9 アーシェ⑥ 神経がいっしょこたになってるっていうか……
全ての事後処理を終え、へとへとになって寮のソファに座り込む。
「うぅん、妬けちゃうなぁ」
「やめて」
「ナニ抜かしてんだデカパイが」
事件の解決と校舎の破壊という報告は、まぁ素直に褒められる訳ないよね。
生徒会長だけでなく教師陣にもこっぴどく怒られた私とカルロは、同じような顔でメアリィを睨む。
「ツーカー? 連理之枝? んもぉう、ほんとにびっくりのピッタリコンビネーションだったねぇ」
「彼女じゃないが、歴戦のコンビのような動きだった。一体どういう感覚だったんだ?」
クレイトンの質問にも答える気が起きない。
なんというか、本当に嫌々の策だったのだ。
それをこうも持ち上げられるのが、こう、ぞわっとくるのだ。
「拡張連携機能。すごいね」
あれ、初めてノルンに話しかけられた?
若干戸惑いながらも、ようやく答えられる言葉が回ってきた。
「フォトン係数が近いものになってた。関係ある?」
「ん、なに言ってんの?」
あ、カルロと意見が被りかけた。危ない危ない、口にすればまたからかわれる所だった。
それより、ノルンって実は賢いの?
「人それぞれフォトンの質は違う。それを分かりやすく数値化して組み込むのがフォトンギアだ。
だがDNA同様、質は一人一人違うものの筈だ。他人同士で似通うことがあるのか?」
クレイトンが唯一その話についていっていたが、やめてほしい。
私は成績優秀者だと自信を持って言えるが、教科書を越えたことは詳しくはないのだ。
「きっと特化端末が変えた。二人のフォトンの性質を」
「両者の異なるフォトンを一つに吸い上げて、繋いだ、ということか?」
「さぁ?」
「いや、さぁって。君が言い出したんだろ」
「他に。説明できない」
ノルン相手に会話でころころ振り回されるクレイトンは面白かったが……自分が知らない自分のことを考察されるのって、なんか嫌だなぁ。
「ねぇどうなのカルロ君? いがみ合う振りして実はぁ?」
「おいヴォルテラ! 飯まだか、早くしろぉ!」
メアリィの追及から逃れる為にカルロは叫ぶが、ヴォルテラは無視を決め込んでいた。
余計なことを言って関わりたくないからだろう。
「アーシェちゃんも、実はぁ」
メアリィは水を得た魚のように、ここぞとばかりに恋愛脳を発揮する。
あんまりにもからかってくるから頭でも叩いてやろうかと思った寸前に、
「アーシェ、手伝ってくれ」
「え、私?」
黙々とキッチンで働いていたヴォルテラが、自分の名前を呼んだ。
まぁ、これ幸いにと彼女から逃げるように彼の元へ向かう。
……なにメアリィ、その意味ありげな視線は?
「その、私あんまり料理得意じゃないんだけど」
「サラダを盛りつけてもらうだけだ。あと味見」
「あぁ、それなら任せて」
特に後者は得意だよ。そう言うと、ずっと仏頂面だった彼が薄く笑った。
「今日は何を作るの?」
「鶏の揚げ浸し、ピラフ、あとは簡単なスープにでもしようかと思ってるが」
「あ、私ピラフ好きー」
「ん、了解」
彼は用意していた米を増やそうとしていた。
うーん、催促したみたいで申し訳ないなぁ。まぁ楽しそうだからいいんだけど。
香辛料で下味をつけていた鶏肉に衣をつけ、温めておいた油に投入する。
沸き立つ香りにお腹が鳴りそうになった。
揚げ物の音っていいよね、こう、それだけでお腹空くっていうか。
「蒸し返して悪いが」
「揚げてるけど?」
「飯の話じゃない」
菜箸で肉と肉が引っ付かないように上手く分けながら、ヴォルテラが口を開いた。
「カルロとのあの連携。見事だった」
「むぅ」
彼まで言ってくるとは思わなかった。
ただ、茶化すというより、むしろ淡々と言う彼の称賛だった。
……それなら、まぁいっか。
「正直に言う。あの動きは常軌を逸していた」
「そ、そんなに?」
「目で追うのがやっとの奴の移動を予測して、PAを仕込むなんてありえない。しかもあの変則的な飛甲脚と、カルロの読めない動きに合わせて、だ。尋常じゃない」
「……あれは私の力じゃなかったよ。でも、カルロのものでもない」
彼のお褒めの言葉は嬉しいが、素直には喜べなかった。
あれの感覚は、努力で簡単に補える領域を簡単に踏み越えていく。
反則に近いものだった。
「拡張連携機能が私たちを助けたの」
「そうか」
知り合って間もない人なら、そんなことないよ、と機嫌を伺うために言ってくるのだろうか?
使ったのは君だよ、とかもありえそうだ。
でも、彼のそういう素っ気なさの方がむしろ落ち着く。
「カルロの息遣いとか、血の巡り、感覚、痛み、力の掛け具合、考えがね、すっと私に流れ込むの。
指示するっていうか、電波で伝わるとかじゃなくて、すでに伝達は終わってる状況っていうか、神経がいっしょこたになってるっていうか……
多分だけどね、あいつもおんなじ感覚だったと思う。……ま、聞いてないけど」
長々と、自分にしか分からないことをぽつぽつと続ける。
「共鳴?」
「あー、近いかも。あれは、私だけじゃ引き出せない」
深みに嵌れば抜け出せない、そんな中毒性すら感じる力だった。
あの瞬間に訪れた全能感は、私の記憶のどこにも経験したことのないものだった。
「ちょっと、怖かったかな」
「そうか」
彼は小皿に入れたスープを手渡してきた。
シチューにも似た優しいミルク風味に、根菜の甘みが溶けだしているようだった。
「美味しいよ」
小皿を返すと、彼は頷いてそれを受け取った。
彼の横に置いたタイマーが音を立てて、揚げ時間の終了を告げる。
手早く箸でバットに移し油を切る。彼の動きには無駄がなかった。
「『舌デ転ガス刃ナシ。肉刺ニ足リウル腕ナシ』という、俺たちナギン族の教えがある」
茄子や色味の強い野菜を揚げながら、彼は続けた。
「降って湧いた力はただの借り物。お前がこれまで鍛えてきた剣と、磨いてきた銃に勝るものはない」
それは、なんとも武の民らしい意見だった。
菜箸を持つゴツゴツした手は、アーシェ以上に荒れ、肉刺だらけなのだろう。
「だから、気にしなくていい」
「ありがと」
今日が揚げ物でよかった。
油の跳ねる音は大きくて、私の声はキッチンにだけで留まったから。
「それから、後で説教な」
「え、なんで!?」
くどくどくどくど……
私にしか見えない位置でにやにやするメアリィが、とても鬱陶しかった。




