローラたちを雇っている」
「雇わないと、部屋の掃除してくれてるメイドはいなくなっちゃう?」
「城を整えるためのメイドは城で雇う。あなたが相談したり私的な会話をしたりする相手だ。
城の使用人は、必要と判断すればあなたの様子は全て私やエリックたちに報告するから、話しにくいこともあるだろう」
「えっ? そうなの?」
「知らなかったのか? ………当たり前のことだから、誰も説明しなかったかもしれない」
誰かと喋ってたことがジグルドには筒抜けだったということか。話していないことを把握しているのでなんとなく予想はしていた。大丈夫だ、ジグルドの悪口を言った覚えは……マークとちょっと言ってたかもしれない。ブリキとか。ブリキとか。
「うーん、まぁ、今のところ要らないかな……そっか、高級使用人を、複数人雇える予算なのか。多いはずね。ジグルドは何に使ってるのか、参考に聞いても良い?」
「私には限られた予算というものはない。私的に使った金ということなら、今年は代替わりで慌しかったので、あなたへの結納品以外は母上の支援していた者を多少引き継いだくらいだ。
あとはマリーの費用だな。お祖母様が城のメイドも使わせるなと怒るので全部出した。あなたのものもマリーのものも、ヴァレンティナが無駄に高価なものを作らせるので費用が嵩んだ」
「ヴァレンティナに選ばせてたの!?」
恋人に贈る服を!? 馴染みの娼婦に!?
クソだ!!
形だけとはいえ妻に恋愛相談するのもどうかと思ったが、お気に入りの娼婦に選ばせた服を恋人に着せるとは。貴族の恋愛観、訳が分からなすぎる。
アルマの叫びにジグルドが身を引く。
「………おかしいか」
「平民的にはナシよ! そういうのは自分で選んで!」
「私にそんな時間はない」
「ハイ、平民女心検定落第点!」
「今の会話と女心に何の関連が」
「そんなこと言ってると、平民の女は『この人将来結婚しても家族のために時間作ったりしないのね』って思うのよ!」
「だがヴァレンティナの方が妥当な品を選ぶ」
「…………それは、たぶん、そう……」
マリールイーズが西棟で着ていたドレスはとても似合っていた。アルマとて、あの金糸の髪をクワガタが飾るのは見たくない。
「まぁ、その、なんていうかつまり、手間と時間を惜しんじゃだめってことよ。特にマリールイーズは今ひとりで寂しい思いをしてるんだから、会う時間がないなら贈り物くらい、なんかある度にするくらいじゃなきゃだめ」
「そんなものか。ではマリーには何か考えておく。……何か……」
ぐっと眉間の皺を深くするジグルド。美形の顰めっ面は怖い。
こんな魔王面で年下の想い人のプレゼントを悩んでいるのだと思うと、微笑ましいはずなのに全然心が浮き立たない。
きっとアルマはマリールイーズが羨ましいのだ。アルマには、こんな風にプレゼントに悩んでくれる人はいないから。
「そういえばあなたはエリックに、身嗜みのための費用は要らないと言ったらしいな」
「だって、わたしに社交させる予定はないでしょ?」
「おそらく挨拶くらいはしてもらうこともある。ドレスや宝飾は必要だ」
「えぇ…そっか……」
「過度に華美である必要はないが、ある程度は必要なことだ。嫌なら、私が出す。……王城に行けるものとなると、予算を確認する必要がある。少し時間をくれ」
「違うわ、予算を使うのが嫌なんじゃなくて、少ししか着ない高い服が勿体無くて嫌なの。庶民の感覚ね。ごめんなさい。必要なことなら、貰った予算からドレスを買うわ」
そうは言ってもアルマには、どこの挨拶にどういったドレスが必要かも分からない。誰かに相談して選んでもらわなければ。
お金の使い道を考えるだけなのに、ずっと考えているのに、考えないといけないことが寧ろ増えていってるのは気のせいだろうか。
「色々考えても、結局、知識が足りなくて先に進まないのよね。
ねぇ、防衛のために軍人さんいっぱいいるけど、訓練だけしてる時期があるじゃない? 労働力として安く借りられたりする?」
「しない。軍は領のためのことなら無料で貸すし、領のためにならないならいくら積んでも貸せない」
「そっかぁ……」
「何をさせたいんだ」
「道をね、作るのどうかと思ったんだけど」
「どこに」
「大森林に。レガシア王国って、今、大森林を迂回してコシェリ王国を通らないと行けないじゃない?
この間ミスティグの高台で祈祷した時に気付いたんだけど、ミスティグから大森林の奥に向かって霊流の反流ができてるの。あの辺、だから魔獣が少ないんだわ。あれに添えばレガシアに行く魔獣の少ない道が作れるかと思って。
でも道を作るって、凄くお金かかるのよね?」
ミスティグの高台から見下ろした大森林。北の大きな澱みの淵を南下する流れと、南東の大きな澱みの淵を北上する流れがぶつかって、東への強い流れが出来ていた。重い澱みの中なので魔獣は出るだろうが、護衛などで対応できる範囲だと思う。
道って、作るのにいくらくらいかかるんだろう。以前神官の下請けで祈祷計画を清書していた時に道を補修させた記録があった。補修だけでもかなりの金額だった。
溜め息をついてから顔をあげると、ジグルドが険しい顔をしていた。
「―――それは、誰かに話したか」
「え? えっと、………今ジグルドに初めて言ったかな」
「そうか。ちょっと来い」
そう言って乱暴にアルマの腕を掴んだジグルドは、早足でウーリクの資料室へアルマを引きずっていった。





