33(終) アーシェ⑫ からかったなぁ!
全てを総括すると誰が悪いことになるのか。
個人的感情で挙げるのなら、あの性格の悪い研究者。
ロムニー・ハウバードンだろう。
特化端末で繋がったヴォルテラとノルンが固まったように動かなくなり、同時に意識を失って倒れた。
逃げだそうとしたあの男の足を正確に狙い撃ったメアリィがいなければ、なんとも後味の悪い結末になったと思う。
病院に搬送された人数はかなりのもので、私たちが歩いて寮に帰ることができたのは、我ながらすごく運が良かった。
当然、衛士団にはこっぴどく怒られた。
学生は守られる立場なんだとまぁ色々言われた。
カルロやクレイトン、もちろん私も含めて衛士団に憧れを抱く身としては、その説教は酷く身に染みたものだ。
そして生徒会長からの叱責。
こちらはクレイトンが物凄い勢いで言い返していたのでなんともなかったが、あれには本当に驚いたものだ。
しかし、彼が怒鳴り返さなければ私が、少なくともカルロが何かを言っていたと思う。
今回の事件の一端を握るのは、間違いなく生徒会長だったからだ。
全てを説明されて分かったことだが、そもそも……ヴォルテラとノルンのアルマリン教導学院への入学は、そもそもが彼の手引きだった。
レリゲンウォーク氏との脅迫がどうの言っていたが、ヴォルテラまでそうだとは思わなかった。
ナギン族だけでなく、ガーランドで続いている最近の大きな問題。
飢饉に似た食料問題を、生徒会長が賄えるルア家の財力で救ったのだとか。
話の規模が大きすぎてアーシェは考えるのを辞めたが……なるほどこれは彼も話したくなかった訳だ。
この話は、彼が言うまで決して自分からはしないと心に決めた。
さて。今回の事件でアルマリン教導学院は、一躍ニュースサイトに名を連ねることになった。
もちろん悪い方面なので誇らしくはない。
十一番隊の活躍は軒並みなかったことにされ、主にグラミヤ重工の汚職と名門校の繋がりばかりがピックアップされた。
それによる措置は簡単だった。
ジルク・アルバーン率いる反ハミルトン派の、違法パーツ「洸現武装」に関連ある攻性科生徒は、漏れなく全員退学処分が下された。
攻性科生徒の四分の一が一斉に学院から去るという、アルマリン教導学院始まって以来の大事件は、きっと長い時間をかけて語り継がれることになる。
緘口令を敷かれた十一番隊も、勘のいい者は気づき、私たちを突っつくだろう。
十一番隊は毅然とした態度が求められることになった。
いや、話はそういう所から変わりつつあった。
これからはアーシェ・ブルックリン個人として衆目に晒されることになる。
「なんつーかさ、すっげぇ損した気がする」
「珍しく気が合うな。僕もだ」
カルロとクレイトンが後ろでそんな事を言っていた。
メアリィ、ヴォルテラはそのすぐ後ろだ。
ここにノルンがいないのは、単にまだ入院しているからである。
普通に立って歩いていたノルンだが、なにせ例外に例外を重ねた彼女には数えるのが面倒なほどの検査が待っていた。
ヴォルテラも重症だったが、本人曰く鍛え方が違うのだとか。
まぁクレイトンの退院と同様、医療技術の進歩が凄まじいのだというのがオチである。
一行は生徒会室へ……何回目の訪問だろうか? 例によっては彼が私達を呼びつけたのだ。
豪華な部屋には事件の後始末に揉まれ、少し瘦せたであろう生徒会長と守性科長が待っていた。
「十一番隊は、今日を以て解散とする」
カルロの大きな溜め息、クレイトンの隠すつもりのない舌打ち、
メアリィの含み笑い、ヴォルテラは窓から景色を眺めていた。
誰も彼もなんともいえない反応だった。……私? 苦笑いです。
「テスターとして、用済みですか」
「惜しいと思っているよ。……君たちの活躍を陰謀扱いされるのだけは、なんとしても阻止しなくてはいけない」
それは最大限の彼からの賛美だったのかもしれない。ただ、今の私たちからしたら、それは正直どうでもいいことだった。
「特化端末も、あの違法パーツと同じくらい危険な物だ」
「会長さんには悪いっスけど、こいつの研究は打ち切った方がいいっスね」
「汎用化はぁ、とてもじゃないけど出来そうにありませんねぇ」
クレイトン、カルロ、メアリィが続けて特化端末について言及する。
許容量以上のフォトンを体内に取り込む洸現武装。
信頼関係を無理やりフォトンで飛び越す特化端末。
アプローチも、求める結果も違う。
だが、これらは共通して言えることがあった。
「いつか、どちらの研究も日の目を浴びることがあるのかもしれません。効果を抑え、副作用を完全に取り除くことが出来たら、とてつもない兵器になると思います」
これはあくまで個人的な感想だ。
試行錯誤を繰り返せばあるいは、とも思ったが……どうにもあの二つが、アルマリン教導学院の標準装備になる未来が想像できない。
「舌デ転ガス刃ナシ。肉刺ニ足リウル腕ナシ。
鍛錬で得た個人の技量と研鑽は、錆びつきはするが決して持て余すことはない。長い時間を掛けて育む信頼関係は、個人の限界を容易く凌駕する可能性を秘めているのかもしれない。だが……」
珍しく饒舌なヴォルテラを茶化す者はいなかった。誰も彼を遮ろうとはしない。
「隠したい過去を、暴かれたくない心の内を問答無用で踏み越えてしまう拡張連携機能を、俺達は決して認めることは出来ない」
守性科長からしたら、真っ向から研究を否定された訳だ。
憎まれ口の一つでも叩かれると思ったが、彼女は伏し目がちに溜め息をつくだけだった。
「それは、君たち全員の意見だね?」
生徒会長のソレは最後の確認だったと思う。
ここにいないノルンの事を聞いているのかもしれない。しかし、答えは変わらない。
「十一番隊、全員の意見です」
だからきっぱりと告げた。
事件が終わり、改めて六人で顔を合わせた時……なんともいえない距離感が、全員に生まれてしまったのだ。
段々と深く発揮されていった拡張連携機能は、容赦なく私達の事情を丸裸にした。
カルロが決して言うことは無かった衛士団への憧れの根源。
クレイトンの隠したかった血縁関係。
メアリィの温度の感じられない家庭環境。
どれもこれも、たった一週間で埋まる関係の理解ではないのだ。
たまたまだが、ヴォルテラとノルンは、四人の事情を知らない。
私達とは別のフォトン係数で、二人は互いに相当深い所まで繋がり合ったのだとか。
ノルンの、ヴォルテラへの懐き方は傍目には微笑ましい。
見舞いに行けば終始彼から離れようとしない少女。……端から見れば、それは依存だった。
彼女の境遇を知れば……無償の優しさと比類なき強さで救ってくれたヴォルテラは、まぁ王子様に見えてもおかしくない。
しかしだ。
どれだけ技術が進歩しても、この無垢は暴かせてはいけない。
過去もトラウマも、自分で言葉や行動にして、伝えたい誰かに知ってもらうしかないのだ。
「私達が、第二のジルク攻性科長になる可能性が考えられます」
生徒会長にとって、攻性科長は信頼出来る相手に違いなかったと思う。
彼の変貌と暴走を、誰よりも憂い悔やんだと思う。
「そうか」
悔恨の残る生徒会長を尻目に、私達は達それぞれで左手のベルトを外した。
特化端末。
便利な物だった。
これに、何回かは救われた訳だし。けど怖くて、もうこれを持つことはしたくなかった。
人の心を知ることは、決していいことばかりではないからだ。
それからの日々はバタバタだった。
十一番隊の解散は、共同生活の取り止めを意味する。
さすがにその次の日から部屋を出ていくのは無理だったので、荷物や手続きなど頭の痛くなる案件が私達を襲った。
両親への確認の電話も済ませ、ほとんどすっからかんになった寮の広間で、私達は最後の時間を共にする。
「聞いたかよ、ナンバーズの再編成」とカルロ。
「トップはもちろん、他の隊も虫食い状態らしいからな」応えたのはクレイトン。
今回の事件に関わっていたのは、ジルクの意思に従った者がほとんどだったそうだ。
学院の未来を憂いどうにかしたいと行動した、彼の信頼する者が大半だったらしい。
つまり最上級生が割合を占める。
ナンバーズ部隊は学年順と言ってもそこまで差し支えないものなので、多くの隊が退学の煽りを食らった。
機能するのは十一番隊くらいのものだった。
「どうして十一番隊だけ無事なんだ」という不満や疑惑を払拭するため、生徒会長が私達を解散させたという。
『膿は取り除けた。だからもういいのさ』
彼の目的をいくらかは達成したから、当然と言えばそうかもしれない。
友を失ったばかりにしては妙に晴れやかさが入り混じった表情は、とても印象的だった。
「十あった隊が全て白紙に戻される。大事件だよねぇ」とメアリィ。
「反対意見は多かったかもね」と私が続く。
迫る五稜旗杯に向け新入生が加わった攻性科は盛り上がりを見せていたのに、これでは戦力ダウンもいいところだ。
「あたし達、色んな方面から恨まれちゃうかもね」
「あ、今更じゃね?」
「既にもう目の敵にされたじゃないか」
「確かに、ずっと戦いっぱなしだったわ」
私達は、最後の共同生活をこうしてなるべく普通に過ごしていた。
濃密だったと思うが、一週間の関係。さすがに涙がこぼれるような展開になりはしない。
「二週間後に、ナンバーズ部隊選考会があるって言ってなかったか?」
「いってた」
キッチンからかぐわしい香りを漂わせ、ヴォルテラとそれに続くノルンが会話に混じってきた。
「お、旨そ」
「これを食べられるのは、今日でおしまいか」
「割り勘してくれるなら、これからも作ってやっていいぞ」
運び込まれる料理に男子二人は大興奮。
この一週間で見事に私達の胃袋を掴んだ彼は、ある意味一番の立場を得たのかもしれない。
「羨ましいなぁ。ねぇ、ノルンちゃん?」
「毎日、つくってほしい」
当然ながらこれからの寮は男女別。
女子陣はしばらく彼の料理が食べられない訳で、くそぅ。
「アーシェちゃんも、二人が羨ましいよねぇ?」
「だよなぁ。一番楽しみにしてたもんなぁ?」
「君も頼んでみたらどうだ?」
うぐっ。
拡張連携機能の影響だ。
皆の過去を知ってしまった代償に、私の知られてしまったモノ……それは。
「楽しみにしてくれたのか?」
「そ、それは、その」
ヴォルテラへの想いが、全てみんなに筒抜けになるだなんて。
恰好の弄られる材料になってしまったのが本当に悔やまれる。
「そうなの?」
唯一繋がっていなかったノルンが、何かを察知して疑わしい視線を向けてきた。
「そ、そりゃあ美味しかったから。食べられなくなるのは嫌じゃない?」
「そうなの?」
「ノルンやめて、その目やめて。怖い」
なんでかなー、退院してからのノルンが向ける視線が、私にだけ厳しい。
メアリィやクレイトン、カルロには変わらないはずなのに。
「そりゃ、お兄さんをたぶらかす人は嫌だよなぁ?」
「言わないで」
そういえば、あれからカルロがノルンに話しかける機会が増えた気がする。
これも不満の一つだ。
この赤ガキが私やクレイトンをからかう時と、ノルンをからかう時とは明らかに声色が違うのだ。
と、そこでてきぱきとテーブルに運ばれる料理を見て、意識を持っていかれる。
「わぁ、ブイヤベース!」
「メアリィ、食べたいって言ってたよな? 俺なりのレシピだが」
香辛料にトマトたっぷりの魚介スープに喜ぶメアリィ。
「おぉ大量のローストチキン。よくこれだけ作ったな」
「せっかくの機会だからな」
特製ソースを絡めたシンプルな焼き鶏に笑みを浮かべるクレイトン。
買って切り分けただけのパンは置いておいて、大量のサラダにかけるドレッシングも当然ヴォルテラ特製。
「あ、ハンバーグ」
「アレっぽく作ってみた」
あ、よく分からないけどノルンが嬉しそう。これは、聞いたら答えてくれるのかな?
「グラタンまであんじゃねぇか。作り過ぎじゃね?」
「楽しくなって、ついな」
カルロの指摘に、困ったように笑うヴォルテラ。
あれ、この人って前まで、こんな風に笑っていたっけ?
あ、具沢山ピラフも山盛りだ。やったね。……んー、餌付けされちゃったかな?
「いいから食べようぜ。ほら隊長」
「むぅ、もう隊長じゃないんだけどなぁ」
ほんの少しの違和感があったが、彼の言う通り、朝から作業に追われていたのだ。
お腹ペコペコでこれ以上の思考はよくない。良い訳がない。
「いただきます!」
私に合わせて、みんなの声が揃った。
「そういやよー、選考会には出んのか?」
「当然。今度こそ正当な評価で上り詰めてやるさ」
「つーことは今度は敵同士ってことだな、がり勉眼鏡」
「今の言葉忘れるなよ? 叩きのめしてやるからな」
カルロとクレイトンは口調こそ喧嘩腰だが、和やかな空気そのもの。
「アーシェちゃんも、やっぱり?」
「そりゃ出るよ。今ならナンバーズ部隊の上位に食い込めるかもだし」
「うーん」
「ノルンちゃんは、あんまり興味なし?」
「かも」
「一緒だねぇ」
私を除いた女子陣はあまり乗り気では無さげ。
舌鼓を打つ私達を、ヴォルテラは喋りこそしなかったが慈愛に満ちた目で……お母さん?
互いに合う部分も合わない部分もあるが、美味しい食事の前にそんなのは関係なかった。
とにかく騒いで、とにかく食べたと思う。
お腹いっぱいになって眠ってしまったノルンとカルロをソファに運ぶ。
こうして見るとやっぱり子どもなんだな、と今更ながら思ってしまった。
洗い物の手伝いを申し出たクレイトンとメアリィに断りを入れて、私だけがヴォルテラと泡立つスポンジ片手に肩を並べる。
揃って眠るお子様たち。隣り合って語らう正反対コンビ。
リビングで繰り広げられる光景から視線を外し、私たちは黙々と食器を洗っていく。
「あれ。鍋とか、キッチンナイフとかは?」
「調理に時間が掛かるものもあるだろう? その間に洗い物を済ませると効率的だ」
「ほんとに、お母さんみたい」
「いや、お母さんはアーシェだよ」
「どこが!?」
くつくつ笑うヴォルテラ。
心外な言葉に驚いたが、やっぱりどこか変だ。いつも一歩引いて黙っていたのに、どこか気安い。
もしかして……?
ひとしきり笑って落ち着いた後、突っ込むべきか悩んだがどうしても気になったので、つい尋ねてしまった。
「皆と別れるの、寂しい?」
言葉の意味を理解して、彼は目を丸くしていた。
視線を四人に一度やってから、彼は小さく答えた。
「俺は生徒会長に脅される形でこの国に渡った。無理やり支援金を送られ家族だけでなく、部族全体が彼に借りを作ってしまった。
その借りを返すために、俺は傭兵として学院に、十一番隊に席を置くことを決めた」
その後ろで縛った黒髪の長さも、腕まくりしたことで顔を出した鍛え上げた筋肉も、全て彼の国や部族、ナギンによるものだ。
彼は本来、ここにいる人間ではなかった。
来たる五稜旗杯で、彼の槍が私達に向くことも本来ありえた事だったのだ。
「実験と給金分以外は、てきとうに済ませるつもりだった。どうせ学院に在籍しているだけの短い間だけだって割り切って、お前たちにそこまで深く関わるつもりはなかった」
だが……彼はそう区切って大皿の水気を切った。
「あの子の孤独を知ってしまった。そして大きく関わってしまった。……あの子の拠り所が、何なのかは、その」
「すっかり王子様だもんね」
「……まぁ、そういうことだ。俺はあの子の拠り所を増やしてあげなくてはいけない。いつか俺が去る時、あの子が崩れないように」
彼が去る。当然だ。
ここは学びの場で通過点。その事実に胸が締め付けられてしまう。
部屋の温度が下がった気がした。
「じゃ、頑張らないとね」
「だがそれとは別に、俺はこれからの生活が楽しみだ」
意外。どういう心境の変化だろう?
「どうして?」
そういえばこれも気になっていた。彼は、こんなに自然に笑う人だったか?
「皆に出会えた。武力だけで凝り固まっていた俺の自信や考え方をお前が……君が壊したんだ」
「へ?」
「責任とってくれよ」
「へぁ!?」
素っ頓狂な声をあげてしまう。
急な優しい声色に心臓の音が早鐘を打つ。
一体どういう意味なの?
へ? これって、ひょっとして。
しばらく何も言えずに固まってしまう。じっと見つめてくるグリーンの瞳に、吸い込まれそうな錯覚に陥っていると……
「くくっ、はははっ!」
堪えきれないと、彼は我慢できずに吹き出した。
からからと歳相応に笑う姿を見て、さっきとは別の意味で体温が熱くなる。
「からかったなぁ!」
思わず大声になってしまった。こちらの反応を心から楽しんでいたヴォルテラが、本当に珍しく声に出して笑っていた。
……それだけで、怒気が薄れてゆく。
あぁ、やっぱりだ。
彼と繋がらなくてよかった。
この気持ちを剥き出しにされてはかなわない。
コレは自分から伝えなくては。
特化端末を頼っていてはズルッこもいいところだ。
この気持ちに、心を剥き出しにする機械は要らないのだから。
三作目「インサイドバーカー~謎のテスト部隊に選ばれちゃって、共同生活まで強いられて~」
これにて完結です。楽しんでいただけましたか?
世界観を変えたところで、自分は戦いとか青春とか恋愛を書くのは止められませんでした(笑)
似非SF、中世風の世界観とは全く違い苦戦もしました。
SFは設定が命。自分は進んだ世界観を借りただけで青春バトル活劇を繰り広げただけな気もしましたが……なかなか新鮮でした。女の子を主人公したり、複数のキャラにしっかりスポットを当ててみたりと、色々挑戦したとは思いますが……
四作品目は変にこだわらずに、シンプルに一人視線で繰り広げたいと思います。
自分の本業の仕事が忙しくなってきたので、期間は空いてしまいますが……もしよろしければ、見ていってくれると、とても嬉しいです。




