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インサイドバーカー~謎のテスト部隊に選ばれちゃって、共同生活まで強いられて~  作者: 火山 竜之介


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32 ヴォルテラ⑩ ハンバーグを食べに行こう

 皮膚が粟立つなんて、思いもしなかった。


 どこか足りないと内心で思っていた彼らが、達人同士のような連携でノルンを封殺していたのだから。


 そして、それらは全て俺の為の布石。


 「たまらないな」


 これが信頼……いや、必ず決めろという脅しだろ?


 いいだろう。目に物見せてやろうじゃないか。


 生体系PA、疾流(ドライブ)刹眼(ルコン)

 肉体と神経が限界だと叫び、痛みと出血を伴って拒否しようとするも、矜持(プライド)でそれを食い止める。


 最大のフォトン量に眩暈と吐き気が訪れ、視界が歪む。数分後は立っていられないだろう。


 問題ない。

 アーシェが、仲間たちが再び俺を呼び起こす。だから、もう後に残すな。


 床を蹴る為の一足に力を込める。

 そんな当然の挙動に、遠くのノルンが分かり易いくらいに怯えていた。

 

 彼女の神経全てがこちらを警戒していた。決して接近を見逃すまいと、赤槍(レド・ガー)にのみ意識が注がれていた。


 瞬足の一歩を踏み、彼女の顔が強張った。

 同時にそのフォトンの源、赤槍を投擲する。


 息を飲むとか、そんな甘っちょろい表現ではない。

 彼女はその幼い顔を凍りつかせ、僅かに残っていた鋼線でなんとか矛を逸らした。


 彼女を阻むものは、今失われた。


 もう俺にフォトンの恩恵はない。仲間の呆然とする顔も想像に難くなかった。


 (絞り出せ、最期の一滴まで)


 静血居流(セイケツイリュウ)。それは、ナギン族に伝わるフォトン活性術。


 誰も知らない俺だけの技術。

 自前に流れる微量のフォトンを爆発的に加速させ、ほんの僅かな時間、フォトンギア所持状態にまで身体機能を引き上げる。

 

 生体系PA、迅狼(ヴォルフ)


 ヴォルテラという名の由来。誇り高き我が名を冠する獣を模った、刹那を渡る高速移動。

 瞬く間に、彼女の鋼線を搔い潜った。


 「帰ってこい、ノルン」


 引っ掛けていた特化端末は、すでに手の中。


 こんなもの二つもいるか。

 彼女用のベルトを無理やりその細腕に嵌めさせ、同時にタップする。



 「拡張連携(クロスオーバー)起動(オン)

 


 唱えた魔法の言葉、いや最新鋭の科学の呪文が、繋いだ手を介して広がっていく。


 生まれ出る自信が空をも飛べる気にさせてくれる。

 先に感じたはずの仲間と同じ感覚に陥りかけるも、まだ意識は手放さない。


 深く息を吸え。彼女に同調しろ。

 重く体にまとわりつく液体のような感覚に、身をゆだねる。


 俺と少女、二つの意識が混同されてゆく。






 見えたのは、俺のものでない記憶。

 真っ白い空間。等間隔に敷き詰められたタイルの部屋。|自身の足で立っている自覚があるのに、足の感覚そのものが曖昧というなんとも不思議な感覚だった。

 空間の中心にあるのは病院にあるような診察台、それに横たわる見覚えのある少女。

 記憶にある彼女よりももっと幼いのはどういうことだ?


 (皆はこんな体験をしていたのか)


 今よりもずっと髪が短く背も小さいが、さすがにノルンだというのはすぐに分かった。


 しかし、頭に取り付けられた金属製の帽子と、繋がっているコードが複雑そうな機械と連結していれば、どんな状況かは馬鹿でも分かる。


 両手足がベッドに固定され、いや縛られている。

 少し視野を広げてみれば、ガラス越しにこちらを覗く白衣の男たちが鼻息を荒げて何かの数値と彼女を交互に見比べている。


 その中心にいた男だけは見覚えがあった。先刻、彼女の影に隠れていた男だ。


 反吐が出る。


 子どもってのは縛られず、両手を広げて外を駆けまわらなくてはならない。

 もしくは、ままごと遊びで未来の光景を空想してこそだろうが。


 「ノルン」


 何が起こっているか詳しくは分からない。感覚的に分かるのは、いま俺は彼女の過去に土足で踏み込んでいるということ。普通は、すぐに回れ右して出直すべきだ。

 

 こんな不躾な心への訪問は駄目だ、あってはならない。

 しかし、意味があるとしたら?


 こんな過去を、彼女が俺に見てほしかったとしたら?

 朧げな足元だが、明確な意思を持って彼女に近づいた。この位置なら研究者達が何か言ってきそうなものだが。見えていないのかもしれない。


 何かにうめく彼女の手足を縛るベルトに触れられることに驚きながらも、力任せに引き千切る。


 研究者たちの反応はない。


 しかし、固定具が外れたことで彼女がのたうち回ろうとする。

 決して痛くないように抑えながら、もう片方の手で帽子の固定具を慎重に取り外す。


 重たい機材だった。

 きっとあの研究者達の思いが詰まった結晶なのだろう。

 そんな科学の粋を、なるべく粉々になるように壁に叩きつける。


 「苦しかったんだな」


 全てを剥ぎ取られたノルンは急にのたうち回るのをやめ、嘘みたいにおとなしくなった。

 それからぼうっとこちらを見上げ、何かを言おうとしていた。


 しかし、どう見たって疲労困憊だ。話す元気がないのかもしれない。


 「大丈夫。俺がいる」


 動かすのも精一杯だったろう。


 しかし、彼女には俺が誰かはっきりと分かっているようだった。

 小さな手がゆっくりと、押さえつけていた俺の手に触れたのだった。





 ……時は流れた。


 体を起こそうとして、痛みでベッドに倒れ込んだ。

 父との鍛錬で何回かあったが、まさかアルマに渡っても同じ体験をするとは思わなかった。


 ここは……自室ではないな。

 白の天井と壁は清潔感の象徴だ。以前クレイトンの病室を訪れた時と同じ感覚だ。

 

 ……つまり、ここ病室か。開けられた窓から少し湿り気のある空気が流れ込む。


 とはいえ故郷の風が乾燥し過ぎていただけだ。

 温暖なアルマの風は心地よくて、すっかり慣れてしまった気がする。


 まだ早朝だ。


 空の明るさを見るに、いつもの起床時間よりも早い。ランニングに勤しむクレイトンでもまだ眠っている時間帯だ。


 起きた方がいい、か?


 寝起きの霞がかった思考がそれを拒み、疲労が硬めのベッドに体を縫い付けようとしてくる。

 すぐに抵抗をやめ、意識を手放した。

 かすかに鼻をくすぐる花らしき香りが、余計に意識を眠りへと誘った。

 

 そんな寝たり起きたりを繰り返す事三度、凝り固まった背中や肩をほぐしながら、テーブルの上に置かれた特化端末を確認する。


 着信が五件。

 一通はミーナ、あと四つは十一番隊の面々からだ。

 一人足りないことに心がざわついたが、すぐにそれは収まった。


 足音が聞こえてきた。


 スリッパのぺたぺたという頼りない音は、大人の靴から鳴るものではない。

 病室の扉が開かれ、予想通りの人物が現れた。


 一瞬幼すぎる彼女を思い出したが、すぐにそれは違うと追い出した。

 包帯とガーゼを至る所に張り付けた少女(ノルン)が、控えめな様子で伺うようにこちらを見た。


 わずかな沈黙。


 互いに言葉数は多くないが、いつもの穏やかさは感じられない。

 しかし、険呑ではない。

 何を言うか迷っているみたいで、道を見失った子犬を連想させた。


 ……何を、言うべきか。

 考えてみたが、意外にすんなりと言葉は浮かび上がった。


 「おかえり」と。


 手を伸ばす。こっちに来いか、握手をしようか、どっちにも取れる差し出し方だったと思う。


 彼女が好きに受け取ればいい。俺にはどちらでも、それ以外でもよかったから。

 少し覚束(おぼつか)ない足取りだったが、彼女はしっかりとその足でこちらまで来て、差し出した手をすり抜ける。


 小さな体が押しつけられた。小さな手を目一杯伸ばし、背中をぎゅっと抱きしめていた。

 弱い、羽のような力だった。


 泣きじゃくる彼女に、差し出した手を引っ込めた。

 絶対に壊さないように、その華奢な背中をふわりと抱きしめた。

 

 具体的な言葉はなかったと思う。歳相応に泣きじゃくるノルンの気の済むまで、俺は一言も発することは無かった。


 しばらくの間そうして、泣き疲れた彼女は糸が切れた人形のように眠りこけた。


 足がベッドの外に出ていてちょっと苦しそうだったので、起こさないようにこちらに引き寄せ、同じ体勢にした。


 ……病院のベッドというのは広いな。

 二人で寝たってわずかにスペースが余るとは。そんな見当違いなことを考えていると、再び眠気がやって来た。


 風邪を引かないように一つのシーツを二人でかけ、また意識を手放した。






 ……気付けば夕方過ぎだ。


 特化端末を確認すると、そろそろ授業が終わる頃だ。

 クレイトンの時は皆で示し合わせてお見舞いに来たので、恐らく今回も来てくれるだろう。


 二人で話すなら、今しかない訳だ。

 腕にしがみついていたノルンの方を軽く揺らすと、目をこすりながら彼女も目を覚ましてくれた。


 寝ぼけていた彼女も、すっかり意識を覚醒させた。

 色々言いたいことがあったが、何から話そうか考えていると、彼女のお腹から可愛らしい音がした。


 視線が合う。彼女は恥ずかしそうに身をよじるが、何を今更といった感じだ。

 というか、俺も同じくらい腹が減っているし。


 「お互い退院できたら」

 不躾な俺の話し口に、首を傾げるノルン。


 本当に俺を殺そうとしたあの子なのかと思う程、その表情は無垢そのもので、笑ってしまいそうだった。


 「ハンバーグを食べに行こう」


 そうだ、確かアーシェが教えてくれた。この国(アルマ)では互いに契約を結ぶ時に、こうやってやるのだと。


 「約束したろ?」

 小指を差し出す。


 彼女はそれを見てどう思ったのか、まぁそれは追々だ。

 結ばれた小指の繋がりに、後ろ暗いものなどあるはずがないのだから。


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