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裁判


 アルマが領都のウィンターハーン城砦に戻ったのは半月後だった。


 城門からの道を、領主一族しか許されない馬車で内門まで乗り入れる。

 久しぶりに入った城は、なんだか人気が少ない気がする。迎えに出てくれた執事のアンダースが、数日前から城砦で季節はずれの風邪が流行っていて人手が足りないのだと説明してくれた。


「お疲れでございましょう。湯を沸かしてあります。それとも、先にお食事にされますか」

「ありがとう。できれば先にジグルドに報告して、クリスにただいまって言いたいわ。今、忙しいかしら?」


「閣下は今は裁判室ですね。クリストファー様は本日は鍛錬場でございます」

「裁判室?……裁判ってジグルドがやるの? 裁判官じゃなくて?」

「通常のものは裁判官が行います。重要なものや、身分のある者の裁判は閣下がなさいます」


 もうすぐ閉廷のはずだと言われ、アンダースの後ろをついて廊下を歩く。レリーフの彫り込まれた柱が高い天井を支えているロビーで待つことにした。アンダースに促されてソファに座る。

 ここから先は外部の人間の出入りが多く、ハンティングトロフィーが多く飾ってあるとのことだった。


「あの、迷惑かけてごめんなさい。エリックに、わたしのために片付けたって聞いたわ」

「いいえ。外の者が出入りする場所に選りすぐったものを飾りましたので、模様替えの良い機会でしたよ」


 アンダースは何でもないことのように言う。

 ハンティングトロフィーは趣味のインテリアではない。近頃王都では野蛮だと言う貴族も増えてきたが、辺境では城主の能力や権力を証明し、勇猛さを象徴するものだ。それを外すということには反発もあったに違いない。


 広いロビーでジグルドを待つ。

 今日の裁判は、最近複数の領を跨いで人身売買を行っている集団のものらしい。事件の大きさと、捕縛したまとめ役がとある子爵家の三男だったため、辺境伯であるジグルドが裁くことになったとのこと。本来は社交を加味した忖度のための決まりだったが、ジグルドは重犯罪はあっさり死刑にするので、社交を担っているイゾルデが頭を痛めているとアンダースが説明してくれた。


 静かだったロビーが俄かに騒がしくなる。

 続く回廊に目を遣ると、マントを羽織ったジグルドを先頭に何人かの男がこちらへ歩いてくる。銀色のチェーンで留められたマントにはウィンターハーンの紋章が大きく刺繍され、それがジグルドの権威を示していた。

 鬼のような形相の男が、行く手を阻む衛兵に掴みかかっている。男と衛兵が喚く声がロビーまで響く。


「何故ですか閣下! 難しいことをお願いしているわけではない。あの男を、グレータと同じ目に遭わせてやらなければ!」

「スコウロ殿。ここからは閣下の居住区です。お戻りを。あの男は明日には処刑される。それで良いではありませんか」

「ただ首を刎ねるだけなど納得できるか! 閣下! 何故です! あいつらがグレータに、他の女、子どもに何をしてきたか、お聞きになったでしょう! 奴の身柄を私に渡していただきたい。手をかけた人間の数だけ身を削いで豚に食わせてやる!」

「スコウロ殿!」

「閣下! グレータの無念を晴らさねば、私も妻もこの先を生きて行くことはできない! ―――冷酷の魔王は、娘を想う親の気持ちなど、分からないか!」

「不敬な!」


 衛兵が暴れる男を取り押さえ、床に押し付けた。尚も抵抗する男は涙に塗れた顔で口汚くジグルドを罵る。衛兵が苦い顔で剣を抜こうとしたとき、それまで男を黙殺していたジグルドが足を止めて振り向いた。


「よい。その者の尽力がなければ今回の捕縛はならなかった。後日報奨を出す」


 感情の薄い声を一言発してまた踵を返す。

 衛兵は剣の柄にかけていた手を解き、数人で男を引きずって廊下の向こうに消えた。


 ジグルドが彫刻で飾られた垂れ壁のアーチを潜ってロビーに入る。アンダースと並んで起立していたアルマは、重い空気に、ジグルドになんと声をかければ良いか分からなかった。

 あの男の怨嗟の声は、本質的には加害者に向けられたもの。だが、傍で聞いていただけのアルマの心まで抉っていった。投げつけられたジグルドの傷はどれほどのものだろう。


 相応しい言葉が見つからない。

 相手がクリスなら、ぎゅっと抱きしめてあげるのに。


「おつかれさま」


 声をかけたアルマにジグルドが目を向けた。


「戻っていたのか」

「うん、さっき。

 ミスティグの鉱山、見てきたわ。時間はかかるけど、なんとかなると思う」

「そうか」


 抑揚の無い一言。

 少しは喜んでくれるかと期待してしまっていた自分に気付いて、アルマは恥ずかしくなって話題を変えた。


「ジグルド、裁判官もやるのね。法律まで分かるなんて、すごいね」

「当たり前だ。ウィンターハーン領の法律は私が作る」

「えっ」


 新法の草案は専門家が作るが、新しいものは全てベンジャミンが目を通し、アルデンティアの国法に反しないか確認してジグルドに説明している。それを通すも通さないもジグルドの判断ひとつだと、アンダースがアルマに耳打ちしてくれた。


 えっ。

 法律作って、裁判もやって、政治もやるの? 独裁者じゃん。


 肩書きだけのアルマの夫は、想像よりもすごい立場だった。


「じゃあ、やろうと思えば、さっきの人みたいな……被害者に加害者を渡すような法律も作れちゃうの?」


 アルマとしては極端な例としてあげてみただけだったが、ジグルドが眉を顰めたのを見て護衛の騎士がアルマを諫めた。


「刑は秩序のためにあるのであって、復讐のためにあるのではない。子宮でしかものを考えない女が口を出すな」

「オービエ、口を慎め」

「ですが閣下」

「私の妻を見下す人間は、私の周りには要らないと言ったはずだ。お前の剣はお祖父様に献げられたものだ。返してほしければ応じよう」

「閣下!」


 ―――ひゃぁ! 閣下! かっこいい!


 祈祷師というオプションがつくと、肩書きだけの妻でもこんなに大事にされるのか! こういうの知ってる、師匠の妄想によく出てきたスパダリだぁ♡ めっちゃ顔怖いけど!


 ―――て、いやいや。

 そうじゃないだろ、わたしよ。


「ジグルド、あの、わたしの発言が軽率だったわ。口を出したいとか、そういうことじゃないの。

 それに、確かにわたしは、人に酷いことした人間は同じことされてもしょうがないと思っちゃう。注意されてもしょうがないわ」


 被害者が加害者を罰していいという法律は、なんとなく、上手くないとアルマでも思う。何が上手くないのか言語化できないが、領主夫人としては相応しくない考えだと思う。

 だけどあの悲痛な叫びを聞けばどうしたって被害者に共感してしまう。


「難しい理念より、さっきの人の、仕返ししたい気持ちの方が、分かってしまう……」

「別にそれは、普通のことだ」

「そう?」

「そうだ。彼の娘は、見つかった時は酷い状態だった。遺族が報復を許さなかった私を責めるのは仕方のないことだ」


「………そう思うのに、許してあげなかったの?」

「報復を許すことは、法治を謳う領主のすべきことではない」

「そう、いうもの?」


「私は法に遵う者であらねばならない。領主は人を殺すからだ。

 オービエの言うように、刑は秩序のためであって復讐のためではない。私情を容れれば、それは裁きではなくなる」


 裁きでなくなれば何がまずいのかも、アルマにはよく分からない。でもやっぱり、なんとなく、それが理想っぽい考え方なんだろうと思う。

 目の前で泣いている人の心に共感しても、理想を守るために拒絶して罵られるのが領主の役割なら、とんだ貧乏籤だ。


「いつもいつも、そんな高潔じゃなきゃいけないなんて、疲れちゃわない?」


「私など、手も汚さず高いところから命令しているだけだ。

 ……あの者の刑は明日執行される。執行人は誰かがやらねばならないつらい仕事だ。明日の執行人は代々これを生業にしている男で、報酬の多くを罪人の子と被害者の子のために使っていると聞く。高潔というのは、彼のような人のことだと、私は思う……」


 そう呟くジグルドはいつもの淡々とした声だが、どこか疲れているように見えた。思っていることを、聞いていないのに話してくれるのが珍しいからかもしれない。

 ―――本当の家族なら、抱きしめて、励ますことができるのに。


 心配でつい見つめていると、灰色の虹彩と目が合う。


「ミスティグから戻ってきたばかりだろう。こんな所で何をしていた。私に何か用だったか」

「用っていうか、報告」

「急を要するものでなければ明日でいい」

「あと、ただいまって言いたくて」


 ジグルドの秀麗な眉が呆れたように下がる。

 ラースはくるくる変わる表情が魅力的だが、最近アルマはジグルドのこういう些細な感情表現も可愛いと思う。


「ただいま、ジグルド」

「…………おかえり」


 ブリキの閣下が挨拶を返してくれる。嬉しくなって、アルマはにこりと笑った。




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