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ウィンターハーンの懐事情



「―――そういえば、」


 思い出したようにエリックがアルマを見た。


「貴金属関係の支援金ですけど。イングリッド様からアルマ様に移してよろしいですか」

「え? なに?」

「貴金属産業の発展に、領から支援金を出してるんです。イングリッド様のご贔屓という名目だったんですけど、いなくなってしまわれたので」

「それはお祖母様に移すはずだろう」

「どうも、質実剛健のイゾルデ様に、貴金属という響きがそぐわないんですよねぇ」


 質実剛健? イゾルデが?

 お茶目なおばあちゃまにしか見えないけど。


「そもそも私以外の名前を出す必要があるのか」

「閣下。貴金属商会への支援金はこれ以上減らしたくありません。他の反発を抑えるのに一番分かりやすい理由が『領主夫人のお気に入り』です」

「………そういうものか」

「そういうものです。身分のある男は、女が宝石を好むことに違和感がありません。アルマ様、お名前をお借りしますがよろしいですか?」

「え、あ、はい」


 よく分からないまま承諾するアルマをジグルドが止める。


「待て。エリック、アルマにデメリットはないだろうな。私はアルマに祈祷以外を強いるつもりはない」

「たいしたデメリットじゃないですよ」


 ジグルドの氷点下の視線を受けてもエリックはのんびりした口調を崩さない。心臓が強い。


「貴金属商会に支援金を出していれば優先的に上質の宝飾品が安く買えます。

 イゾルデ様と一緒にウィンターハーンを支えてきたイングリッド様と違って、ぽっと出のアルマ様が継げば、領のお金で宝石を安く買おうとしていると思われるでしょうね」

「エリック」

「アルマ様は社交もなさらないし、管理官や組合長たちとやり合う予定もありません。構わないじゃないですか。ひとりそういう役割がいると便利です」

「エリック」

「だってじゃあ、どうするんです? イゾルデ様の負担を増やしますか? 貴金属商会の支援金も他と同じように下げますか? 他の商会長や組合長に不満を溜めさせる?

 祈祷師様の我儘で通しちゃうのが一番低コストですよ」


 眼光を鋭くするジグルドと糸目を更に細くするエリックの間で視線の火花が散る。昔の教え子の険悪な空気にウーリクが苦い顔をした。


 難しいことは分からないが、アルマの評判と引き換えに、何かいいことがあるらしい。デメリットを開示せず了承だけとろうとしたエリックは、やはり別にアルマに好意的なわけではないのだろう。

 そんなことより、ジグルドがアルマを庇ってくれた。九割祈祷のためだろうが、友情っぽくて嬉しい。


「あの、わたしは構わないわ。評判とか気にしないし」


 ジグルドが眉を寄せてアルマを見る。


「ほんとに、気にしないわ。領主夫人の仕事を何もしてないんだから、そんなことで役に立てるなら名前くらい使って?

 心配してくれてありがとう。庇ってくれたの、嬉しい」


 アルマは強調するように顔の前で手を振り、眉を寄せたままのジグルドに笑ってみせた。ウーリクがほっと息をつくのが見える。


 エリックは終始、変わらぬ表情で微笑んでいた。



「アルマ様、先ほどのお話で気になることがあればご説明さしあげましょうか?」


 ジグルドが退出し、アルマとエリックとウーリクだけになった部屋で、エリックはにこりと首を傾いだ。

 アルマは大人しく頷く。ジグルドはずっとアルマは祈祷以外を頑張る必要はないと言っているが、それは先ほどの男たちの会話くらい簡単に理解できる前提での話なのだ。

 エリックは都度ウーリクに資料を出してもらいながらざっくりと説明してくれた。アルマに含むところはない様子だ。別に嫌われているわけでもないのか。


 先程の話し合いは、産業のここ二十年ほどの趨勢と、現在の歳出入に及ぼす影響から、今後の優先順位を相談していたらしい。


「皆さん、今の話、全部頭に入ってるんですか……凄いですね」

「閣下と僕はこれくらいは覚えてますね。ウーリク先生はこれが専門です。あのおじさんたちはそれぞれ他のお仕事をお持ちですが、今日はこの話をするので予習してきてくださいって連絡してあります」


 事前に言われていたからといって、アルマがあの会話に混じれたとは思えない。道のりは長い。

 ウーリクが持ってきた支出の推移を手に取る。


「軍って、凄くお金がかかるのね」

「そうですねぇ、軍費の負担は大きいです。一般的な領は軍人の殆どをその都度徴兵していますが、ウィンターハーンでは職業軍人が多い。戦いがあろうがなかろうが最低限軍人達の訓練費と生活費が要る」


 ウィンターハーンでは、領内の警邏も軍の仕事だと習った。それなりの規模が必要なのは分かるが、十年前にゴーツ王国とやり合っていた時から殆ど変わっていない。


「戦争なんて、もう十年くらいやってないのに、減らせないの?」

「減らすと戦争が起きたりしますのでね」

「……どういうこと?」

「アルマ様が領土を拡大しようと思った時に、屈強な軍のある場所とそうでもない場所と、どっちに攻め入ります?」

「それは、……そうでもない場所かな……」

「そうですね。閣下はウィンターハーンを戦場にしないことを第一にお考えです。実は多少削減済みです。これ以上はウィンターハーン辺境軍の格を落とす」

「でも、最近あんまり豊かじゃないって……だからジグルドはわたしと結婚したんでしょう? それでも攻め入られちゃう?」


 ウィンターハーンを侮るような物言いになってしまい、怒らせたかと見上げると、エリックは面白そうに口元を歪めた。


「我々から見れば、今のウィンターハーンは食糧を買い付けてなお領民を養うのがぎりぎりの土地です。

 ですが、そこにいるのが奴隷なら、弱い個体は死んでもいいので、必要な食糧は半分程度で済みます。女は若くて綺麗なら弱くても使い道がありますが、そういうのは連れて帰っちゃいますからね。鉱山の魔獣問題も、通りたい時に『食べてもいい奴隷』を少し離れたところに縛っておくだけで被害は激減します。

 植民地としては蒼玉と木材と奴隷が入手できるそこそこの土地なんですよ」


 びっくりして目を見開くアルマにエリックは穏やかに続ける。


「軍費を抑える一番の方法は、戦争をしないこと、つまり攻めいられないだけの力を維持することです。圧倒的な経済力とかあれば、軍事力でなくてもいいですけど」


 何も分かっていない自分が恥ずかしくて視線が落ちる。領主夫人はそんなことまで考えなくてはいけないのか。アルマは師匠のようにお人好しではないが、見知らぬ相手から何かを奪うという発想はない。

 自分にはない発想を持つ人たちと渡り合う、そんな難しいことの一端を担うことが、アルマにできるのだろうか。


 自分の立場の重さに、アルマは唇を噛み締めた。




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