イゾルデの傷
「あの、そしたら、今からでもジグルドに優しくしてあげればいいんじゃないでしょうか。マリールイーズのことを認めてあげるわけにはいきませんか?」
「いやよ!!」
イゾルデの目がキッとアルマを睨む。暫く眉を吊り上げていたが、アルマが静かに見返していると、悲しげに顔を歪めた。
「―――分かっているのよ。
マリールイーズに罪はない。私はあの子の生まれを疎んでいるだけ。………頭では分かっているの。ゴーツの血を引く以上、理由なく害される可能性もある。きっと城で保護することが適切なのだわ。でもどうしようもない。あの娘の姿を、見たくないの。クヌートが守ってきたこの城にいてほしくない……」
恥じるように俯くイゾルデの声が震える。
アルマは安全のためにマリールイーズを城に留めたいと思った。それはアルマがウィンターハーンのことを何も分かっていない余所者だからだ。イゾルデは国防を担うウィンターハーンをずっと支えてきた立場。ゴーツ王国にはそれなりの感情があるのだろう。
「イゾルデ様は、マリールイーズに死んでほしいんですか」
「………っ!」
「それとも、城にさえいなければ許せるんですか?」
「………そう………そうね。追い出せば、あんな目の色で、若い娘一人で生きていけないわね。私はきっとあの子の死を望んでいるのだわ」
「それは全然違いますよ」
イゾルデはずっとマリールイーズを疎んでいる様子だった。だがイゾルデがマリールイーズに嫌がらせのようなことをしたとは一度も聞いたことがない。
「イゾルデ様。イゾルデ様の望みが、マリールイーズの死なら、わたしはお止めするしかありません。でも城から出てほしいだけなら、一緒に考えることはできます。
ジグルドに相談しませんか?
ジグルドだって、マリールイーズを大切にしたいだけで、イゾルデ様を苦しめたいわけじゃない。きっと、一緒に考えてくれます」
「………今更、ジグルドは私の言葉などきかないでしょう」
「そんなの、言ってみなきゃ分からないじゃないですか」
「ずっと、言ってきたわ。
ジグルドが私の言うことをきくのは、仕事に関することだけ。あの子にとって、守られるべき時に守ってくれなかった祖母だもの。当たり前だわ……」
「そんなの、言ってみなきゃ分からないですよ!」
「分か」
「分からないですよ!!」
「ぶふっ……」
食い気味に押しきるアルマに、黙って控えていた女官が吹き出した。
それに釣られてイゾルデの口元がふよりと緩む。女官が目を伏せて失態を無かったことにしようとするのを軽く睨んでから、イゾルデは誤魔化すように大きく咳払いした。
「そう、そうね、そういう考え方もあるかもしれないわ」
そう言うイゾルデの表情は少し明るい。
アルマはなんだか嬉しくなって、口元を綻ばせた。
そんなアルマを、咳払いを終えたイゾルデが少し躊躇うように見る。
「………アルマさん」
「はい」
「あの、こんなこと、今更と思うでしょうけど……奥向きの仕事を、覚えてくれないかしら」
意外な申し出にアルマは目を瞬く。
最近クリスはトンプソンとかなり打ち解けてきた。もうアルマの同席は必要ないだろう。だが、アルマには祈祷という仕事がある。
「イゾルデ様が人手が要るということならお手伝いしますけど、本格的にわたしに教えても意味ないと思いますよ。
どうしても祈祷の二の次になってしまうし―――わたしとジグルドは子作りしてないので、三年待てばちゃんとしたお嫁さんを迎えられます。その人に教えてあげてください」
「こ、こづ………アルマさん! 淑女がそのようなあけすけな!」
「すみません。気をつけます」
淡々と返すアルマに、イゾルデは困惑したように眉を下げた。
「……ジグルドでは不満なの? だから婚約を拒んでいたの?
身内の私が言うことではないけれど、あの子の容姿は優れているわ。王都の噂だって、誇張されたもので………昔ほど豊かではなくても、ウィンターハーンにもきっと気にいるところもあるわ。もし、私が、意地悪を」
「いえいえ、ジグルドは良い人だと思ってますよ。文句なしのイケメンですし。頑張ってお役目を果たしていて、幸せになってくれればいいと思います。
お嫁さんが自分で選べたら、彼のために良いと思うだけです」
「アルマさんは、それで構わないの?」
「わたしは元々結婚する予定はなかったので」
「ジグルドのことは……好きになれない?」
「友人としてはわりと好きですよ。
夫としては、ちょっと好みじゃないですね」
アルマの好みはパートナーに一途な男なのである。恋人も通いの娼婦もいるジグルドは、その時点でダメだ。
平民だって誰も彼もが恋愛結婚しているわけではない。そんな中でも妻に操を立てている男はいる。アルマは恋愛ごとには疎いが、そういう人を素敵だと思う。
おそらく平民の女の殆どは一途な男が好きだ。恋愛マイスターの師匠に言わせれば、二股かけている男など他人の舐めまわしたケーキと同じらしい。どんなに高級素材で美味しそうでも、飢えていなければ生ゴミだ。
貴族にとっての夫婦はきっと、アルマが思っているよりもビジネスライクな関係だということは分かる。ジグルドにアルマの価値観を押し付けるつもりはない。そしてアルマも、ジグルドたちの価値観を押し付けられるつもりはないのだ。
「わたしは平民みたいなものなので。貴族の方々とは、きっと好みも価値観も違います。平民には平民の好みがあるし、平民なりの女心があるのですよ」





