7 ヴォルテラ③ 助けたいって思ったら、あいつら仲良くなるんだな
アーシェは二つのフォトンギアを抜き出し、展開。
青いフレームの片手剣を右手に、黄色フレームの片手銃を左手に装備した。
「ほぅ、二丁持ち(ダブルアーム)か」
「種類の違う武装なんて、珍しいねぇ」
ガルム社製片手剣、スラッシュⅠ(ブルーモデル)。
誰の手にでも馴染む汎用性の高い人気モデルだ。機械的な細身のブレード、グリップには銃爪が取り付けられており、従来通り。
ガルム社製片手銃、スウィフトⅡ(イエローモデル)。
軽さと射程、そして取り回しのし易い形状は玄人も好んで使用する人気の高いモデル。
どちらも安定さに定評のある老舗メーカーが扱っている武装だ。
アーシェの立ち回りが少しだけ想像できた。
対して、カルロはカード型のフォトンギアを特化端末にセットして展開する。
すると、訓練着の上から膝下までを覆うブーツが生まれた。
まったく知らない武装だ。
「飛甲脚の方が珍しかったねぇ」
そういうモノがあるのか。
さすがアルマだ、知らないことが多すぎる。
甲殻類の脚みたいな形をしていて、あれで蹴られればかなりのダメージになるだろうな。
「二人とも、アーマーの準備は?」
「問題なしっ」
「これで、完了」
特化端末を弄る二人が操作を終えると、青白い光が彼らを足元から覆った。
その光はフォトンの力であり、全身を守る防具のようなものとして役割を持つ。
対人戦闘ではもっぱらこの機能が使われる。
戦闘端末ならどのモデルでもついている、安全装置のようなものらしい。
この数値がゼロになれば勝敗の合図、ということだ。
キュッと顔を引き締めているアーシェ、軽く跳んだりしているカルロ。
戦いの前でも対照的な二人だ。徐々に緊張感が高まっているのが分かる。
「では、始め!」
クレイトンの合図と共に、突っ込んだのはカルロ。
驚異的な速さの跳び蹴りだったが、予感があったのだろう。
横っ飛びで躱すアーシェがその背に片手銃を向ける。
撃ちだされるフォトン弾は、実体のないゴム弾と言い換えてもいい。
アーマーがあるとはいえ当たれば昏倒してもおかしくない。
カルロは着地と同時に体勢を変え反り返って躱す。
柔軟な体に、観客のメアリィやクレイトンが「おぉ」と漏らす。
カルロは躱した瞬間にまた接近する。
足払い、蹴り上げ、足刀、回し蹴り、後ろ回し蹴り、連続して放たれる曲芸染みた蹴りは、古い武術を髣髴とさせた。
剣で対応するアーシェだが、手数の多さに押され気味で下がっていってしまう。
ついに一発もらってしまい、彼女は大きく後ろに吹き飛ばされてしまった。
両者の間に距離が生まれてしまう。
「来るか?」とクレイトンが展開を予想。
「だねぇ」とメアリィが同意した。
流れが動いた瞬間であった。
ここからが攻性フォニマーの戦いだ。
カルロが大きく一歩を踏み出した。彼の足元が青く輝き、ソレが発動する。
初めのスピードが、可愛く思えるほどの速さだった。
一呼吸の内に間合いを詰めたカルロは、再び蹴りの乱舞を舞い始める。
それを、空中で。
「なんだあのPA?」
浮遊しながら蹴りを放つ。
見えない壁みたいなものを蹴って左右でかく乱したり、アーシェの頭上を越えて背後に回り込んだり、重力を無視した動きに彼女は防戦一方だった。
「加速しているのは分かるが、浮いている?」
「最新鋭っぽい武装だもんねぇ、メアリィ分かんなぁい」
二人に助言を請おうと思ったが、知らないみたいだった。
「放出系PA、火央遊天。
飛甲脚固有の技、足元からフォトンを放出して浮いてる」
知っていたのはノルンだった。
流暢に説明する彼女は、テキストを読んでいるみたいだった。
「わぁ、ノルンちゃん物知りぃ」
「コストの高そうな技だな。他に合わせられるモノはなさそうだが」
二人も知らなかったようだ。
「飛甲脚は「飛翔」に特化させた技を組む前提の武装、汎用性に欠ける。
だから他の技を組み込むメリットは少ない」
「そ、そうか」
クレイトンの困惑は、そのままノルンに注がれていた。
彼女がここまで流暢に喋るのは初めてだった。その急変振りは俺だって気になっていた。
しかし今はアーシェだ。
彼女はなんとか膝をつかないようセイバーで防いでいるが、このままではジリ貧だ。
打開策、つまり彼女もPAを繰り出すしかない。
「邪魔ぁ!」
蹴られまくったことで怒りに達した彼女は、強引にセイバーを振り抜きながら銃爪を引いた。
伴って光るフォトンの輝きが訓練室を揺らす。
放出系PA、風撫。
ブレードに纏ったフォトンが、刃の軌道に合わせ無形の衝撃波として放たれる。
かまいたちに似た攻撃に、カルロは浮かびながら下がった。
離れていたこちらの前髪を揺らす程の風圧。彼には耐えられないものだった。
そして再び生まれる距離。
今度はアーシェから動いた。
片手銃に取り付けられたレバーを素早く切り替えたのが見えた。
離れたカルロに向けて発砲。距離を更に空けながら躱し、フォトン弾は壁や天井に着弾した。
「そんなチョロい攻撃がオレに当たると思ってんのか?」
「いいえ、これからよ」
次に飛び出したのはアーシェ。
その速さは最も基本である生体系PA、疾流によるもの。
脚力を増した移動術は、瞬く間に両者の距離を詰めていく。
そしてアーシェが、跳躍。
天井を踏みつけた彼女の動きは不可解過ぎて、この場にいる全員が疑問に駆られる。
だが、落下の速度が尋常じゃなかった。
カルロと同等の速度で落下し、今度は別の足元や壁を踏みつけて更に加速していく。
足元にバネでもついたのか、という速さに、今度はカルロが翻弄される。
放出系PA、跳条。
プログラミング通りに性質を変えられる、それがフォトンだ。
今しがた撃ったフォトン弾は、着弾と同時にその場に染み込み、弾性を生む。
彼女の不可解な移動は、先ほど撃ったフォトン弾の着弾点を渡っていたのだ。
トランポリンからトランポリンへ移動するアーシェの動きは、最早ピンボールにしか見えない。
目で追えない速さ。
アーシェ自らが弾丸となりカルロの視界から外れた。
死角から放たれたブレードが、彼の腹に叩き込まれた。
「よしっ!」
「こんにゃろうがぁ!」
やっとこさ一撃を叩き込めたアーシェ。
遠くに吹き飛ばされ、えづくカルロ。
特化端末で確認してみれば、互いにバリア値が大きく下がっている。
もうすぐ決着だと思った、その直後だった。
『十一番隊、緊急任務だ』
各自の特化端末から通信が届き、強制的に会話モードにさせられた。
「兄さん?」
覚えのある声に、身内の眼鏡が反応を示す。
『今すぐ一般棟、空き教室Bに向かってくれ。攻性科の生徒が喧嘩をしている』
「いや、上級生に任せればいいじゃないか」
『君たちにしか出来ないことだ。一般生徒からの目撃情報だから、被害が拡大する前に急行してくれ』
そして一方的に通信が切られてしまった。
説明が最小限すぎるが、そういう物なのか?
「おいデカ乳、窓開けろ!」
「え、窓?」
カルロが急に叫んだ。
誰のことか、何のことか全く分からなかったが、自覚があったらしいメアリィは言われた通り、壁かけのコントロールパネルを叩き、訓練室の窓を開いた。
「おいカルロ、何をするつもりだ?」
勝負を突然止められ怒り出すかと思ったが……急に屈伸を始めるカルロに、こちら側は訳が分からない。
「ザコ生徒がやべぇんだろ? そして生徒会長サマ直々の依頼なんだ」
開いた窓に向かって飛び込んでいくカルロ。飛甲脚が光を発しながら目の前を通り過ぎていった。
「お先ぃ!」
全開にまで開けられた強化ガラス。
風が吹きつけてくるのを気にせず、カルロは15Fもの高さから飛び降りたのだった。
「オメェらはちんたら走って来いよぉ!」
突然のことに呆然とする面々だったが、唯一行動を止めない者がいた。
「抜け駆けなんかさせるもんですか!」
アーシェがそんなことを言いながら、特化端末を素早くタップ。
『アンカーモード』という謎の音声のあと、彼女は開いた窓へ腕を伸ばす。
滑空しているカルロに向かい、特化端末を再びタップ。
その直後、フォトン特有の青白い光がワイヤー状になって飛び出し、一直線に伸びる光がそのままカルロの飛甲脚に絡みついた。
「先に行って対応しておくから、すぐに来てね!」
「待ってくれ、君まで何を」
「被害が出てからじゃ遅いから、行くね!」
そのワイヤーを使って彼女は窓から飛び降りた。
「なんじゃあこりゃ!?」と驚愕する赤毛が夕日と重なり、どこか眩しい。
「あれぇ、かなりカルロ君が危ないよねぇ」
「お、持ちこたえて、おぉ着地した。凄いな」
声は聞こえないが、カルロが怒鳴り散らしているのは見えた。
しかし二人はすぐに校舎の方へダッシュする。
さっきまで戦っていたのに、一般生徒が危ないと分かるや否や二人は喧嘩を止めて最短距離で飛び出した。
アーシェの方は後で言ってやりたいことはあったが……
「助けたいって思ったら、あいつら仲良くなるんだな」
「ヒーロー、みたい」
似たようなことを思ったノルンが、久々に口を開いて同意してくれた。
一目散に人を助けるメンタルに切り変われる。アーシェの方は知っていた。
それがまさかカルロもだとは思いもしなかったが。
さて、呆けている暇はないな。
「俺たちも行くぞ」
当然エレベーターで、だ。開いた窓を閉めた後、暴れ馬を追うために駆けだす。
用語説明
PA
武器にあらかじめプログラミングしておく、攻性フォニマーの技。
普通に切りかかる以上に強い効果の物が多いが、複雑なプログラムはコストが大きい。
アーシェはオーソドックスなものを幾つか組み込み、
カルロは極めて複雑なものを一つだけ入れている。




