マリールイーズの孤児院
午後からはイングリッドが頻繁に慰問していた孤児院を見学する。
そこには現在マリールイーズが滞在している。
ジグルドはアルマの我儘をきいてすぐにマリールイーズを城から出した。てっきり、領都に持っているお屋敷でメイドと護衛に守られて裕福な暮らしをさせてあげるのだと思っていた。
ジグルドは毎日城で謁見やら会議やらしている。全くマリールイーズに会いに行く素振りを見せないのでせっついてみると、気になるなら自分が慰問ついでに行ってくれば良いとけんもほろろだった。彼氏としての心構えが全くなっちゃいない。忙しいのは見ていれば分かるけども。
エリックに言わせれば、孤児院の院長は信頼の置ける人であり、たびたびイングリッドが慰問していた関係で軍の警備も手厚く、マリールイーズを保護するには適切な場所なのだそうだ。それでも若い女の子が、一度経験したご馳走とドレスのあるお城から庶民の暮らしに戻るのは辛いことだろう。せめて彼氏が会いにきてくれないと。
恋人が来ないのに、その妻のアルマが来るのもどうかと思ったが、ジグルドの恋人ならこれからも付き合いがある。孤児院まで来て顔も見ずに帰ったと後から知られるよりは、挨拶だけでもした方がいい。
穏やかな院長との面会を済ませて、アルマは裏庭を覗く。何人かの女の子たちが洗濯桶の周りに屈んでいる。
「マリールイーズ。いるかしら」
声をかけると、さらりと金糸の髪を揺らして美しい少女が立ちあがった。淡い紫色の目がアルマを見つける。
「アルマ様。お久しぶりです。
ご挨拶できないままだったから残念だなって思ってたの!」
マリールイーズは足取り軽く駆け寄ってきて、妖精のような笑顔を見せた。好意しか感じられないその態度がアルマの罪悪感を煽る。
「お久しぶり、マリールイーズ。―――ごめんなさい。あの、マリールイーズを外に出してって、わたしが言い出したの。何か、不自由してることはない?」
「アルマ様が?」
「ごめんなさい。ジグルドは貴女のこと大事に思ってるわ。ほんとは手元に置きたいのに、私が、………えっと、マリールイーズみたいな可愛い子と比べられるの、嫌だって言ったの! 妻として! ジグルドは、わたしが祈祷しなくなると困るから、仕方なかったの!」
あの時はそれが最善であるような気がしていた。今更ながら、このお節介が良かったのか、アルマには判断できない。マリールイーズを追い出すより、イゾルデとマリールイーズの仲を取り持つことはできなかったか。
ジグルドは、イゾルデが何度言っても聞かなかったことをアルマの一言で翻した。エリックは、有力者を黙らせるのにアルマの我儘が便利だと言っていた。ウィンターハーンでは、祈祷師の我儘はそれほどの力があるのだ。
アルマに出来ることなどないが、マリールイーズが何か不便をしているようならジグルドに伝えないと。
そんなことを考えているアルマに、マリールイーズはきょとんとした顔をした。目を瞬く様子が信じられないくらい可愛い。
「どうして謝るの? アルマ様が言ってくれたなら、ありがとうしかないわ。
私、ジグの同情でお城に迎えてもらったけど、どうしたら良いかずっと分からなかった。それまではお母さんが働いて、私は家のこと頑張ってた。お城では出来ることがなくて、でもお城を出てもひとりで暮らしていく自信もなくて……
今回アンダースさんが沢山お話を聞いてくれて、私、贅沢をさせてもらえるよりも、働く場所が欲しかったんだって気付いたの。同情で養ってもらってるより、今、ずっと幸せよ。
しかも、今までつらい思いをしてきた子どもたちのお世話ができるの。こんな嬉しいことってない」
輝くばかりの笑顔。
アルマは一瞬呼吸の仕方を忘れた。
圧倒的光属性……!!
ま、まぶしい。
同じように美しいのに、なんでジグルドはあんな闇の住人みたいなオーラなんだろ。
「困ってないなら、良かったわ……」
「私を心配して会いにきてくれたんですか? 嬉しい。全然呼んでもらえないから、やっぱり不愉快だったのかなって心配してたの」
「不愉快なんかじゃないわ。貴女も会いに来ないし、会っても気まずいかなって思って控えてたの」
「ええ? だって、理由もないのに私からお目通りなんて願えないわ!」
「おめどおり」
なんてこった。
領主夫人ってそんな立場なのか。
用件もなくアルマに会いに来てくれるのがクリスだけなのは、ほんのり嫌われているせいかと思っていた。
いらん気を遣って、こんなカワイコチャンとお茶する機会を逃していたとは。
ていうか、初めから少し違和感はあったけど……マリールイーズ、ジグルドに恋しているように見えない。
もしかして近所の憧れのお兄ちゃんポジなのでは。
お城に迎えられたの、単なる親切だと思ってないか? 単なる親切で城に迎えて、教師やらドレスやら与えたりしないんだよ……?
「アルマ様。ジグを、よろしくね」
「よろしくって……わたしにジグルドにしてあげられることなんてないわ。
あの、マリールイーズ。離れてても、ジグルドはきっと貴女のこと大切にしてくれる。心配しないで」
「ふふ。アルマ様は心配性ね。私は大丈夫。
もしジグが私のこと忘れたって、会えなくたって、ジグがいてくれるだけで私はひとりじゃないって思える。だから、大丈夫なの」
「こんな可愛い子、忘れたりしないわよ!」
「アルマ様。ジグは、領主様だもの。私のことばかり考えてるわけにはいかないの。
きっと、助けてって言えばまた助けてくれるだろうけど、そんな関係になりたいわけじゃない。
だから、本当にありがたいのよ。最初はジグの力で雇ってもらったとしても、私、頑張って働いて、孤児院にはマリーがいなきゃってなってみせるわ」
そう言って力瘤を作ってみせるマリールイーズは、城の中でドレスを着ていた時よりもずっと魅力的だった。
ジグルド。
女心が全く分かってないくせに、女を見る目は確かね。





