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プレゼンテッドバイ アルマ&エリック


 最後に治癒院を訪れて、本日の外出は終了した。あまり立て続けに人と会うことに慣れないアルマは城へ帰る馬車に揺られながらぐったりとしていた。

 向かいに座るエリックは、ぱっと見アルマよりも体力なんてなさそうなのに、朝と同じ様子でけろりとしている。


「参考になりましたか。因みに今年のアルマ様の予算は二千万シディルです。ご入用の際は閣下か僕かアンダースに仰ってください」


 二千万。何が出来る金額なのか見当もつかない。アルマが王都でたまの贅沢に通っていた食堂が一食百二十シディルだ。


「それ全部、わたしの好きに使っていいの?」

「良いですよ。何か不都合があればお止めしますので、事前にご相談いただけると助かります。イングリッド様と同じように孤児院に差し入れなさいますか?」


 イングリッドは孤児院の子どもたちに珍しい菓子や子供用の服を差し入れしていたらしい。


「孤児院の子どもたちは……それは、お菓子も食べられればいいと思うし、綺麗な服も着られたらいいと思う。可哀想な子どもたちに、痛くも痒くもないお金で施しをするのはきっと気分がいいわ。わたしの稼いだお金だったらそれでもいいけど……」


 とっておきの日のために普段はしまってあると見せてくれた服は、街中で見かける子どもたちのものより余程上等なものだった。


「もっと多くの、しっかり働いている人たちや、その人たちの子どもだって、十分な食事がない人もいる。働いている人たちの納めた税金で孤児院の方が豊かになるのは、おかしくないかしら」


 頑張って働いているのに、目の前で自分よりも弱いはずの人たちが恵まれているのは、頑張っている人たちを傷つけるのではないだろうか。頑張っている人が努力を無駄なことだと思うようになるのは悲しい。

 エリックは考え込むアルマを見て面白そうに笑った。


「僕は、孤児院は悪くなかったと思ってますね」

「そうなの?」

「アルマ様。ああいうのは、見えるところだけで良いんですよ。見えるところだけ慈悲深くしておけば、平民は喜ぶ。善良な彼らは基本的に『気の毒だけど自分が身銭を切るほどではない相手』が救われるところを見て喜ぶ傾向があります。

 そして、領を支えているのは、多くのそういった人々です。『好感の持てる領主一家』というのは大事なことです」

「……なる、ほど?」

「ちょっと賢い平民は偽善を見抜きますけど、少なくとも身内だけで宴会してるより印象良いですよ。若しくはこれは領主一家からの、下々の者を忘れてませんよっていうただのメッセージだと受け取ります。

 貴族相手でも平民相手でも、なにかを為すなら相手がどう受けとめるのかを想定しましょう」

「でも手厚くできるのは一部の孤児院だけでしょう。孤児全員が孤児院に入れるわけでもない。そんなの、施策として意味ある?」

「そもそも、意味のある施策をするための予算ではありません。真面目な施策は領の予算でやってます。その殆どは百人に一人も伝わらない。普通の平民は生活に忙しいのです。

 最近の孤児院関係の新しい施策は、ミルタの孤児院の改修と、領内各商会長に孤児院出身者を受け入れてくれるよう掛け合ったこと。孤児院のキャパの問題で没になった施策は虐待児童の受け入れです。担当者は割と頑張ってましたが、それを評価する領民の声は聞こえません。皆、そんなこと知らないので」


 アルマもウィンターハーンに来て二ヶ月が経つが、そんなことは聞いたこともなかった。

 今日の孤児院訪問は急に決まったことだ。イングリッドが予算で何をしていたのか、孤児院関係の施策がどうなっているのか、寧ろエリックの頭に初めから入っていたということにアルマは驚く。


「まあつまり、イングリッド様のやっていたのは孤児の救済というよりは領主家のプロモーションです。アルマ様は、アルマ様のやりたいことをおやりになればよろしいですよ」


「わたし、何も分かってないのね……」


 エリックは難しいことは何も言っていない。

 少し考えれば分かるはずのことばかりだ。


「そのプロモーションは、今は誰がやってるの?」

「今は、お優しい方面のプロモーションはできてませんねぇ。閣下は怖いしイゾルデ様はお堅いしラース様は遠いので。クリストファー様がもう少し成長されればクリストファー様がなさると思います」


 アルマがするという話にならないのは、アルマの評判が悪いからか、それとも身内として期待されていないからか。


「…………あの、利用するみたいになっちゃうから本人の意見をちゃんと聞いてほしいんだけど、マリールイーズはどう?」


 アルマの提案にエリックが首を傾げる。


「マリールイーズ? またマリールイーズですか? アルマ様、どうしてそんなに彼女を気にするんです?」

「どうしてって……わたしが追い出したようなものだし……」

「そうでした? そうかなぁ? で、マリールイーズがどうしたんです」

「その、プロモーション。ジグルドが大事にしてる女の子が、自分のために貰ったお金で、身を寄せてる孤児院のために頑張ってるの、良くない?」


 アルマが城から追い出したせいで、マリールイーズは一流の教育の機会を失ってしまった。城で着ていたようなドレスは孤児院で着ることはないだろう。食事もご馳走から素食に変わったと思う。ジグルドも頻繁に足を運んでいるようには見えない。マリールイーズは、それは当たり前のことだと言っていた。


 あのふたりは、このままでは疎遠になってしまう―――アルマが彼女を追い出したせいで。


 領主一家のプロモーションに巻き込めばマリールイーズはジグルドを近く感じられる。ジグルドのためならきっと頑張ってくれるし、それを見ればイゾルデの心も溶けるかもしれない。数年後ジグルドの妻として迎えられる時に、皆から歓迎されるかもしれない。

 個人的な友人にお金を使ってはいけないと思っていたが、プロモーション費用としてなら、ドレスじゃないにしても可愛い服とか用意してあげられる。ひとりでは気まずいかもしれない美味しいものも、子どもたちと一緒になら食べられるだろう。


「プロモーションなんだったら、顔が良いの、絶対大事よ。マリールイーズみたいな可愛い子が子どもに優しくしてたら、わたしだったら超応援する。あの麗しい容姿で、小さい命のために身を粉にして働く―――そんな姿が広まったら、寄付とか集まっちゃうかもよ? そこであの妖精のような微笑みで『ありがとう。わたしが子どもたちを助けられるのは、閣下もそれをお望みだからよ』とか言ってくれたらもう、ジグルドの株爆上がりじゃん!? だってマリールイーズ可愛いんだもの! 服はねぇ、わたしのメイド服みたいなのがいいわ。可愛いし動きやすいし、お仕着せだから可愛くても働く人の服で、平民には身近だもの。こういうのは距離感大事よね。はっ!? たくさん寄付してくれた人にはマリールイーズの手刺繍のハンカチプレゼントとかどう!? わたしが男なら小遣い注ぎ込むわ! 子どもたちのためみたいな顔して! たまにさぁ、他の地域の孤児院に巡行したりして、全領内に金ヅ……ファンを! 作るの! メイド服も、アクセサリーもオリジナルにして女の子の好きそうな感じを狙うのよ。人気がでたら、頑張れば庶民が買えるパチも……セカンドラインを作れば女の子たちの気を引きたい男どもにこれまた爆売れしたりして!」


 捲し立てるアルマに、エリックが細い目を見開く。


「天才か」

「でしょ!?

 でもやっぱりだめね、そんなキモいことにマリールイーズを巻き込んだら危ないわ」


「一部採用。閣下に通しておきます。

 それは閣下の費用から出しますので、アルマ様の予算の使い道は別に考えてください」

「えっ? なんで?」

「そのネタ、アルマ様関係ないじゃないですか」

「ええ!? 発案者なのに?」

「うまくいけばアイデア料はお支払いしますよ」


 脳内で算盤を弾いているらしきエリックはニッコニコだ。分かる。皮算用って楽しいよね。エリックは何を考えているか分からないことが多いが、こういうところは馬が合う。


「セカンドラインというのは良いですね。鉱山が閉鎖されてから仕事が減って、職人の腕をどう保つか考えているところだったんです。ウィンターハーンの職人に安い石を使わせたくなかったのですが、明確に区分するならアリかもしれません。

 マリールイーズを身内として扱えるというのも、きっと閣下がお喜びになります」

「…………そう、よね」


 エリックの言葉で僅かに生じた独占欲のような感情の揺れを、アルマは気付かないふりで握り潰した。




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