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妻として!



 午後、久しぶりの神殿の祈祷から戻ったアルマは、洗濯籠を運ぶメイドにそれとなく探りを入れてみた。特にマリールイーズが城を出るような話は聞けなかった。

 イゾルデはジグルドに相談できなかったのだろうか。

 何度言っても聞かないと言っていた。そういう頼み事を改めてするのは力の要ることだ。


 ちゃんと話せば、少なくともジグルドは話は聞いてくれる。きっと今まで聞いてくれなかったのはイゾルデの繊細な感傷が分かっていないからだ。だってあのジグルドだぞ。

 お節介とは思いつつも、アルマはジグルドに談判に来た。お節介なので、イゾルデの名前を出すわけにはいかない。考えた末、アルマは完璧な理屈を思いついたのだ。


 自室のすぐ隣のジグルドの部屋の扉に立つ。すぅと息を吸って深呼吸し、扉をノックする。

 許可を得て入室するとデスクに座るジグルドと側に立つ執事のアンダースがいた。


「ジグルド。マリールイーズのことなんだけど」

「なんだ」


 冷徹な響きがアルマの心臓を凍らせる。


 まずい。

 機嫌が悪い?

 上機嫌なことなどないので断定は難しいが、いつもより冷たい気がする。


 怖気付きながらもアルマは残虐の魔王を真っ直ぐに見る。


「あの、やっぱりマリールイーズは城から出してほしい。城に住んでるのは嫌だわ。………つ、妻として! そういう配慮してもらえてもいいと思う!」


「………妻として?」


 ジグルドは頬杖をついたままアルマに胡乱な目を向けた。照明の光を弾く灰色の目が更に温度を失う。


 ―――こ、怖…っ。

 せっかく、少し仲良くなれたのに……。


 ごくりと唾を飲み込んで、半ば勢いで続ける。


「あの、会うなとか、そういうことじゃなくて、城の外に住まわせてもらえない? ―――そう、わたし、つい虐めちゃうかもしれないじゃない? あんな可愛い子だと、不安? になって」


 準備してきた台詞を吃ってしまう。


「ど、どうせ、忙しくてあまり会えてないんだし……マリールイーズだって、ずっと一人でジグルドを待ってるだけなんて、寂しいかもしれないし……そう、ほら、よくジグルドの行く領都の通りとかに住んでもらったらいいじゃない!」


 プラチナブロンドの睫毛に縁取られた氷のような目が細められる。

 完璧な理屈だったはずなのに、あっさりと自信が萎んでくる。


「…………だめ、かしら」


 蛇に睨まれた蛙のようにアルマは身を小さくした。

 少しの沈黙の後、困ったような声でアンダースが割り込む。


「閣下」

「分かっている」


 ジグルドは溜め息をついて視線を逸らせた。


「分かった。マリーは城から出す。………お祖母様にも、私から言う」


 ぱっと顔をあげたアルマに視線を戻して、ジグルドは眉間に皺を寄せた。


 いけない。せっかく頼み事を聞いてくれたのに。マリールイーズを追い出して喜んだ顔をしてはますます怒らせてしまう。


「あっ、でも、できれば一人暮らしじゃなくて、誰かと一緒に。女の子の一人暮らしは危ないわ」

「分かっている」

「可愛いんだから、若い男ばっかりのところもだめよ?」

「分かっている」

「領主と特別な関係だって知れたら、悪い人が寄ってくるわ。安全には配慮してあげてね」

「分かっている」

「でもある程度の自由はあげてね。食べるものに困らなくたって、自由がないのはつらいわ」


「……そんなにマリーが心配か」


 なのに妻の立場を振り翳して追い出すのかと言外に責められて、アルマは肩を竦めた。


 ありがとうと、言うべきか。

 ありがとうで、合っているだろうか。


 俯いてしまった頭をあげられないまま言葉を探していると、ジグルドは再びアルマから視線を外して手元の紙を捲り始めた。


「用件はそれだけか」

「…………それだけです」


 床をみつめながら、アルマはなんとか言葉を返した。



 しょんぼりと自室に戻ったアルマに、アンダースが紅茶を淹れてくれた。

 アルマはアンダースの頭上に『美味しい紅茶の淹れ方』というテロップを入れてそれを眺める。


「流行り風邪は、落ち着きそう?」

「そうですね。軽症だった者たちは仕事に復帰しております。西棟の広間に重症の者を集めておりますので、奥様はくれぐれもお近付きになりませんよう」

「どうして? 手が足りないなら、午前中なら看病手伝うわ」

「滅相もないことです。今朝のようなことも、今後はお控えください。お気持ちは有り難く思いますが、奥様に病がうつっては大変です」

「風邪でしょ? わたし、たぶんうつらないわ」


 アンダースがきょとんとした顔でアルマを見つめた。


「知らない? 祈祷師って、あんまり病気に罹らないの。病気に、ていうか、寝てれば治るタイプの病気には罹らないの」


 詳しいことは分からない。師匠のように、罹れば誰もがいずれ死ぬような病気には罹ってしまう。それでも、常人よりは進行が遅い。傷の治りも早い。己の霊脈を常に修復しているからではないかと言われている。


「奥様。もしや、巷で言われる、祈祷師様は病を癒せるというのは本当なのですか」

「それは嘘。でも、えっとね、土地と同じように、生き物にも霊脈があるの。病気や怪我をして弱ると霊脈が乱れる。乱れすぎると霊気がうまく流れなくなって死んでしまう。霊脈を整えたり、崩れないように維持したりはできるわ。

 霊気を無理矢理流すこともできなくはないけど、滅多にやらない。きりがないし、動物の霊気を直接動かすのは凄く疲れるから」


 土地への祈祷は容易いが、相手が大きいので一度や二度の祈祷では川に石を投げ込む程度の効果しかない。生き物への祈祷は双方に負担がかかり、下手をするとその場で死んでしまう。

 実のところ、アルマが祈祷師として見つけられたのは、花屋にいたアルマを手籠にしようとした商家の息子を壊したからだった。人買いに買われるまでの間でその男が死んだという話は聞かなかったが、その後回復したのかは知らない。


「あの、奥様。閣下の了承を得られればのお話ですが、―――」


 アンダースが躊躇いがちに口を開いた。



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