4 アーシェ④ 向こうの自販機まで!
対抗戦まではさすがにまだ時間がある……
ということはなかった。
今すぐにでも作戦会議しなくてはと、共同スペースに集まったのだが……
「訂正しなさい」
「事実だし、テメェに指図されるつもりはねぇな?」
赤毛と、絶賛メンチの切り合いに発展してしまっていた。
きっかけは私の身長をからかったこと。
協調性のない意見やら理由はいろいろあったが……コンプレックスを刺激されておとなしく出来るようほど私は、出来た人間ではない。
「背が高いのぉ、メアリィ羨ましいけどなぁ~。アーシェちゃん綺麗だしぃ」
「すらっとした手足は、とても魅力的だと思うぞ」
間の抜けた声と、心地良い低い声のフォローが入る。
てっぺんまで登った血の巡りが、二人のおかげで少しだけ落ち着きを取り戻す。
だというのに、
「なんだぁ? デカいのはタッパだけで、肝っ玉は小せぇのな」
ケラケラ笑いながら火に油を注いできたこの悪ガキには、お灸を据えてやらねば気が済まない。
せめて物に当たらないようにゆっくりと椅子を引いた。
「二人ともやめろ、これから六番隊との試合に向けて作戦会議をするんだから」
「んなこと知るか」
「ごめんクレイトン君。まずはこのクソガキをのしつけなきゃ」
「君たちなぁ……!」
攻性フォニマーというのは、他所から得るエネルギーに耐えうる為に微量ながら体内にフォトンが流れている。
その力は様々な恩恵を授けてくれると同時に、闘争心を煽る成分を併せ持つ。
戦いに適用するための興奮作用のはずだが、同時にケンカっ早い生物へと押し上げた。
それは、当然私にだって例外ではない。
さてどこをぶん殴ってやろうかと息巻いていると、
「そうだぁ、せっかくだし皆でやらない?」
今までよりもずっと間抜けな声色で提案するメアリィ。
「ちゃんとした場所を設けてぇ、試合形式にしたら効率的なんじゃない?」
そんなことよりも、今すぐここで殴り合った方が早いと思わなくもないのだが、
「ほらぁ、六番隊との試合も近いのは本当だしぃ、準備しないとぉ。まだメアリィ達、みんなのこと全然知らないもん」
メアリィの目配せに気づいたクレイトンが続く。
「そ、その方が良いと思うぞ。まずは僕ら自身が何を出来るか知る、良い機会だ」
まぁ……言っていることは正しいかな。
僅かに残っていた理性でその案を受け入れる。
5票(ノルンが賛成かどうかはわからない、手を挙げなさいよ)と1票。
「明日の放課後にフォトンギアの受け取りがあるからぁ、確認作業も兼ねてぇ、屋外フィールドの使用許可がとれたらソコでやろっかぁ。
メアリィまだルール知らないけどぉ、対抗試合に合わせないとねぇ。その辺りぃ、任せてもいいかなぁ?」
「あ、うん。分かった、段取りは僕の方で済ませておくよ」
言い方に反しテキパキと進めるメアリィに、クレイトンは明らかに面食らっていたが、
ケッと吐き捨てたカルロは席を立ちあがった。
「なんでもいいけどよぉ、オレがそこのデカ女を叩き潰すルールは作っとけよ」
完全にこちらへの興味を失ったカルロは玄関の方へ。
「どこへ行くつもりだい?」
「イチイチ言わなきゃなんねぇの?」
夜間外出は褒められたことではないが、そんなことを気にする男ではなかった。
横開きの自動ドアが閉まる。何の情緒もない無機質な開閉だった。
「ごめんね、みんな」
長々と謝るのも格好がつかないので、端的に。
私は自室に戻り早々に着替えた。
動きやすいジャージに色気も何もないが、今からは全く気にしなくてもいい。
「いってきます!」
「ちょっと、どこに……」
「走ってくるの!」
クレイトンの制止は聞かない。
こういう時は、何も考えずに雑念を払うに限る。
申し訳ない気持ちもそこそこに、大きな足幅で駆けだした……筈なのだが。
ごく自然に並走してきたヴォルテラに、思わずため息をつく。
「なんでついてくるの?」
「トレーニングだ」
「別の所に行けばいいじゃない」
「……まぁ、そうなんだが」
こちらが強い言い方をしただけで、妙に歯切れが悪くなるヴォルテラ。
……悪いのは、明らかにこちらなのに。
「俺たちは会って間もないが……壁くらいにはなれる」
不器用な言い方だが、彼はこちらに歩み寄ろうとしてくれた。
無骨な優しさに、重たくお腹の中で溜まっていた不満が、じんわりと溶けてくる気がしてくるから、不思議だ。
「……あんのクソガキも、ちょっとはあなたを見習ってほしいよ」
こっちを心配してくれてわざわざ追いかけてくれた人に当たるのは、みっともない。
まだまだ怒りは残っているが、なんとか腹の内に留めた。
「攻性フォニマーはどこの国も変わらないな。みんな喧嘩早くて、自分が上でないと気が済まない」
しみじみと、しかし嬉しそうに彼は言った。
「……わたしに言ってる?」
「みんなだ。あの六番隊とかいうやつらもどうせやっかみが発端だ。叩きのめしたあの三人組も、俺たちを羨んだからの行動だ。それは俺の故郷でも変わらない」
故郷……そういえば、ばたばたして聞く機会がなかったっけ。
「ヴォルテラは、どこから来たんだっけ?」
「ガーランドの端にある小さな村だ。多くの部族が隣り合って暮らす集落で、俺はナギン族という部族の長男として生きてきた」
「ガーランドって、特に武芸に秀でた国だよね?」
「そうだな。発展国に技術で劣る代わりに、今も武人の誇りを忘れられない、古き良き国だ」
忘れられない……って。おどけて言う彼に、こちらもつられて笑う。
「攻性フォニマーの聖地みたいなとこでしょ?」
「たしかにガーランド人の誇りだなんだと生まれを自慢する奴はいる……結局、どうなりたいかだ」
どうなりたいか……私はあんまり明確なビジョンを持ったことはないなぁ。
「アーシェの体術を見て思ったが……幼い頃から修練を続けているんだろう? 同年代のガーランド人より、よほど強いよ」
「え。そう?」
「あぁ。カッとなりやすい所も含めて」
「もうっ!」
あ、からかわれてた。
とはいえヴォルテラからそんな事を言われても、不思議と不快にならない。
きちんと弁えてくれているから、だろうなぁ。
そんな人ばかりなら、私だって怒ったりしないというのに。
「ね、どうしてこの学院に来たの?」
「事情があってな。一番大きな理由は、奨学金だ」
外国から来るということは、私には想像つかない苦労があるだろう。
「攻性フォニマーとして活躍することが前提で、学院に声が掛かった。たしか大会とかで好成績を修めろとかなんとか……」
「へぇ……じゃ、テスター部隊に配属されたのって?」
「渡りに船だったよ。というか、その為に呼ばれたんだと分かった」
路地を並んで走りながら、ヴォルテラの話を聞いていく。
不満を汗と一緒に流してやろうと思ったのだが、これでも流れていくのだから、おかしな話だ。
「アーシェは?」
「私?」
「俺は少し裏口入学に近いところがあったが、アルマリン教導学院はエリート校だ。テスター生になったのだって成績は関係している筈だ。……お前は相当優秀なんだろう?」
「……中等部まではぶいぶい言わせてたし、そこらの人には負けないよ」
彼は黙ったままだ。
それで? と促されているようだった。
「……ちょっとだけ、調子に乗っちゃって、やらかした事があるの。……だからね? これからはウマーく生きていこう、賢く生きていこうかなぁって、思ってたんだけどな……」
私の顔が暗くなったのを、彼は見逃さなかった。
「無理なことをするもんじゃない」
「ム、ムリ?」
「出来ないことを無理という。
お前の場合……知らない奴なのに、困っている奴がいたら割って入ってでも止めるし、味方までしてくれた。
きっとアーシェにとって、「助けない」は無理な事なんだよ」
あ、あれ。諭されてる?
「そんな奴は必ず目立つ。とても良い意味でな。俺は初日にアーシェに助けられて嬉しかったんだぞ?」
「そ、その! あんまり掘り返さないでくれる?!」
か、顔が熱い。
でも真面目くさった彼の雰囲気に、黙って聞いてるもできなくて……
「わ、私は緊張してたの! だから、またちょっと調子に乗っただけ! 普段はあんなこと……」
「見知らぬ土地で、一人ぼっちで学校に通う俺の方が緊張してる」
「……そうなの?」
てっきり、緊張なんかする意味が分からない……的なことを言い出す人かもと思っていたから。
「全然見えないよ?」
「顔に出ないタイプだからな」
おどけて言っていたが、やっぱりあまり表情が変化しない。
なんだろ、一昔前……いわゆる、武人肌というか、古き良き攻性フォニマーって感じ。
「アーシェ。目立つことを恐れないでくれ。お前のそういう所が、俺はもう気になり始めてる」
「えぇ?!」
真面目くさった言い方で……夜の町、色気はちょっとないけど、こうして街灯に照らされて、世界はざわついているのに二人だけの声しか聞こえないっていうか……
「……くくっ」
「あ」
なにが、「顔に出ないタイプ」よ! 思いっきり笑いを堪えてるじゃない!!
「気は紛れたか?」
「お陰様で!! もうっ……」
「こら、急にペースアップするな。お腹痛めるぞ」
ばか、ばか。ちょっと期待しちゃったじゃない。
とはいえ、さっきまでのムカつきは消え去っていて……足取りは軽く、まんまと嵌められたんだと知って、ちょっとだけそれにもムカッときて。
「向こうの自販機まで! 負けたらコーラね?!」
腹いせに全力を出してやった。……少し彼の顔を見るのが、照れ臭かったから。
ヴォルテラの足はメチャクチャ速かったです。