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ヴァレンティナのお仕事


 翌日、アルマは朝からウーリクを訪ねるべく東棟の階段を登っていた。領主夫人の予算の使い道が決まらず、とりあえず領に詳しい人たちに色々と意見を聞いてみることにしたのだ。

 ウーリクには南棟に客室が用意されているが、資料などが詰め込まれている東棟の一角に住み着いてしまっている。


 廊下を曲がろうとしたアルマを、衛兵が慌てた様子で止めた。


「あの、奥様! 今は、こちらは取り込み中でして」

「そうなの? ウーリク先生はいない?」

「ウーリク様のことは分かりませんが、こちらは今は取り込み中でして!」


 アルマの視界を遮るように衛兵が立ちはだかる。その声が聞こえたのか、奥の扉が開いて黒髪の女性が顔を出した。


「あらぁ、アルマじゃない」


 ヴァレンティナだ。

 長い髪を耳にかけながらこちらへ歩いてくる。衛兵は困った顔でふたりの顔を交互に見てから、諦めたように廊下の端に下がった。


「お久しぶりね」

「ヴァレンティナさん。お久しぶりです」

「やぁだ、他人行儀。ヴァレンティナでいいのよ」


 ヴァレンティナがアルマの頬に挨拶のキスをすると、ふわりと良い匂いがアルマを包んだ。


 女性らしい薔薇の香水の中に仄かに香る、柔らかいムスクとサンダルウッドの―――ジグルドの香り。


 そうか。ヴァレンティナがお仕事中だったか。朝っぱらからお元気なことだ。ジグルドは多忙なので、仕事の合間を縫って会おうとするとこういうことになるのかもしれない。


 わざわざアルマに挨拶に出てきたということはお仕事は終わったのだろう。丁度良い、とアルマは自分の用件を切り出すことにした。


「あの、ヴァレンティナに聞きたいことがあるんですけど、いくらあればわたしとお話してくれますか?」

「あら、なあに? 私の授業料は高いわよ?」

「はい。おいくらですか。あまり高いと難しいです」

「……冗談よ。そうねぇ、着飾らせてくれるなら時間とってあげる」


「きか? ざ?」


「私、女の子を可愛く飾るのが好きなの。あなたにもたくさんドレスとかアクセサリーとか選んであげたのに、全部売っちゃうんだもの」


 婚約期間に貰ったドレスは腰の紐である程度サイズが調整できるものだ。アクセサリーもアルマに似合うかはさておき素人目にも美しく、日傘やショールなども癖のない上品なデザインだった。どれもこれも転売に大変都合が良かった。

 今日もヴァレンティナは露出は少なめだが身体の線が強調される色っぽいドレスを着ている。アルマに贈られたものとは系統が違う。女の子を飾るのが好きというのは本当なのだろう。


 アルマの髪の手入れをする間なら質問に答えてくれると言うので部屋に招待すると、ヴァレンティナは装飾品がひとつもないことに嘆いていた。ジグルドから貰う度に売っぱらっているのかと問われたので、ウィンターハーンに来てからは何も貰っていないと答えると、美しい顔が一瞬般若になった。

 怖い。ヴァレンティナを怒らせるのはやめておこう。


「それで? 私に聞きたいことって?」


 アルマの栗色の髪を梳き、メイドに持って来させたオイルを馴染ませるヴァレンティナと鏡越しに目が合う。


「えっと、今、領主夫人の予算で何をするか考えてて。独り身の女性が働く場所を探す手伝いができないかなって思ったの」


 ヴァレンティナがきょとんとする。美しい人のきょとん顔はギャップも相俟ってとても可愛い。


「………そんな話?」

「え?」

「つまんなぁい。いくら積めばジグルドから手を引くのかとか、そういう展開を予想してたのに」

「…………別に、そんなこと、望んでないわ」


 だって、ジグルドはマリールイーズが好きなのだ。ヴァレンティナがいるから、男の身体を慰めるだけの仕事を、アルマはやらずに済んでいる。


「ヴァレンティナのところには、女性がたくさんいるでしょ? 別の仕事をしたくても、娼婦だったって言うだけでなかなか雇ってもらえなくて、困ってる人がいるんじゃないかなって……そういう人を支援するのって、現実的じゃないかしら?」


 丁寧に栗色の髪を梳いていた手櫛が止まる。アルマは慌てて言い訳をした。


「あの、ごめんなさい。貴女たちの仕事を見下してるわけじゃないわ。ただ、どうしてもつらい人もいるんじゃないかと思って」


 本人が平気ならそれで良いと思う。アルマだってどうしても必要なら割り切るけれど。


「他でも働けるのに、機会がなかっただけの人も、いるでしょう……?」


 アルマの声音に何を感じたのか、ヴァレンティナの声が落ち着いたトーンに変わる。


「あのね。娼館の殆どの女の子は、どうしてもお金が要るか、質素な暮らしをするくらいならこの仕事をしたいかなの。身体を売ることに抵抗がない子も、他に自分の価値が見出せない子も、何も分からない歳の頃からヤらされて当たり前になってる子もいる。

 今より稼げる仕事でないと、彼女たちが仕事を変える理由にならないのよ。

 うちにいる子は、稼ぐ子は並の男よりも稼ぐ。そんな仕事、他にないでしょ?」

「……そう………」


 それはそうだ。仕事を斡旋しても、それで十分な金額が稼げないなら意味がない。


「んー…、でもそうね……例えばうちは働いている期間は住み込みなのね。暴力を振るわれず、屋根のある所でご飯が食べれる生活をしてるうちに、頭が冷えて『どうしてもお金が要る理由』が無くなる子はいるわね」

「お金が必要な理由が、無くなることなんてあるの?」

「あるわ。健康な暮らしをしてると、自分を売ってる夫やら父親やらを、捨ててもいいって気付く子もいるの。気付かれずに遠くへ連れて行けるなら、悪くないんじゃないかしら」

「そういう子を逃して、ヴァレンティナには、危険はない?」

「私を誰だと思ってるの。ジグルドの唯一の女よ。ウィンターハーンで怖い相手なんていないわ」

「えっ、わたしは」

「アルマは、抱かせてあげてないじゃない」


 アルマは目をまんまるに見開く。


「そんなこと話してるの!?」


 さいてい!!


 毛を逆立てたアルマに、ヴァレンティナが吹き出す。


「そんなの、見れば分かるわよ。流石にその勘違いは、ジグルドが可哀想」


 見れば分かるのか。

 えっ、なんか、それも嫌。

 夫婦なのにあからさまに営みがないっていうのも、どうなんだろ。ジグルドの評判を落としたりしないかしら。


 ひとしきり笑い終えたヴァレンティナは手櫛を再開する。


「娼館の女ばかりの話じゃなくて、そういう窓口があること自体はいいんじゃない?

 私も、『普通の女』と同じ苦労をする気もないのに文句を言うだけの甘ったれちゃんに、現実を見せてあげるのは面白いと思うわ。『機会があったって、アンタには他に出来る仕事なんてない』ってね」

「……そういう、意地悪なこと、あんまりしないで……」


 ヴァレンティナの白魚のような指が器用にアルマの髪を編み込んでいく。

 これだけ綺麗で上品でお金があれば、他にも生きていく方法はいくらでもあるだろうに、高級娼婦と呼ばれる人たちはなぜ身体を売り続けるのだろう。


「あの……失礼な質問だから答えなくても良いんだけど、ヴァレンティナは、この仕事、嫌じゃないの?」

「失礼だと分かってて聞くの?」

「……ごめんなさい。……全然、つらそうに見えないから」


 ヴァレンティナはほんの一瞬、断固とした意思をその目に宿す。


「嫌じゃないわ」


 アルマと目が合ってにっこりと笑った時には、いつもの妖艶な笑みを湛えていた。


「ふふ。だって、一生懸命な男って可愛いじゃない」


 それは、完全に嘘ではなさそうだったが、本当のことのようにも聞こえなかった。



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