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旦那様のお見舞い


 翌日上半身だけ起きられるようになったアルマは城に運搬された。汚したベッドはすっかり元通りで、アルマは新しい寝具にくるまって、そのまま深く眠った。


 目が覚めて、控えていたメイドに白湯をもらう。丸一日眠っていたらしい。メイドは熱いタオルでアルマを拭いて新しい寝衣に着替えさせてから部屋を出ていった。

 鏡を見ると身体中に出来た痣が顔にまで広がっていて、内出血が青く変色して大層おどろおどろしい。流石に溜息が出る。


 淹れてもらった蜂蜜入りのミルクをベッドの上でちびちび舐めていると扉がノックされる。どうぞと声をかけると開いた扉にはジグルドがいた。


 無言で入ってきて、無言でアルマの枕元に立つ。じっとアルマを見る顔は相変わらず表情が薄い。

 何をしに来たのかと考えたアルマは、祈祷の成果の報告待ちなのだと結論づける。


「すみません。やっぱり一週間では間に合いませんでした。レイバンに向かって半分くらいまでは流れたと思います。

 多少西へ流せました。ミルタ北部は、少し良くなるといいなーって感じです」

「そうか。ご苦労だった」


 ジグルドは退室する様子がない。

 報告内容が足りないのか。


「ええと、来週から少しずつ祈祷を再開しようと思います。エリックさんとまた相談させてください」

「分かった」

「………………」

「………………」


 なんだ。あと何が聞きたいんだ。


「あの、具体的な数字とかはお答えできません。一般的には多少収穫が増えますが、土地によりけりです。そのうち、中央神殿から神官を借りて計画を立ててもらうのが良いと思います」

「そうか」


 報告を聞きにきたわけじゃないのだろうか。

 もしかして、祈祷をさぼっていると苦情を言いにきたのか。こんな体調で無理をするより、体調を整えてから集中した方が効率が良いのに。


 ジグルドの美しい眉が寄せられる。


「マークが、妻が伏せっているなら側についているものだと五月蝿い。私はここで何をしているべきなんだ」


 マーク! バカ!


「……お見舞いにいらしてくれたんですか。ありがとうございます」

「なにが」

「え」

「マークが、私が訪わないとあなたが軽んじられると言うから来たが、あなたは私がいない方がゆっくり休めるのではないのか。今のは何の礼だ」


「ブリキハート……」

「なに?」


 しまった。つい本音が。


「何でもないです! 周りの評判とかあまり気にしないので、戻っていただいて大丈夫ですよ。お忙しいでしょう?」

「今は、あなたの評判を落としてまでやるべきことはない」


 ……おや?


「それは、もしかして、貴重な自由時間なのでは?」

「私に貴重でない時間などない」


 おやおや?


 さいですか。

 貴重な時間をわたしのために。へぇ。


 短い付き合いだが何となく分かる。ジグルドは表情が乏しくて頭がカチカチで他人の心情に疎いうえに口下手だが、優しい。


 人の優しさに触れると心がほんわかする。


「……その、薄ら笑いはなんだ」

「微笑みですよこんにゃろう」


 しまった。また口が滑った。

 目を瞬くジグルドを無視してにっこり笑ってみせる。口周りの筋肉がびきびきと痛んだ。


「閣下が、わたしに気を遣ってくれたのが嬉しいです。だからありがとうございます。いつかクリスが寝込んだときも、そうやって気にかけてあげてください」


 そう言うと、ジグルドは無言で窓際のチェアを引っ張ってきて、ベッドの横に座って脚を組んだ。女性用の薄桃色のフリルクッションが魔王めいた美貌にあまりにも似合わない。


「……あなたは、なぜ、クリスに拘る」

「拘るとは?」

「クリスはあなたの子から正嫡の立場を奪う存在だろう。疎ましくはないのか。次期当主の覚えをめでたくしようと思っているのか」

「はあ、なるほど?」

「………………」


 ジグルドの眉が不可解そうに歪む。

 そんな顔されたって、アルマにそれ以上の感想はない。この家の家督に興味はないし、そもそもそれを決めたのはクリスではない。


「あんな可愛い子がわたしを頼ってきたら、それ自体がご褒美です」

「………顔か」

「顔ですね。顔が可愛いって正義ですよ。声も可愛いですよね。あの少し鼻にかかる子ども特有の声には心身の回復効果があるわ。首を傾げながらわたしを呼ぶ姿がもう天使。知ってます? クリスってば、嬉しいと小刻みに弾むんですよ。なにそれ可っ愛!! あの手足の、幼児と少年の間の絶妙なエモさ。たまらん。授業中に考え込むと、ちょっと口を尖らせるんですよ。可愛い〜! しかも優しくて良い子とか。どゆこと。泣いちゃうほど頑張ってしまうところ、いじらしくてぎゅってしたくなっちゃう。髪の毛がふわっふわで理性を総動員しないとむしゃむしゃしちゃいそう。大きな目がチャーミングで、あの目に見つめられたら持てる全てを捧げてしまうわ。小さいのに、人のために戦うことを知ってる強い子。ほんとに将来が楽しみすぎる。気をつけないと将来クリスの歩いた後に胸を撃ち抜かれた女の子たちの亡骸が転がることになるわね。あの薄い青い目の色が、髪の淡い金髪とマッチして最高に

「分かった。クリスのことはもういい」

「言葉だけでは十分伝わらないかも。図で説明しましょう」

「十分伝わった。もういい」


 ジグルドが初めて見る顔をした。クリスの可愛らしさに気付いて打ち震えているのかもしれない。きっとそうだ。


「……祈祷についても、なぜここまでする」

「はい?」

「私にとっては、祈祷はあなたの体調よりも優先されるべきものだ。だが、あなたにはそうじゃないだろう。私の領民のために、なぜここまでする」


「なぜって……わたしが祈祷師だからです」


 ジグルドの眼光が鋭くなる。

 なんで。回答が気に入らないのかしら。


「それに、肩書きだけとはいえ領主夫人になっちゃったので、やれることはやろうって思うし……閣下がわたしと結婚したのはそのためでしょう?」


 視線を外すとその隙に刺し殺されそうで、アルマは必死で灰色の目を見返す。

 言葉を探している風だったジグルドが軽く溜め息をついた。


「………あなたは、何を考えているのか、全然分からないな」


 はぁ!?

 貴方にだけは言われたくないですけど!?


「……すまなかった」

「何がですか」

「私が初めからあなたの話を聞いていれば、あと六日あった。同じ効果に対してあなたの辛苦は小さかったはずだ」

「それはしょうがないですよ。急なお出かけだったんでしょう?」

「言い訳はしない。望みがあれば聞こう」


 これ知ってる。

 悪魔が契約を持ちかける時の台詞だ。

 うっかり望みを言うと地獄に魂を取られるやつ。

 美しい悪魔は重ねて言う。


「女の顔は大事なものだろう。そんな残念な顔にしてしまった償いはする」

「うっせぇわ」


 アルマの暴言にジグルドが目をぱちぱちさせている。


 いやいや。『残念な顔』て。

 こちとらまだ痛みも疲れも全然取れてないんだぞ。喧嘩売ってんのか。


「こんな痣は、一週間もすれば消えます」

「領のために行った結果であれば、私の責任だ」


 さっきからジグルドは何が言いたいのだろう。アルマの顔が酷い青痣でちょっとアレになったことに責任を感じているのか。

 それはアルマの祈祷師としての矜持であって、ジグルドには関係ない。


「………期間の話をするなら、あと一ヶ月あれば、効果はだいぶ違いました。そのせいで救えなかった命は、わたしが婚約から逃げていたせいですか? わたしがソフィア様ほどの力を持っていないのは、わたしの責任ですか?」

「そんなことは言っていない」

「じゃあわたしの顔も閣下のせいじゃありません。何でもかんでも自分のせいにするなんて傲慢です。

 だいたい、あと一週間あったら、わたし、無茶し過ぎで潰れちゃったかもしれないです。良かったんだと思います。わたしが潰れたら困るでしょう?」


 そう言うと、ジグルドはまた難しそうな顔で黙ってしまった。


「償いとかじゃなくて、優しさなら頂戴します。料理長のスイーツが食べたい」

「分かった」


 その後、話題もないので退室を促すアルマと、マークの言いつけを守ろうとするジグルドの攻防の結果、ジグルドはアルマのベッド脇で報告書を読むことになった。妻の言は側近の言より軽いらしい。


 アルマはとても眠かったので、働き者の領主の横で遠慮なく寝た。




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