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感謝の握手


 翌日の午前中をアルマは寝て過ごした。


 昨日はいつも通りの神殿の祈祷のあとに西棟で祈祷したので疲れがとれない。

 中央神殿にいた頃は自分の体調を申告していれば神官たちが負担の少ない勤務表を作ってくれた。ウィンターハーンに来てからは、いつどこで祈祷するのか、全て自分で決めて自分でこなさねばならない。祈祷だけしていた頃より、かなり疲れる。

 こんなことではイゾルデの手伝いをすることは難しい。ローラのマナー講座もなかなか卒業できない。クリスの授業だって、ほんとは自分のためにも受けておきたい。


(領主夫人らしいことが、ほんとのほんとに何もできない……)


 いや、期待されてもいないと分かっているけども。


 枕に顔を埋めていると扉がノックされる。慌てて寝台から起き上がって扉を開けるとジグルドが大きな花束を抱えていた。


「祈祷のしすぎで寝込んでいると聞いた」

「寝込んではいないわ」

「こんな時間にガウンを着ている」

「これは、まだ時間があるからごろごろしてただけ」

「ごろごろ?」


 ジグルドが首を傾げる。辺境伯閣下の辞書には、「ごろごろする」という単語は無かったようだ。


「どういう意味だ。床を転がっていたのか? 休養に相応しくないことは控えろ」


 そんなわけないだろ。

 わたしをどんな人間だと思っているのだ。


「寝台などで寝転んで無為に過ごすことをごろごろすると言うの。何か用だった?」

「………ヘルムートを見舞ってくれた礼を言いにきた。あとは、あなたが庭園の薔薇を気に入っていたと、アンダースが言っていたから」


 そう言って花束をアルマに押し付ける。ぶっきらぼうではあるが、嫌悪感のようなものは感じない。

 マリールイーズを追い出したアルマのことは、もう怒っていないのだろうか。


 視界を覆うほどの薄桃色の薔薇が香る。少し気分が軽くなって、アルマは昨日の騎士のことが心にのしかかっていたのだと気付いた。


「……きれい。ありがとう、嬉しい」

「あまり無理をするな。祈祷に支障が出ては困る」


 単なる事実なんだろうけど、後半が余計ですよ閣下。


 廊下にいたメイドを呼んで花束を寝台横の花瓶に飾ってもらう。ついでにハーブティーをお願いする。

 ソファで脚を組んだジグルドが優雅にハーブティーのカップを口に運ぶ。


「あなたは無理をして寝込むことが多いように思う。自己管理ができないなら補佐をつける」

「自分管理くらいできるわ。潰れないように気をつけてるし、寝込む時はそれも折り込んで予定を立ててるわ」

「寝込まないように管理しろ」

「それは無理よ。交代要員がいないもの」

「常にコンディションを良好に保つのが自己管理だろう。食事の量も時間も安定していないと聞いている。改善できないなら、今後は大食堂で一緒に食べてもらう」


 嫌そうな顔を隠せなかったアルマに、ジグルドは睫毛の長い目を細める。


「……嫌なら、善処しろ。あなたがここにいるのは、私たちにとっては得難いことだと自覚してほしい」


 カップをソーサーに戻してジグルドは続ける。


「中央神殿は外からの根回しが難しい。父上の件で謝罪を受け入れられるまでには時間がかかると思っていたし、受け入れられたとして簡単には派遣計画を変更しないと覚悟していた。

 次の派遣計画は五年後からという。こんなに早くあなたを得られたのは幸運だったとしか言いようがない」

「そんな、大袈裟な」

「あなたがウィンターハーンの土地に合っていたのも運が良かった」

「それはそうね」

「そうだ。あなたの仕事に不満があるわけではないが、次の計画に我が領を組み込んでもらえるよう、中央神殿には折を見て打診し続けるつもりだ」


「えっ?」


 アルマの驚いた顔を見てジグルドは一瞬言い淀む。


「………欲が過ぎるか? 私は、一日でも早くウィンターハーンを取り戻したい」

「え? や、あの、次の計画にはウィンターハーンは入るはずです。わたし、結婚に承諾する条件に、枢機卿に一筆書いてもらいましたもん」


 アルマを見つめる灰色の目が大きく開く。

 時間が止まったかのように、ジグルドは瞬きもせず固まってしまった。


 えっ、何かそんなにビックリするようなこと言った?


 アルマが目の前の美形はもしかして彫刻だったかしらと錯覚し始めた頃、ようやく形の良い唇が動いた。


「………なんの、ために」


「ええ? だって、わたしがウィンターハーンと合わなかったら困るでしょ?」

「…………」


 ジグルドが徐に立ち上がり、アルマの隣に座った。ふわりとサンダルウッドの香りが届く。膝に置いていたアルマの手にひと回り大きな手が重ねられ、エスコートするように掬われる。そのまま持ち上げられて、優しく両手で握り込まれた。

 乾いた暖かい手に包まれた両手から、脳天に電流が走る。


「―――ふゎっ!?」


 一瞬で耳まで赤くなったアルマは奪い返すように手を引いた。


「なっ、な、なに!?」

「……何か違ったか。感謝は握手で表するのではないのか」


 かんしゃ!? かんしゃの!? あくしゅ!?

 ジゴロのコマシテクじゃなくて!?


 ふぇぇ〜〜、なんなの、なんなのこれ、なんかゾワっときたァ!


「………嫌なのか」

「嫌じゃないわよ!」


 疑わしそうなジグルドの顔。

 アルマは握られた感触を消去するために手を摩りながらしどろもどろで弁明する。


「相性が良くて、ジグルドとかクリスと手を繋ぐの、ほっとするわ。触ってるとわたしも整うし、嫌とかじゃないの! でも、ジグルドみたいな超絶イケメンに急に触られたらびっくりするのよ。顔が! 顔が良すぎて!」


 ジグルドは少し呆れた顔をした。


「………この顔が、そんなに良いか」

「良いわよ。見てるだけでアガる。その顔が嫌いな人なんているの?」


「……私は、好きではない」


 ぽつりと、ジグルドは呟きを落とした。

 アルマは摩っていた手を止めてジグルドを見たが、視線を落としたジグルドとは目は合わなかった。



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