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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私が死んだその後で

「ダメだ! いくな!」


「ごめんね。もうこれ以外思いつ……」

彼の叫び声を聞きながら、私は古代龍に食べられた。古代龍は食べ物を噛まない。丸飲みされた私は腹の中で呪文を詠唱した。


「暗闇の砂塵を纏いし月光をこの身に与えよ。壮大なその力を示せ。『カイディン』」

















古代龍の腹を吹き飛ばしながら私は人生を終えた。

















……はずだったんけど、あれ? 生きてるね。ここはどこだろ。ふかふかな布団の上で目が覚めた。周りは静かだ。暗いからもう夜なのかもしれない。ただ、体が思うように動かせない。


あいた! 誰かに殴られた。追撃は無し。痛くて悲しくて私は泣き始めた。嘘でしょ? こんなことで泣くなんて。どんなに虐げられても泣かなかった私が! どうしちゃったんだろう。


泣かないなら泣くまで殴ると暴力を振るわれ、体中が痛くてひたすらに耐えたあの夜。怒りに任せて『治れ!』と魔法を使った。


それ以来使えるようになった治癒魔法には随分と助けられた。でも暴力を振るったヤツに感謝なんてしない。彼のお陰なんて思いたくない。そもそもこの程度の痛みで泣く必要がある? でも分かってるのに泣かずにはいられない。ああ、感情がグチャグチャだ。


わーわー泣いていたら誰かに抱き上げられた。

「アンネリーゼ、どうしたの? お母様に教えてちょうだい」

テキパキと私の世話をしてくれるこの優しい声の女性は、どうやら私の母らしい。


アンネリーゼと呼ばれたけど、私はリーゼロッテだったはず。これってもしかして生まれ変わり? あやそうとしたのか鏡を見せられた。


二十歳くらいだったのに赤ちゃんになってる。うん、私、生まれ変わったね。前世の記憶を持って生まれるってこんな感じなんだ。話には聞いていたけど、まさか自分が体験するとは思わなかった。


それよりも、赤ちゃんってなかなか良いな。不自由でイラつくけど、この母という人の腕の中は心地が良い。ゆらゆら、ぽかぽか、ふわふわ。幸せだ。抱っこが特に良い。


リーゼロッテの頃の私には親がいなかった。いやまあ、親がいるから生まれたんだけど、赤ちゃんの時、今の自分くらいかな? このくらいの頃から教会に預けられていたらしい。覚えてないけど。


前世の私が信仰していたソルムン教は、子どもを小さな大人として扱い、親がいなくとも環境があれば育つという考えで、多くの子供が教会に預けられていた。働くのが楽しいという大人が溢れていたというのが、建前だったのか本音だったのかは分からない。


沢山の仲間と集団生活をしながら学び、適性検査の結果に従って本人の希望に関係なく職業が決まる。まあ、色々と効率的なんだそうだ。魔力量が多く、使える魔法がそれなりにあり、治癒もできたリーゼロッテは魔法使いを指定された。魔獣を退け、王都に結界を張り、傷病者の治療をする。魔法の勉強は楽しかったし、兎に角忙しかったけどそれなりに充実した毎日を送っていた。


教会所属の魔法師団に就職したから、基本的な生活はそのまま。命懸けなのに薄給だけど、衣食住は足りていた。そこで出会った恋人もいて、そろそろ結婚しようなどと話していた頃だった。


古代龍が暴れているという知らせがあった。発見者は私の恋人のブルーノと彼の幼馴染のマヌエラ。教会の仕事で巡回中に発見したんだそうだ。二人で。


先遣隊としてブルーノとマヌエラは討伐に向かった。両者と親しい関係だったリーゼロッテを連れて三人で。当時は当然の流れだと思ってたけど、今思えばこれってとばっちりじゃない?


道中、マヌエラが不吉なことを言った。


「もしどうにもならなかったら、お腹の中で自分ごと爆発したら古代龍を一撃で倒せるんじゃないかしら? 街に古代龍が向かったら大変なことになるもの。昔討伐に失敗した時の話を知っている?」

「そもそもお腹に入る前に噛み殺されそうだけど」

「古代龍は噛まないの」

「へぇ〜」


ちょっと待って。これって思考の誘導だったんじゃない? 死ぬか生きるかの極限状態で、この方法しかない、被害を最小限にってあの時の私の発想、きっとこの会話のせいだ。今考えてみたら助けを呼ぶこともできたし、結界に閉じ込めて応援を待つとか色々できたじゃない! ああ、全然冷静じゃなかったんだ、私。


あの時はたしか、マヌエラが速攻特攻! とか言ってまだこちらに何も仕掛けてきていなかった古代龍に攻撃をした。マヌエラは臨機応変に防御も攻撃もこなしていると本人は思ってるけど、どちらも中途半端。


だから、正直ブルーノと二人パーティの時の方が効率は良かった。ブルーノが押し切られて三人パーティを組んでからは、毎度毎度マヌエラの後始末をするまでがお仕事、みたいになってたからあまり深く考えていなかった。


古代龍に向かって歩き出した私を止めるフリ。二人で爆発の規模を想定して、巻き込まれない範囲で待機してたんだと思う。やけに遠かったもん!


まあ、古代龍が街に行っていたらどんな被害が出たか分からなかったのは確か。龍の体内での爆破が確実性が最も高かったのも確か。過去の文献によると、突然暴れ出した古代龍が一晩で王都を壊滅させたこともあったとか。


もし一緒にいたのが龍を怒らせるだけの仲間じゃなくて適切に戦ってくれていたら、私に立て直す時間があったら……そんなのは今となってはない物ねだりだ。そもそもこの考察が正しいかどうかも分からないし、すでに全ては終わったこと。うん。切り替えよう。


さてさて、最近のアンネリーゼは視力が良くなってきて、見える物が増えて嬉しい。赤ちゃんの視力って最初あんなにぼんやりしてるものなんだね。知らなかった。


あ、お母様だ。どれどれどんな顔して…… ん? どこかで見たことあるな。ちょっとふっくらしてるけど…… え。マヌエラ?


え? えー!  

えーっと。

嘘でしょ……。

お母様、マヌエラ……。

声が全然違ってたから分からなかった。あんなに綺麗で優しげな声、聞いたことがなかったよ。そうか、あのマヌエラが……。


驚いた状態のままそのマヌエラに抱っこされた。

「お父様は今日もお出かけですって。寂しいわね」

そうだよ。父親は誰なの? 多分一度も会ってないよね。まあ、あんまり見えてなかったけど。


「ごめんなさいね。未だにあなたのお父様はリーゼロッテの幻影を追っているの。あの子を追い求めて、次から次へと新しい女を……。赤ちゃんのあなたにこんなことを言っても仕方ないけど、私、もう諦めようと思うの。頑張ってはみたけど何も変わらなかったわ。あなたを教会で育ててもらうかどうかはまだ迷ってるんだけど、私のことを望んでくれる人がいてね。今度こそ幸せになれると思うの」


うわー、よりによってブルーノとマヌエラの娘だったとは……。あの幸せを私にもたらした人がマヌエラ。複雑だー。裏切られたような、ある種の嫌悪感のような、じっとりとした感情が私を包んだ。


まだ何か喋っているマヌエラに触れて記憶を読む。これは前世で学んだ『物に残った残留思念を読み取る魔法』を人に応用したもの。前世の私の研究ではほぼ完成していた。


相手に気付かれると拒否されたり、深部に潜れず時間設定がズレたり、諸々を乗り越えてあとは再現性が、というところでの爆散だった。人に応用する時のコツは魔力を細くして読み取ること。多分今のところ私しか使えない。私以外の研究員が使えなくて完成とは言えなかった魔法。


細く細く、無詠唱でマヌエラの中にある記憶倉庫に入り込み、私が死んだ後の時間を探っていく。


あった。


映像が見える。多分爆散直後。私と古代龍の肉片を浴びたブルーノは目を見開いたまま古代龍の下半身を見ていた。何かを言っている。マヌエラに抗議しているのかな?

 

マヌエラは首を横に振ってる。こんなはずじゃなかったって感じかな? 魔力を絞っていて声が聞こえないのが難点だ。


最大火力で爆発したリーゼロッテの体内爆弾は、やりすぎたみたいだ。かなり遠い所まで飛散してる。ただ、爆発の広がり方が不自然な気がする。中心点から円状になっていない。


あ! 古代龍のタマゴがある! ってことは、討伐対象外の個体じゃないの。


最悪。


タマゴを抱えている時の古代龍は襲ってこないのは定説。もちろん誰かに何かされたら怒って襲ってはくるけど、こちらから何もしなければ素通りしてくれる。人側も邪魔をしないのが鉄則。数が増えてほしいのは共通の願い。


それにタマゴが割れたりしたら狂ったように暴れるとも云われている。そうなってしまうと討伐するしかなくなる。まともにやり合ったとして、何人の命が失われるのか考えたくもない。そんな相手に特攻したマヌエラの気がしれないよ。


ああ、あのタマゴ欲しいなぁ。私のものにしたい。物欲はない方だと思ってたけど、すごくあのタマゴが欲しい。古代龍をタマゴから育てるととても懐いてくれると聞いた。


古代龍はある程度の魔力を注ぎ終えるとその先は放置。あとは勝手に育つらしい。タマゴに魔力を注いで育てると、その相手に忠誠を誓うのだと伝えられている。現在タマゴはとても珍しく、文献上の話だから真偽は分からない。


誰かが来たみたい。見たことのない男の人だ。ああ、驚いてる。そうだよね。惨状よね。あ! タマゴを持った。残念。私が育てたかったのに。まあ、過去の出来事を覗いているだけの私には無理なんだけどね。せめてあの男の人の顔をよく見てしっかり覚えとこう。どこかで会うかもしれないし。


ブルーノとマヌエラはタマゴには気づかなかったようで、悲劇の主人公みたいに二人で支え合って街の方へ戻って行った。


あれ? 視点が変わってる。これは、どこから見てるんだろう。こんなことは初めてで、何が起こったのか分からない。


飛び散ったリーゼロッテと古代龍だったものを魔法で集めて燃やしているみたいだ。さっきの男の人の視点? いや、それにしては低い。ああ! これタマゴからの視点だ! あの男の人が抱えたままのタマゴ。私の魔力を吸ったのかもしれない。魔力を媒介にして過去を見てるんだ、これ。


魔力を込め過ぎたのかな。それにしては爆発の規模が小さい。いや、広がり方が不自然で……うーん。タマゴが元々どこにあったのかが分からないからなぁ。


あの男の人が燃やした私たちから煙が上がっていく。


空へ、空へ。

高く、高く。


この燃やすという行為は、魂が安らぎの国へ辿り着けるように、という祈りが籠った儀式的なものだ。あの二人はそれもしないで行っちゃった。知ってたはずなんだけどな。


討伐時、どんなに大切な人でも行動不能になってしまったらその場に残していくのが鉄則だった。生死を問わず、動けぬ者は残して行く。生きて戻ってきたら救助する。すでに魂が旅立っていた体は祈りを込めてその場で燃やす。そう教わった。


だから脅威が去った後なのにそのままにして行くのって、人としてどうなのって話なのよ。しかも炎の魔法が使える上に、パーティメンバーだったリーゼロッテはあの二人を守ったのに。さも傷付いたのは自分とばかりに清浄魔法で私達のカケラを洗い落として去って行くなんて。


ブルーノが今更リーゼロッテの幻影を、なんて単なる浮気の言い訳でしょ? 無責任にも程がある。まあでも教会に連れてってくれるんならそれはそれで良いか。いや、その方が絶対良い! あの二人に育てられるのは嫌だな。まあ、ブルーノは元から育ててなんかいないけど。


そんな願いが叶ったのか、あの日以来マヌエラは私に一度も会いに来なかった。新しい侍女のデリアが世話をしてくれて、教会へ行くための荷物も用意してくれた。結局手放すのね。ある意味マヌエラらしいと思うよ。うん。


新しい侍女のデリアは献身的だった。何と言うか、快適さが向上した。特にデリアは抱っこが上手で、とにかく長く抱っこされていたくて、ベッドではなかなか眠らない私をデリアはずっとあやしてくれた。


教会に行ったらきっと二度と会えないだろうから許してね。子どもがきっとたくさんいるだろうから、思う存分抱っこしてもらえないと思うの。だから今だけはこの幸せを味わわせてほしい。


この家で過ごす最後の日、デリアが私にネックレスをかけてくれた。

「アンネリーゼ様、幸せな時間をありがとうございました。いつの日かまたお会いできたら嬉しいです。連絡先をこのネックレスに紐づけました。魔力に反応するようになっています。何かありましたらぜひお声がけください。どうかどうか、アンネリーゼ様の未来が満ち足りたものでありますように。失礼します」


そう言って、私の額に口付けた。あたたかい。なんてあたたかい魔力なの。これが祝福なのね。母性から生まれるという祈りにも似た魔法。ああ、本来こうして守られるものなのね。ありがとうデリア。あなたにこそ祝福を。どうか、素晴らしい人生を。


うっかりデリアにも分かるくらいの魔力が溢れ出てしまった。まだ加減が難しい。目を見開いて驚いたデリアは泣いてしまった。

「ありがとうございます。光栄です」

大袈裟なくらい喜んでもらえた。この人を私の『母』とする。なんてね。


おくるみに包まれた私は教会に連れて行かれ、教会長に手渡された。デリアを見送った後、教会長の顔を見て驚いた。古代龍のタマゴを持ち帰った人だ!


いつか会いたいと思っていた人にいきなり会えるなんて豪運が過ぎる。早速彼の記憶を読んでタマゴの近況を、と思ったんだけど、隙が無さすぎて難しかった。何この人、何者?


「アンネリーゼ、あなたの魂は……、いえ、流石にまだ話せませんね。話せるようになってからにしましょうか」

私は頷いて、友好の証に祝福をしてあげた。あなたとあなたの守るタマゴに素晴らしい未来が訪れますように。それと、タマゴに会わせてほしいです。


「これは……。相当の使い手だったのですね。ありがとうございます。あなたのご両親は愚かな方々ですね。ああ、そうでした。魔力量を検査させてください」

教会長が持ってきた機械に私の手を乗せると、数値を確認した教会長は笑い出した。


「あなたは本当に素晴らしい! 私の人生を変えるに違いない!」

そう言って、私を教会長の部屋へ連れて行った。その部屋の真ん中には台座が据えてあった。台の上で柔らかそうな布に包まれていたのはタマゴ。そう、その模様は間違いなくあの時のタマゴ! 


恐る恐るタマゴに手を伸ばすと、魔力が吸われた。良かった。このタマゴはまだ大丈夫。私が死んでから何年経ったのか分からないけど、マヌエラの変化具合からすると少なくとも数年は経っているはず。その間タマゴが無事だったのはあの気の毒な古代龍がかなりの量の魔力を注ぎ込んでいたからだろう。


私が魔力を注ぎ始めてから数日でタマゴが割れた。中から小さな古代龍の赤ちゃんが出てきた。綺麗な瞳。ライナル、通称ライと名付けられたその小さな龍は、嬉しそうに私に頬を擦り付ける。猫みたいだ。凄く可愛い。その日からいつも一緒だった私は、少しずつ念話で意思疎通ができるようになっていった。


ご飯の取り合い、寝床の取り合い、魔法のぶつけ合い。喧嘩と仲直りを繰り返して、それはそれは仲良く育った。知らぬ間にお互いの魔力がお互いに浸透していたとかで、ライは人の形に、私は龍の形に変われるようになった。


教会長は実験が成功したと狂ったように笑った。

「やはり器は器。大切なのは中身の方だったんだ! 私を馬鹿にした派閥の連中に一泡吹かせてやれる」


私とライはお互いに顔を見合わせた。これはマズイ。見せ物にされたくはない。私はデリアがくれたネックレスに魔力を流して、彼女の残した連絡先を見つけた。そしてその夜のうちにライと私は教会から逃げた。たった一枚の地図を持って。


古代龍の姿で未明の上空を飛び、デリアが住む街の外れに降りた。そこからは人の姿に変わり、デリアの家を目指す。早朝で申し訳なかったけど、デリアの家の扉を叩いた。早起きのデリアはもう起きていた。


扉を開けてもらった私達は家の中に通してもらうとすぐに家に結界を張った。二人がいれば大抵のことはできる。周囲からの関心が向かないように、見つけにくいようにと魔法を重ねがけした。


デリアは泣いた。

「アンネリーゼ様ですよね? 会いに来てくださって嬉しいです!」

両手を広げて私を迎え入れてくれた。ギュッと抱きしめて頭を撫でてくれた。この時の私は人の年齢で五歳。この異常な状況を受け入れてくれるデリアの大物っぷりには理由があったと後で知った。


「デリア、こちらは古代龍のライよ。私達、教会長の実験から逃げてきたの」

「まあ! 実験ですか? 何ということを……どこか逃げるアテはあるのですか?」

「古代龍の里よ。ライはそこで生まれたの。でも、その前に私はライに伝えなくちゃいけないことがあるの。デリアも聞いて」


私にはリーゼロッテという前世の記憶があること。ライの母親を巻き込んで爆散したこと。教会長の実験でライと自分の魂が混ざり、龍と人のどちらにも変われること。


「前世の私はライのお母様を殺したの。そんな私があなたと共に在りたいと望むのは烏滸がましい……離れようとも思ったの。でも、できなくて……ごめんなさい。ずっと、黙っててごめんなさい」

涙が止まらない。


「リーゼ、僕は知っていた。最初から知っていてリーゼを選んだんだ。母が亡くなった時、母はもう人の姿に戻れなかったのだと思う。居なくなったツガイを探して彷徨って、人を丸飲みした。理性の残っている龍だったら絶対にそんなことはしない。リーゼは母の尊厳を守ってくれたのだと思っている。人を食った龍は厄災の始まり。母が厄災にならなくて良かった。それに、あの時のリーゼの魔力のほとんどは僕が貰ったんだ。お陰でリーゼが生まれ変わるまでの数年間、魔力が尽きることなく過ごせた。言わば、僕ら母子の恩人だ。僕は初めて会った時からリーゼの魔力に惹かれている。魔力の質はその人の人柄そのものだ。誇り高き魔法使いリーゼ、僕の方こそ君の相手に選んでほしい」


「……ライ。私でいいの?」

「リーゼが良いんだ。それにアンネリーゼに生まれ変わるまでの時間が短かっただろう? 本来ああいう亡くなり方をしたらこんなに短期間では生まれ変われないんだそうだ。大いなる存在にも献身であると認められたのだろうと長老が言っていた」


私はライの手を取った。

「私の半身、ライナル。あなたと共に在りたい」

「僕の半身、アンネリーゼ。あなたを愛している」

ライが私の指先に唇を落とした。


花びらが舞っている。懐かしいデリアの魔力。

「お二人の未来に祝福を。ツガイの誓いを見せていただけて光栄です。幸福を分けていただけた喜びで体が震えます。私の得意な魔法が花びらを生み出す魔法だった理由が今分かりました。こんな栄誉を、ありがとうございます」

デリアが魔力で生み出した花びらはキラキラと輝き、私達を包んだ。温かい。三人とも泣きながら微笑み合った。


ライによると、古代龍の里は隣国エーレルト王国の管轄内の山にあるのだそう。デリアも一緒に行こうと誘った。

「アンネリーゼ様のお世話をさせていただけるのでしたらぜひ!」

と言ってくれた。私は嬉しくてデリアに抱きついた。


「まあまあ、大きくなられましたね。デリアは嬉しいです」

そう言ってしっかりと片手で私を抱えたまま頭を撫でてくれた。それを見ていたライは羨ましくなったのか、自分の頭も撫でて良いと言い出した。


嬉しそうに笑ったデリアはソファに座り、両脇に陣取った私達の頭をたくさん撫でてくれた。ライのお腹がグーッと鳴るまで。


デリアに朝食を作ってもらった私達は引越しの準備を始めた。デリアは大家さんに挨拶をしてくると言って出かけて行った。しばらくすると顔を引き攣らせたデリアが平静を装って家に戻ってきた。


彼女の背後には教会長が立っていた。

「さあ、帰りましょう」

「あんたには保護してもらった恩があるから殺しはしない。だがその女性は僕の大切な人の大切な人だ。傷つけたりしたら容赦はしない。分かっているな?」


ライは今までに見たこともないような恐ろしい顔で教会長を睨んだ。

「私の魔力を注いで助けてあげたのを忘れたのですか? 魔力を与えた者には逆らえないのでしょう?」

教会長はニヤニヤとしながらライを見た。私はライの前に立った。


「教会長、あなたが私と古代龍の亡骸を火葬してくれたことに感謝をしています。でも、その女性を傷付けたりしたら、あなたを許すことができなくなります。龍と人の尊厳を守ってくれたあなたなら、分かってくれるのではないですか?」


「ふん。訳の分からないことを言われても、だからどうしたとしか言えませんね。二人は私の作品です。世の中を変えられるんです! 大人しく言うことを聞いた方が賢明ですよ? 魔力を与えた者に忠誠を誓う性質があるのですから」


「どこで聞いた伝承なのかは知らないが、その話は間違っている。龍は忠誠など誓わない。我々は気に入った魔力以外は取り込まない。だからあんたの魔力は一切貰っていない。僕が選んだのはリーゼだけだ」


「私の方が先に親以外の魔力を与えたはずだ!」

「リーゼが最初なんだ」

「その小娘が生まれる前の話ですよ?」

「前世の私はあなたが古代龍のタマゴを回収した時に周囲に散らばっていました」


「前世? まさか、あの時の……。爆散した魔法使いがいたとの噂はあったが、それか? まさか! いや、そういうことか……。分かりました。あなたがいたから我々は助かったと言っても過言ではありません。タマゴを抱えた古代龍にちょっかいを出した奴らのせいであの古代龍、カルラは理性を失いました。タマゴを抱えた龍を怒らせるなんて、新たな古代龍の誕生を待ち望んでいた私には許し難い行為でした。いつものように観察に行った時、カルラが下半身を残して無数のカケラになっていたあの衝撃は、今もまだ夢に見る程です。あの時すれ違った男女がやったのだと思っていましたが、まさか犯人が一緒にあそこに散らばっていたとは……しかもそれがあなただったとは……」


教会長はデリアを拘束していた手を離した。

「私が火葬したのはカルラです。カルラの仇であるあなたではありません」

「それでも私は嬉しかったのです。感謝しています。あなたに祝福を。永久にあなたの未来を光が照らしますように」


「……あたたかい。何という崇高さ……まるで包み込まれているようだ……犯人などではないということなのか……」

教会長は目を閉じて泣いていた。溢れ出る涙もそのままに。

「……分かりました。あなたたちのことは諦めます」


「ねえ、ライ、教会長も里へ連れて行くのはどう?」

私はライにだけ聞こえるように言った。

「いいよ。ちゃんと働いてくれる人なら大歓迎」

ライと私はクフフと笑い合った。


「教会長も一緒に行きましょう」

「え? どこへですか?」

「古代龍の里だよ。場所を知られると困るから、行ったら今の生活には戻れないけど。一応あなたは恩人だから」

「そうだ! なぜカルラは安全であるはずの里を出ていたんですか? って、そんなこと分かるわけないですよね」


「過去を探ってみましょうか?」

そんなことができるのか疑う教会長を連れて、リーゼロッテが爆散したあの場所に転移した。デリアは家の引き払い作業を続けている。


「始めます」

私は魔力でカルラさんの過去を探る。様々な光景が飛ぶように見えた。

「なるほど。カルラさんは旦那さんを探しに里を出たようです。タマゴが生まれた時には旦那さんは里の外にいて、タマゴに魔力を注いで貰いたかったカルラさんは里を出た。お二人の初めてのお子さんだったようです。その後、旦那さんの気配が消え、失った衝撃に耐えられず龍の姿になってしまったカルラさんは、徐々に心を……」


「……そうでしたか。恐らくその古代龍は国境付近で討伐されたあの龍に違いありません。その龍が死ぬ間際に『カルラ』と言ったのです。私が山で見つけた、タマゴを抱えた古代龍を試しに『カルラ』と呼んだら興味を示したので、あの龍こそがカルラだと……」

教会長は 寂しそうに何度か頷いた。


ライは深いため息をついた。

「やはり僕の父親も亡くなっていたのか。あの時タマゴの中から見えたあの光景。母の魂を迎えに来て共に消えたあの男性が父親なんじゃないかと思っていた。ならば尚更里に行かなきゃならない。僕らには子に伝える為の十分な知識がない。ましてや人の魂と混じった僕はどうすべきかも分からない」


「! それは、すまなかった。興味本位で君たちの人生を……」

「終わったことだ。いずれ里を出ることになってもリーゼと二人なら僕は……」

私はライを見つめて微笑んだ。彼と手を繋ぐ。教会長に視線を移して話しかけた。


「あの、里の様子を見たんですが、人と共存しているようです。今我々が住んでいるこの国との交流はなさそうですが、エーレルト王国とは交流が盛んなようでした」


ライが答えた。

「この国の者は古代龍を討伐の対象にしているけど、隣国では信仰の対象だから扱いが全く違うみたいだよ。古代龍の長老に念話でデリアを連れて行くことも了承を貰っている。教会長、あなたはどうしたい? ソルムン教への信仰を捨てることができるなら、連れて行ってもいいよ」


「ライ、私が教会長の記憶を読んで確認してもいい? 嘘かどうかちゃんと分かるよ」

「そこまでしていただかなくても答えは決まっています。私は今すぐ信仰を捨てることはできません。そんなに簡単なことではないのです。それに私の居場所を探られて古代龍の里に何かがあったら責任が取れません」


私はライを見て頷いた。

「そうか、ではこれでお別れだ。タマゴを保護してくれたこと、感謝する」

「私の亡骸を火葬してくれたこと、ありがとうございました」


カルラを弔いたいと言う教会長をその場に残して、私達はデリアの家に転移した。

「念のため、たくさん転移してどこから向かったか追えないようにしよう」

「デリアの荷物は、これで全部?」

「はい。本当に大切な、替えの効かないものだけにしています。あと、新品をいくつか用意しました。追跡防止で教会長の魔力が付いた物は焼却処分してあります」


「さすが」

「恐れ入ります。まさか彼が押し掛けてきてあんな事を言うとは思ってもいませんでした」


「よし、じゃあ早速移動を始めよう。キツかったら無理せず言ってくれ。そこから空路に移るから」

三人で顔を見合わせて頷くと、手を握り合って転移を繰り返す。あまりの速さに、景色が飛び交って滲んだ。


真っ先に音を上げたのは私だった。

「ごめん、もう無理」

眩暈がする。景色が変わり過ぎたせいか目がチカチカする。

「じゃあ、そろそろ飛ぼうか。デリア、リーゼを抱っこして僕と手を繋いで」


三人はライの魔法で空へ上がっていく。雲の上まで出ると、まるで雲の上を滑るように移動し始めた。

「こうすると良いって教えてもらったんだ」

ライは少しはにかんでそう言った。


空はどこまでも青く、雲が足下に広がっている。

「雲の下は雨なんだ。ほら、雷も鳴ってる。こうして気配を消して移動するんだって。ほら、お(やしろ)が見えてきた。あそこから入るんだよ」


「ようこそいらっしゃいました」

お社で私達を待っていた男の人が挨拶をしてくれた。彼の案内で下って行くと数匹の古代龍が集まっている部屋に出た。私はカルラを思い出して恐怖心が蘇り、私を抱っこしているデリアに縋り付いた。デリアは初めて見る古代龍に畏怖を感じたのかライの手をぎゅっと握った。


その奥で玉座のような椅子に座っていたのは人だった。

「よく来た。若き龍人のツガイよ」

私達三人は跪いて恭順の意を示した。

「その方ら三名を歓迎しよう。ただ、ここでは十六歳までは男女は別々に学ぶ。ツガイの試練を乗り越えて晴れてツガイを名乗れる日までお互い精進するがいい」


彼が手に持っていた笏で床を打つと、数名ずつの騎士と侍女が私達を取り囲んだ。いつの間にか室内の龍はいなくなっていた。ライは私を見つめて胸に手を置いた。私も同じ動作をすると、彼は安心したように騎士と移動して行った。その背中を見送ってから、私達も侍女と移動した。


まずは体作りからと言われて鍛錬が始まった。体術や柔術、貴族としてのマナーやダンス、エーレルト王国や周辺諸国の歴史と語学、権謀術数まで学んだ。その間デリアとは別。デリアが何をしているのかは分からないまま過ごした。自分のことは自分でするのが当然なんだそうだ。


十年が経ち、初めてここに来た時の倍近い大きさに成長した私は、両親に似ることはなく、リーゼロッテの娘と言った方が自然な外見に育った。


どうも私はリーゼロッテの頃から龍人だったらしい。そもそも龍人は魂の問題で、生まれ変わっても見た目があまり変わらないのだそうだ。龍人は遺伝ではないが龍人が産む人は龍人であることが多い。


つまり、ライと魂を分けあったから龍人になったわけではなく、最初から龍人だったということだ。龍人として学び、鍛錬を積むことで魔力回路が十分に開く。龍人としての性質が馴染み、覚醒した龍人になると全ての龍の力が使えるようになる。魔力制御が格段に上手くなった。


覚醒する前の龍人、いわば未完成な龍人は世界のどこかで何度か生まれ変わるうちに、必ずここに辿り着くのだそう。そう、私みたいに。それまでは完全な龍の力は封じられているのだそうだ。それで大きな魔法の制御が難しかったのだそう。


この里では龍(人には変わらない)、龍人(龍にも人にも変われる)、人(龍には変わらない)が共存している。龍と言うのは、ツガイを亡くした方々。ツガイの片方が亡くなると、もう片方は人に戻れなくなるのだそうだ。ただほとんどの方が理性を保っている。


また、例え同じ親から生まれても持っている魂によって龍人になるか人になるかが決まる。兄弟姉妹なのに似ていなかったり、私みたいに親に全然似ていなかったりもよくあるのだそう。


ライのようにタマゴから生まれるのは覚醒した龍人の間に生まれた子だけなのだそうだ。人のまま生まれてすぐ、自らをタマゴで保護し、十分な魔力を得られるまで何年でもタマゴのまま過ごす。エーレルト王国の庇護下に入るまでは数多の悲劇があったと習った。


その中でも龍の状態でタマゴから生まれるのは、危険な状態にあったタマゴ。人よりも龍の方が命を落としにくいためだ。安全を確信し、本人の意思がないと人の形にはなれないのだという。


龍人の魂を持つ者は世界中で生まれることが分かっている。バラバラに生まれるのに一族とも言える程似た風貌を持つ者が一定数いる。理由はまだ分かっていない。


私が爆散するのに使った『カイディン』という呪文は龍人のとある一族に伝わるもので、本能的に使っていたと知って青褪めた。知らないって恐ろしい。凄い威力を付与する呪文なのだそうだ。


龍人が使う魔法はそもそも威力が強くなりがちで危険だから、呪文は余程の時にしか使わないのだそうだ。今日、その一族の方と会うことになっている。早く色々知りたい。知らないまままた危ないことをしてしまうその前に。


部屋に通されて、その一族の人を見た途端、初対面なのになんだか懐かしいような不思議な気持ちになって、涙が込み上げてきた。

「お会いできて、嬉しい、です」

涙交じりに伝えると、私によく似たその人たちは目に涙をいっぱい溜めて力強く頷いた。


これからは何かあってもなくても頼りにしてほしいと伝えられ、順に抱擁を交わしていく。嬉しさと安堵感で涙がポロポロと零れ落ちた。自分の居場所を見つけたような、本当の家に帰ってきたような、不思議な感覚だった。


一頻り泣いて、落ち着いた私にこれから何をするのかが伝えられた。たくさんいる龍人の中から、ライを見つけるのだそう。『ツガイの証明』という儀式で、お互いにちゃんと見つけることができたら晴れて共に過ごせるようになる。


龍人の出産は命懸けなため、若い二人の身体がちゃんと育つまでは隔離しておき、男女別々に教育を受ける。覚醒した龍人だけがその儀式を受けることができる。これはお披露目とお見合いを兼ねていて、この儀式で選んだ相手との婚姻が推奨されるらしい。


龍人にはツガイという特別な誰か『一人』が必ずいるのだそうだ。性別が同じ者が『一人』の場合もあるし、人としての年齢がかなり離れている場合もある。


ツガイになって未来を分け合った後、片方が亡くなるともう片方は龍になり、人には戻らなくなる。正気ではいられなくなることが稀にあるそうだ。それだけの重い選択。少しでも違和感があったら選んではいけないとも言われた。


特に若いうちに死に別れ、ましてや最初のタマゴを抱えていたとなると、災害クラスの龍になっただろうと伝えられた。きっとカルラさんのことだ。生涯ただ『一人』のツガイ。その重み。


エーレルト王国では遥か昔から龍人の価値を知っていて、龍人を尊重し快適に暮らせるよう支え、尊厳を守ってきた。龍人は長寿で知恵の共有ができ、律儀で義理堅い。豊富な魔力を持ち、この世の全ての魔法を使える。ただ、ごく稀に厄災と化す、人知を超えた存在。


恩返しも兼ねて、ほとんどの龍人は王国の至る所で働いているのだそう。恩返しとはいえ給料もちゃんと出る。祖国の教会とは待遇が雲泥の差のようだ。全体的にエーレルト王国の方が成熟している印象。


さあ、儀式の時間だ。女性は全員仮面をつけて、同じ仮面をつけた男性が集められた部屋に入る。見た目だけでは性別は分からない。龍人は人よりもかなり寿命が長いので、幅広い年齢層の者達が一緒に儀式を受ける。自分にとっての『一人』がいつ現れるのかは誰にも分からない。


今回は男女合わせて大体五十人くらい。

その中からどうやってライを見つけるのか。


自身の心の声を聞くことができれば自然と分かるのだという。ただ、念話は禁止、直接触れるのも、香りを嗅ぐのも禁止。全員魔力が漏れ出ないマントを羽織っている。


気になった人の胸に付けられた番号をしっかり覚えて係の人に伝える。何度も何人も繰り返し見た。その中のたった一人だけが私の感情をかき乱す。他の人とは明らかに違う。


私の『一人』は彼だ。


お互い指名し合えた二人は別室に通され、そこで仮面を外す。指名し合えなかった人達は別室でお見合いに移行。どちらの場合も必ず顔を合わせて吟味するらしい。私の名が呼ばれ、部屋の扉を開ける。中には係の女性と一人の男性が待っていた。


お互いに成長しているし、体格からはライかどうかは分からない。でもきっとライだ。彼の魔力を感じて胸が高鳴る。懐かしい魔力に涙が込み上げてくる。


もし仮にライじゃなかったとしても、きっと私はこの人を愛す。欠けていた何かが埋まるような、この人に出会うためにこの世に生まれてきたような満ち足りた気持ち。確信した。彼だ。


「では、仮面を外してください」

係の人の合図で仮面を外す。お互いに成長しているからか、正直見たことのない人。でも面影はある。

「はい、お名前を伝え合ってください。そちらの方からどうぞ」


「ライです」

「リーゼです」

涙が後から後から溢れ出てくる。私はライの胸に飛び込んだ。

「会いたかった」

「僕も」

ライが涙声で、胸が痛い。やっと、やっと。


ああ、胸がいっぱいだ。私の涙をライが指で拭う。泣き笑いのような顔で見つめ合った。

「では、こちらの部屋へどうぞ。今後の説明をさせてください」

頷くことしかできなかった私達はしっかりと手を繋いで案内人の後をついて行った。


これからの就職のこと、二人の生活のこと、私達の希望を優先する形で未来が決まっていく。ずっとライが手を繋いでいてくれる。霧のように心を覆っていた不安が薄らいでいく。


お互いの分析評価を見せられた。どんなことに適性があるのか、どういう性質を持っているのか。成績表を見るとライも頑張っていたんだと嬉しくなった。


私の両親の調査報告も入っていた。あれから母マヌエラは後妻として嫁いだが子は授からず、家政を取り仕切ることも上手くいかず、ある日フラリと家を出て行方知れずになった。国境近くのギルドで雇われ、つい先日魔獣討伐中に命を落とした。


父ブルーノは内縁の妻同士のいざこざに巻き込まれてかなり前に亡くなっていた。内縁の妻は誰も子を宿すことはなく、あの二人にとっての子は私だけのようだ。二人とも龍人ではなく、何らかの縁があって私が生まれたのではないか、との見解が追記されていた。


恐らく前世の因縁だろうと私は考えた。でもここで語る必要はないと思う。個人が龍人を死に追いやるなんて大変稀有なことだろうし、語る必要ができてからでいいと思った。


「お二人と一緒に里に入られたデリアさんは現在エーレルトの王都にいらっしゃいます。面会の手続きをなさいますか?」

「ええ。ぜひ! お願いします」

デリアに会える喜びで胸がいっぱいになった。


後日、王都にある施設の面会室に呼び出されたデリアは一人ではなかった。教会長と教会長によく似た男の子を連れていた。


「アンネリーゼ様、ライ様、ご立派になられて。この度はおめでとうございます。会いたいと言っていただけて光栄です」

デリアはポロポロと涙を零し、私達を慈しむように見つめた。教会長がハンカチを取り出して渡した。受け取ったデリアは愛おしそうに教会長を見た。


私達はソファに座った。デリアの息子さんは挨拶を交わした後、子供用の部屋で待っていてもらうことになった。教会長は俯きがちに話し始めた。


「私はデリアを頼ってエーレルト王国に亡命したのです。あの頃の教会は二派に分かれていました。龍人様を支配して利益を生み出そうとする享楽的な一派と、龍人様を畏れ敬い隷属的な状況から解放したいという考えを持った我々です」


デリアは里で数年学んだ後、長老の許可を得て教会長に会いに行った。古代龍と龍人の関係をデリアに教えられた教会長は自身の愚かな行為を恥じ、信仰を捨てる決意をしたのだそう。元々二人は同じ派閥の同志だった。私に会う前からの繋がりだった。泣きながら話す教会長を慈愛の籠った眼差しで見てから、デリアは話し始めた。


「ある日マヌエラ様がアンネリーゼ様を連れて教会を訪ねていらっしゃいました。娘の顔が数年前に亡くなったリーゼロッテ様にそっくりなのだが何か分かるだろうかと。龍人様は魂で見た目が決まっていることは我々の間では知られたことでしたから、すぐに龍人様の生まれ変わりだということが分かりました。理由をお伝えして、育てるのがお辛いのでしたらとマヌエラ様に願い出て、アンネリーゼ様の侍女として働かせていただいたのです」


まさかマヌエラがリーゼロッテの生まれ変わりだと知っていたとは……。理由を知った後は流石に慈しむことはできなかったんだろう。


「マヌエラ様はブルーノ様と話し合いを持ちたかったようですが、生まれたばかりのアンネリーゼ様にお会いになった時、『リーゼロッテ……』と呟かれて以来外出が増えたそうで、結局その願いは叶いませんでした。仲介人を入れて離縁された後、どうなったのかは存じません」


ブルーノにもリーゼロッテに見えたのね。罪の意識が少しはあったのかしら。マヌエラも、リーゼロッテに似ていると思いつつも育ててくれたのかしら。二人とも亡くなった今となってはもう分からない。最期の場所が分かれば過去を探ることはできるけど……。


「こちらがブルーノ様の指輪、こちらがマヌエラ様の腕輪です。侍女の仕事を辞めた時に分けていただきました。アンネリーゼ様にご両親の何かをお渡ししたくて、ずっと持っていました。里へ向かっていた時には機会を逸してしまいまして、お渡しするのが遅くなってしまいました。どうぞ、お納めください」


「心遣いをありがとう」

再会を約束してデリアと別れた。私は自室で二人の過去を探ってみた。時間を私が死んだ後しばらく経ってからに設定してまずは指輪から。


「リーゼ、なんであんなことに……まだまだ役に立ってもらうつもりだったのに、一度きりの魔法をあんなに躊躇なく使うなんて。俺たちの判断は合っていたのか? リーゼを生かしておいた方が良かったんじゃないのか」


ブルーノは同じことを何度も何度も考えている。リーゼロッテに詫びる気持ちよりも、死んだ途端にブルーノの快適だった生活が一変し、満たされない心を抱えて鬱屈としてばかりいる。リーゼロッテと過ごすのがそんなに快適だと思っていてくれたんだと知って少し嬉しかった。不思議なものだ。


マヌエラは私が死んだ後、ブルーノを騙すような形で婚姻を結び、私を産んだ。生まれた赤ちゃんが両親のどちらにも似ておらず、爆散したはずのリーゼロッテに見えてくる。愛しい我が子のはずなのに愛しきれない。思い余って教会に私を預けたものの、マヌエラは我が子を手放したことを後悔している様子だった。


私が幸せだと思っていたあの時間は、マヌエラにとっても幸せな時間だったのかも知れない。改心したのか、何を考えていたのかまでは分からなかった。


数年後ライと結婚した私は、あの時の幸せを与える側の立場になった。マヌエラもこんな風に私を育てていたんだろうか。


「リーゼ、どうした? 何か心配事?」

ライの腕の中で、生まれたばかりの私たちの赤ちゃんがスヤスヤと眠っている。彼は心配そうに私を見た。

「赤ちゃんの頃、デリアや母に抱っこされてたのって幸せだったなぁって思って」

「僕でよかったら抱っこするけど?」

「じゃあ今度してもらう」

顔が熱い。だんだん恥ずかしくなってきた。ライも顔が赤い。思わず目を逸らすと、顎に手を添えられて唇を奪われた。


ライは悪戯が上手くいった時みたいに笑った。

「愛してる」

「私も愛してる」

そう言って彼を見つめると、彼は視線を逸らした。その後、少し拗ねた様にこう言うのだ。

「知ってる」






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