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エリックの漫言放語



「……マリールイーズなら、もっとちゃんとできたのかな」


 つい呟いた名前をエリックが耳聡く拾う。


「マリールイーズ?」

「あ、その、とても賢い子だって聞いたの。わたしがいなければ、マリールイーズが女主人だったかもしれないって」


 エリックは視線を宙に彷徨わせてから首を振る。


「それはないですね。アルマ様がいようがいまいが、大奥様が許すとは思えない。

 それに、彼女はまだ子どもですから。少なくとも僕は、世界に正しさがあると信じている賢い子どもよりも、多少覚えが悪くても清濁飲んでくれる大人の方が助かりますよ」


 これは慰められたのだろうか。

 エリックから見てもマリールイーズは賢いのか。イゾルデの許しさえあれば、成長すればジグルドの妻になることは難しくないのかもしれない。


「軍縮の声は領民の中にもあります。そういう意見を直接聞かせていただけるのはありがたいです」

「民意が大きくなったら縮小するの?」

「しないですね」

「??」


 では何がありがたいのか。


「僕ねぇ、ほんとは、あまりアルマ様が施政に口出す方じゃなければいいなって思ってたんですよね」

「………あまり、頭良くないものね」

「視点が低いし、普通の人ならできることができないからです」


 上司の妻に向かってひどい言い草じゃん。


「アルマ様、平民のひとりひとりを、貴族と同じ人間だと思ってるでしょう。平民は平民という生き物で、数字で管理すべきものですよ」

「エリックは平民じゃないの?」

「僕も平民です」

「?」


 なんだろう。さっきから会話が噛み合っていない気がするのは、アルマの理解が悪いからなのだろうか。


「……平民は、貴族とは違うから、家畜のように扱っていいという意味?」

「家畜! 良いですね、要を捉えていらっしゃる。

 領主には領を豊かにするという務めがあります。平民を数で管理し、質が良い個体を増やすことを考えなければならない。同じ人間だと思っていると、ときに判断を誤る。

 領主が判断を誤れば、領は貧しくなり、最悪の場合土地は掠奪され、その土地に住む者は地獄を見ます。

 ()()()平民の命は、貴族より軽くなくてはいけない」


 眉を下げるアルマを見て、エリックは口角を上げる。


「アルマ様、お肉が苦手なの、それが動物の死骸だと知っているからでしょう」


 指摘されて顔が熱くなる。

 中央神殿に入って一年ほど経った頃。たまに食卓にのぼる美味しいソレの素材を知って喉を通らなくなった。ラウルに、理解されにくいから苦手で通しておけと言われて、師匠とラウル以外には知られていないことなのに。


「別に、お肉を食べるのは普通のことだって分かってるし―――わたしだって、それしかなければ、食べるわよ」


 アルマは死骸を見ることは、気分良くはないが割と平気な方だ。ただそれを食べたり飾ったり加工したりということが、どうしても苦手だった。他の人がしている分には、原型を留めないものは触らなければ平気だし、平気でなくても平気な顔もできる。アルマだって植物を食べるし、花を飾る。本質的には同じことだと分かっている。

 決して、社会不適合というほどではない、はず。


 何を言われるのかと身構えるアルマを、エリックは責めるでも馬鹿にするでもなく、ただ面白そうに分析する。


「ふふ。動物好きな人でもねぇ、普通は家畜を可哀想だと思わないんですよ。美味しいから。人の心は、そういう風にできている。

 普通の人は、家畜の命を差別化する。治める側に立てば、じきにいち平民を人間とは見なくなる。

 アルマ様の心は、それができない。

 だから、まあ、アルマ様に統治者は難しいかなと思っていたのですが。でもアルマ様、ちゃんと見て見ぬ振りもできるようなので。お肉好きのブリキの閣下と仲良くなさってますもんね。………ふふ、ブリキ……良く言ったものですねぇ、ふふっ、ブリキて」

「…………エリック、キモい」

「あはっ!」


「……エリック。あまり奥様を虐めるもんじゃないよ」


 楽しそうに笑うエリックに、とうとうウーリクが苦言を呈した。


「虐めてなんかいませんよぉ。寧ろ僕が一番気を使ってるじゃないですか。アルマ様がお部屋で食事したいって言い出したのをイェンスさんに口添えしたり、コートを作る時に毛皮じゃなくて羊毛にしてあげたり、応接室以外のハンティングトロフィー下げてあげたり」


 アルマは驚いて目を見張る。

 自室での食事を許可されたおかげで目の前に肉料理を出されずにすんでいる。

 毛皮のコートを渡されていたら、防寒を諦めて寒さに耐えていたと思う。

 来たばかりの頃にいちいち内臓を冷やしていた壁のハンティングトロフィーを、いつの間にか殆ど見なくなっていた。


「エリックがしてくれたの?」

「領主夫人がどんな人か気になって報告をあげさせてたら気づいちゃったんですよね。

 正直理解できないんで、的外れなこともあるでしょうけど」


「…………ありがとう」


 お礼を言うと、エリックは一瞬糸目を少し開いて意外そうな顔をし、すぐにいつもの笑顔に戻った。


「アルマ様、領主夫人には本来、予算がつくことはご存知ですか?」


 唐突に話題が変わる。


「知らないわ」

「急なお輿入れだったので遅くなってしまいましたが、お金をお渡ししますね。好きなように使って良いですよ。今後ご自身の必要はこの予算から賄っていただきます。余りは、貯蓄されてもいいですが、慈善事業に使ったり事業を興したり寄付したりするのが一般的です」

「これからは、ご飯とか自分で買ってくるってこと?」


 エリックは一瞬きょとんとしてから弾けたように笑う。


「ご飯は、城でお出しします。生活にかかるものは城の予算でいいんですよ。

 ドレスとか宝石とか宴会とかです」

「そういうのは要らないわ」

「要りませんか」

「それはジグルドの妻として社交するための費用でしょ?

 たぶん今は、本来ならジグルドの妻がするべき仕事を、誰か別の人がしてる。その人たちに割かれるべき予算だわ」


「じゃあ社交をしない分は減らしておきます。

 閣下は中央神殿に、できるだけの待遇でアルマ様をお迎えすると約束しましたし、金遣いが荒いと評判のアルマ様に快く祈祷していただくために、ある程度の出費は折り込み済みなんです。

 ご自身のために使うのが気が進まないなら、ウィンターハーンのために使っていただいてもいいですよ。ご自身の裁量で領のために何を為すのか、何も為さないのか、それを示すのも領主夫人の役割です」

「役割……」


 領主夫人の役割と言われてしまうと、要らないとも言いづらい。

 どれくらい貰えるのか知らないけど、使えと言うなら使ってやろう。

 何しようかな。




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