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小姑ラースとの馬車の旅


 よく晴れた空の下を、初夏の軽い風が吹き抜ける。

 領都グゼナからミスティグ地区へ続く道を領主邸の馬車が走る。


 鉱山の霊脈を確認するために、アルマたち一行はミスティグ近隣の高台に向かっていた。道の状態は良いとは言い難い。元々鉱山の関係者くらいしか利用しない道で、蒼玉はたいして嵩張らない上壊れ物でもないので、道を整備する必要性がなかったそうだ。


 アルマの乗った馬車の前後を二十騎ほどの騎兵が並走する。高台への道程で魔獣の多い大森林を通るからだ。

 護衛騎士のヤコブが、アルマを安心させようと口早に言う。


「あの辺の怖い魔獣は天狼くらいですし、あいつらは鐘を鳴らしてれば滅多に襲ってきません。物々しいのは念の為なので、心配なさらないでくださいね」


 ウィンターハーンには騎士団があり、領主家の護衛は騎士の中から選ばれる。ヤコブはジグルドが辺境伯を継いでから剣を献げた騎士のひとりだ。まだ若すぎるという声もあった中、本人の強い希望と、ウィンターハーン城砦の城代である祖父の信用で剣を献げることを許されていた。


 通常、領主夫人の護衛はもっと経験を積んだ熟練の者があたる。しかし忠誠心熱苦しい……もとい、忠誠心厚い騎士たちはジグルドの顔に泥を塗った妻に相当憤慨していた。

 護衛対象への悪感情は余計なリスクである。ヤコブはアルマに対してそこまでの悪感情はなかったこと、身体能力も高いということで、アルマの護衛に選ばれた。

 ヤコブは良い子だし腕も立つのだが、なんとなく安心感がない。それはジグルドたちにとってもそうなのか、今回の下見には兵士が多めに同行していた。


 今回の目的は高台からミスティグ鉱山周辺の霊脈を確認すること。高台の場所も大森林の中にしては魔獣の少ない場所で、然程の危険はないと判断されている。

 現状を確認してからミスティグ地区の管理官に今後の話をしにいくらしく、アルマの向かいにはラースが座っていた。


 揺れる馬車の中で、ラースはずっと仏頂面だ。

 端麗な顔。ラースは仏頂面でも男前だ。くるくる動く表情がイゾルデに似ている。ジグルドが母親のお腹に忘れてきた表情を拾ってきたんじゃないかと思うほどだ。


 王都でジグルドの冷酷無比という評判が聞こえてきたのは、ジグルドが施政に携わり始めた五年ほど前から。それまではただの、眩いばかりの美少年だった。にもかかわらずその頃に縁談が纏まらなかったのはラースのせいなのかもしれない。同系統の一歳違いのイケメンがいて、片や無口無愛想で片や感情豊かであれば大抵は後者に軍配があがる。

 ラースが結婚してからはウィンターハーン辺境伯領は洒落にならない不作続きで、不用意に縁付いて支援を求められてはたまらないと娘を持つ親たちに警戒されるようになった。

 結果、ジグルドは何かを勘違いした女性に追い回されるか鑑賞用として遠巻きに眺められている。挙句に身分もない女と政略結婚。気の毒が過ぎる。


 ちらちらと盗み見ているとラースは仏頂面のまま半目でアルマを睨んだ。


 はっ!

 もしやこの人、大森林の中で魔獣に襲われたと見せかけてわたしを亡き者にするつもりでは!?


 この数日見ていて分かった。ラースはブラコンだ。大好きなジグルドの妻が『千人斬りのアルマ』では納得できないに違いない。今も本当は王都で忙しい時期なのに、仕事を奥さんに押し付けてきたらしい。


 そんなアルマの心配をよそに、ラースは低く唸るように言った。


「………………悪かった」


 暴言を予想して身構えていたアルマは目を瞬く。


「こっちに来てからは男に色目も使わず真面目に祈祷していると全員が答えた。王都に帰れと言ったのは撤回する……」


 声から不本意が滲み出ている。


「赦してほしい……クリスが口を利いてくれない」


 うっかり吹き出したアルマにラースは苦い顔をする。


「笑うな。そもそもはお前の素行のせいだ。婚約してすぐに浮気したのは事実だろう」

「あれは婚約を破談にしたくてやったことなので。今は理由がありません」

「ハッ。どうせ兄さんが残虐だとか狂人だとかいう王都の噂を鵜呑みにしてたんだろう。それが会ってみたら強く賢く公正で美しい人でちゃっかり惚れたか」


 うへぇ、末期ブラコンだ。


「手の施しようがない……」

「なに?」

「いえ。ジグルドがどんな人かより、あの時は王都を離れるのが嫌だったので、しょうがなかったんです」

「男がいたけど兄さんの美貌にあっさり乗り換えたんだろう。言っておくが、兄さんはそういう女が一番嫌いだ。今丁重に扱ってるのはお前が祈祷師だからだ。勘違いするな」


 ラース様。嫉妬を拗らせた悪役令嬢みたいになってますよ。大丈夫ですか。


「心得てます。今はウィンターハーンのためにできるだけのことをしようと思ってますし、王都に逃げ帰るつもりもありません」

「……随分な心変わりじゃないか。何がきっかけだ?」

「最低だとか、言いませんか」

「聞いてから考える」

「ジグルドの送りつけてきた結納品の想定売価が一定額を超えたからです」

「最低だな!!」


 なんだろうなー。

 ウィンターハーンの人たち、ジグルドのこと好きすぎない?


 ラースに懇々と『ジグルドの理想のお嫁さん像』を語られながら馬車は大森林に入っていく。暫く進むと倒木に道が塞がれていた。

 ここからは徒歩で進むとのこと。アルマもいつものメイド服ではなく、今日のために準備された服装だ。

 目的の高台まで徒歩で一時間とちょっと。兵士たちが下ろした荷物を担ぐのを見ながら、アルマは初めての山登りのために準備体操をした。



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― 新着の感想 ―
兄が王都でさんざんな噂流されてるのは知ってるのに兄嫁の噂は精査せずにそのまま鵜呑みにするのか……。
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