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エリックとの視察


「ぶはひゃははははは!!」


 初夏の緑が薫る馬車道を領主邸の馬車が走る。アルマの向かいの席ではエリックがお腹を抱えて身を捩っている。


「クワガタ! クワガタですか!! ひー、流石閣下! 妻への贈り物にクワガ……げほッごほえふげふん」


 気管に唾液が入り込んだのだろう、悶え苦しむエリックをアルマは白い目で見守る。


 領都グゼナの流行り風邪が落ち着き、ウィンターハーン城の人手不足も解消してきた。

 今日は祈祷は休みだ。祈祷師にも休みが要る。

 残念ながらクリスは今日は一日予定があるらしい。何をしようかと考えていたら、エリックが外出に付き合ってくれることになった。領主夫人の予算を何に使うか決めあぐねていると答えたアルマに、イングリッドが何に使っていたのかを見せてくれると言う。従者の格好に着替えて領主家の馬車に揺られている。遠方には行けないので領都の範囲内だが、使用例が見られるのはありがたい。


「……げほ……ゲホッ、げほ、……はー、流石僕たちの閣下。推せる」

「ジグルドの名誉のために言っておくけど、わたしが、ジグルドが今まで貰ったものの中で嬉しかったものって言ったのよ。流石に、わたしがクワガタを喜ぶとは思ってないわ………たぶん……おそらく………」


 きっと。そうだといいなぁ。


 本当の贈り物ではなく、試験的に準備してもらったものだったので、クワガタはそのままクリスに横流しした。ベビーブルーの可愛い目がキラキラと輝いていた。

 なんで男の子って、虫とか蛙とか好きなのかしら。


「クリスのわくわくした顔が可愛かったわ。

 子どもの頃のジグルドもあんな顔で贈り物を喜んでたのかなって………思ってから、全然想像できなくて笑った」

「子どもの頃の閣下は、いつも通りの素っ気ない顔で受け取ってみえましたよ」


 アルマが驚いて顔を向けると、エリックは糸目を更に細めてにこりと笑った。


「閣下にクワガタを贈ったのは、僕たちです。

 閣下が五つの頃、閣下のお父君と祈祷師様の関係がバレてイングリッド様は当てつけのように閣下に厳しくし始めました。それから閣下には自由な時間が殆どない。閣下が十歳の時だったかな、ヘルムート様が見かねて実地訓練と称して野外キャンプを企画してくれました。

 それがね、出発前に、またお父君の浮気が発覚して―――しかもその女性に子どもを産ませていて、イングリッド様を宥めるために、閣下だけお留守番になっちゃったんですよね。

 それで、僕たちがお土産に」

「………ジグルドのお父ちゃん、脳みそと下半身が直結しすぎじゃない? お爺ちゃんは怒らなかったの?」

「いやぁ〜、お部屋で猟銃をぶっ放すくらいには御立腹でしたよ。でもイングリッド様が一緒に泣いて赦しを請うので。先代は先代で、ちょっとバカ親でいらっしゃいましたからねぇ」


 エリックの発言も大概である。

 以前アンダースに、マークやエリックは不敬罪に問われないのかと聞いたところ、ジグルドにとって側近たちは特別であるし、そもそもジグルドは領に実害のないものには寛容なのだそうだ。


 並木道を進む馬車の窓から新緑を眺めて、エリックはくすくすと笑っている。


「そうですか。閣下はあれが、今までで一番嬉しかったんですね。それは是非、ラース様たちに教えてあげないと」



 午前中はイングリッドの支援していた宝飾加工の技術者組合の組合長と話をして、画家のアトリエとレース工場を見学した。これらの支援の一部は予算ごとジグルドの管轄に移したそうだ。


 全ての行程で、従者が露払いをし、エリックはさも抜き打ち視察のような顔をしていた。アルマも従者の振りをして黙って後ろに付いていく。

 何の準備もしていなかったはずなのに、エリックは当たり前のような顔で金庫や倉庫を開けさせたりする。一生懸命対応する組合長に、後ろにいるアルマの方が恐縮してしまった。


 絵画は残念ながら、凄く上手、ということしか分からなかった。

 だが今まで興味がなかった宝石やレースは、職人たちの工程を見せてもらうと、俄然とても素晴らしいものに感じた。

 今まで、綺麗だなとは思っても自分とは縁のないものだと思っていたし、見ているだけでお腹も膨れないあれらに、何故そこまでの価値がつくのか分からなかった。

 指輪の台座の細やかな装飾に、職人がどんなに神経を尖らせているか。原石のカットの角度ひとつ判断するために、どれだけの経験を積むのか。伝統的な装飾を継承しつつ、王都や帝国の最先端のデザインを取り入れる努力。膨大な量の均等な網目を紡いでいくレース職人の訓練と忍耐。

 そういったものが完成品から滲み出ている気がする。

 エリックはきっと、領主夫人なのに美しいものに興味のないアルマに、そういうことを教えようと―――


「いえ? 宝石類はきりがないので、ご興味ないままでいていただいた方が助かります」


「……………そうなの」


 違った。


「アルマ様、人の努力に重きを置きがちですよね」

「そ、そんなことないわ。領主夫人だもの。結果が伴わなきゃ努力なんか意味がないって、分かってるわ」

「そうなんですか。僕は努力はそれ自体が尊いと思いますがね」


 あれっ?


「そんなことより、黙ってついているという約束でご案内してるのに、勝手に動きましたね」

「………ごめんなさい」


 レース工場で中年の下女がエリックを睨んで小声で呟いた。自分たちから搾取して領主に尻尾を振るだけの犬が、とかそんなような。

 顔を真っ青にして女を鞭打つ工場長を、つい止めに入ってしまった。


「そんな格好なんで、領主夫人とは思われてないでしょうから、良いですけど」

「……だって、血が出るほど打たなくても……エリックは、平民に悪口言われたらそんなに腹がたつ?」

「そうじゃないです。ただの平民が僕を面と向かって誹謗するなら、死ぬ覚悟くらいしてるだろうということですよ」

「同じじゃない?」

「同じ?」

「?」

「?」


 不思議そうな顔をするアルマを、エリックが不思議そうな顔で見る。ジグルドとは別の意味で意思疎通が難しい。

 首を傾げていたエリックが、ああ、と思い至ったように口元を歪めた。


「僕が平民だからかなぁ? というか、人間だから?

 アルマ様、アルマ様には難しいことかもしれませんけど、城の人間と外の人間は区別してください。どうしても無理なら僕は、今後アルマ様の外出を制限するよう閣下に提言します」

「えっ!? えっ、なんで」

「……うーん……分からない人に説明してもなぁ……」


 領主夫人のくせに、と言われた気がして、アルマは恥ずかしくなって身を縮めた。

 理解が追いつかないが、マークと初めて外出した時を思い出す。領主家の馬車を止めた女にお弁当をあげた時にマークが見せた苦笑いと、同じもののように感じた。


 難しいことが分からなくっても、そんなの、しょうがないじゃないか。

 こちとらほぼ平民の凡人なんだぞ。


 目元を朱くするアルマに気付いているのかいないのか、エリックは変わらぬ様子で座っている。


「アルマ様、そうやって誰でも彼でも寄り添うの、健康に良くないのでやめた方が良いですよ」


 耳を疑うようなことを言う。

 

「閣下もねぇ、ちょっとそういうとこあるんですよね。以前、健康に良くないと思って色々試そうとしたら、めちゃくちゃ怒られました」


 色々? 色々とは? なんだか聞いてはいけない気がする。


「……エリック……は、ジグルドのこと、大事、よね……?」

「当たり前じゃないですか」


 ……うん。じゃあ、もうそれで良いや……。



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