王都の視察
本編誘拐事件前のお話。ジグルド視点。
王都の中央通りに、ウィンターハーンの貴金属商会が店舗を構えている。
視察を終えたジグルドは、入り口で待っていた護衛騎士のマークと一緒に少し早足に馬車に乗り込んだ。
「すまない、時間が押したな」
「まだ大丈夫だよ。良いもの買えたか?」
音取りの小窓から御者に指示を出しながら、マークが戦果を聞いてくる。
ジグルドが土産を買うと言った時から矢鱈と楽しそうだ。そんなに土産の内容が気になるのだろうか。
「お祖母様とマリーにネックレスと、ラースとクリスにガラスペンを買った。蒼玉のものは領で手に入る。南国のアメジストをあしらったものにした」
「……アルマ様には?」
「アルマには買っていない」
「は?」
気抜けた声を出したマークが、職務中とは思えない調子で畳み掛けてきた。
「え? は? なんで?
アルマ様に贈るものを選んでたんじゃないのか? 嫌われたいのか??」
「嫌われるはずがないだろう。平民の女には、家族のために時間を使う男が点数が高いはずだ」
「や、いや、それはそうかもしれないけど!
アルマ様にだけ土産がないってどういう料簡だ」
ジグルドは眉間に皺を寄せた。
ジグルドとて、当初はアルマの指輪を買う予定だったのだ。
「……昨日、指輪を贈ると言ったら、断られた」
「……えぇ?」
不甲斐ない状況をマークに説明するのも、もう何度目になるか。
「私から贈り物をされる筋合いはないらしい。夫として、まだ不足ということだろう。
とりあえず点数を上げていくしかない」
正直、アルマの考えることはジグルドにはよく分からない。
昨日もただ話をしていただけなのに、突然怒りだした。
問題を解消すべきと思い、何を怒っているのか質問したら、余計に怒って部屋を追い出された。
眉間の皺を深くするジグルドに、マークが残念そうに言う。
「今日の視察の同行も断られてるし、お前、また何か酷いこと言ったんじゃないだろうな」
「酷いことなど、言ったことはない」
ジグルドの返事に、マークは神妙な顔を作った。
「……あのなぁ。お師匠さんの訃報が来た時のお前の発言は最悪だった。
まだ口をきいてもらえるのは奇跡というか、アルマ様の人の良さというか、トーマスのケーキスタンドのお陰だぞ」
「私は何も間違ったことは言っていない」
何度思い返しても、間違ったことはなかった。
それでも、何か考慮し足りないことがあったかもしれないと思い、アルマにも聞いてみた。謝罪するようなことはないと回答された。
「アルマはウィンターハーンのために誠実に祈祷をしている。会いたい男との面会を禁じるなど、すべきではない。想う男の子を孕んだなら、養育の不安なく産ませてやるべきだ」
マークの眉が、何故か少し悲しそうに歪んだ。
「……許可するとかしないとかじゃなくて、お前の気持ちを、言えば良かったんだよ」
「祈祷に支障がないなら、アルマはどこで何をしようが自由だ」
「でも、嫌だったからあんな言い方になったんだろ」
「私の好悪など、問題ではない」
「……ジグ。それは、統治者としては優秀な態度だと思う。
でも、夫としてはだめだ。
アルマ様は夫がいるのに他に男を作るタイプには見えない。お前が寄り添わないなら、アルマ様はずっとひとりなんだぞ」
そんなことを言われても、閨を拒んでいるのも、贈り物を拒んでいるのもアルマの方だ。何度か誘った食事も断られている。
ジグルドは夫としてできることはしているつもりだった。
先月、王都からアルマに手紙が届いた。
差出人はラウル・ハーガー。輿入れ前にアルマと同衾騒ぎを起こした男だ。
その手紙を握りしめて王都へ行きたいと言われ、まだ関係が続いていたのかと不快に思った。
だが、すぐに思い直した。
そもそもアルマはこの婚姻に抵抗していたのだ。何度か使者から断りの伝言を受けている。
中央神殿には代わりの女の斡旋を打診してみたが、そうするとまた暫く先になると言われて、ジグルドはそれならば早く説得してくれと中央神殿を急かした。
良かれと思って色々と贈答した品を、全て処分したと聞いた。迎えることはできたものの、臍を曲げて祈祷をしてくれなかったらどうしようかと不安でもあった。
そんなジグルドの心配をよそに、アルマは毎日のように神殿へ赴き、ウィンターハーンの祈祷師として真摯に務めてくれている。
それ以外のことを強いるべきではない。
そう思って王都へ向かうことを許可したのに、何故かアルマはもういいと言ってジグルドの書斎を後にした。
――そして、中庭で、壊れたように泣いていた。
胸を裂くような慟哭に、何が起こっているのか分からなかった。
クリスとメイドたちに支えられて、クリスの部屋へ連れられていくアルマを、ジグルドは遠くから茫然と見ていることしかできなかった。
――あんな風に、泣いたのは、私の所為だというのか。
夫として、以前の男に会うことを禁じることはできた。
領主として、祈祷を空けることなど罷りならぬと言うこともできた。
だが、喜ぶと思ったから、許したのに。
ぐっと下唇を噛み締めるジグルドに、マークは苦笑する。
「……お前は頑張ってるよ。
でも、もっと思ったことを言葉にしないと」
「している」
「俺たちは分かるけど足りてない。あと言い方が下手だ。
失敗したらフォローは手伝うから」
マークが軽くジグルドの背中を叩いた。
ジグルドは握りしめた拳の薬指の指輪を見る。
生涯を共にする女と揃いで嵌めるために作らせたそれは、片割れを失ったまま、ジグルドの指だけに嵌まっている。
「……アルマの気を引く努力は続ける。
だが、祈祷さえしてくれるなら、それ以上のことを強いるつもりはない」
ウィンターハーンの祈祷のために、ひとりの女の人生を変えた。
少しでも心安く過ごしてくれればそれでいい。
ジグルドはジグルドのできることをするだけだ。
たとえ一生、彼女の心が得られなかったとしても。自分は彼女を、ただ一人の妻と決めて迎えたのだから。
いつも作品をお読みいただきありがとうございます。
書籍発売後、「買ったよ」って教えてくださったり、ネットでオススメしてくださっている方を見つけたりして、本当にありがたいです。
何かお礼をしたくておまけを書きました。
書籍版を応援してくださった方々に格別の感謝をこめて。





