31 アーシェ⑪ 反対の人はいないよね?
「この大馬鹿ぁ!」
猪突猛進の大きい方の頭を殴りつける。
目を丸くして驚かれていたが、なんだってこう乗せられやすいのか。
「なんでそんな分かり易い挑発に乗るかなぁ!? 皆でやろうって言ったでしょ!?」
端正な顔は度重なるPAの影響でやつれ、全身は切り傷や火傷でいっぱいなのに、その綺麗なグリーンの瞳だけはギラギラしている。
その揺ぎなさに当初は憧れていたけど、今は違った。
その無鉄砲さ、今はとても敬意など払えない。
「すぐカッとなる。私達がどうするかなんて全く考えなかったでしょ? 足手まといか何かだと思ってるの!?」
戦闘中は特に油断ない瞳が一瞬だけ逸らされた。きっと無意識だろうな。
突然問い詰めたことで、彼の真意が見えた気がした。
「お、思っていない」
「嘘。目逸らしたもん」
「いきなり殴られたら驚くに決まってる」
「じゃあなんでバカルロだけアテにしたの? 私が隊長にふさわしいって言ったのは嘘だったの?」
「オイ攻撃来てんぞぉ!」
カルロの怒声も含めて、攻撃が迫っているのは予想できた。
そして……もしや、と思っていたことが的中した。
爆矢で迫る鋼線を弾きながらとにかく後ろに駆け、範囲の外まで逃げる。
「やっぱり、暴走しててもノルンだよ」
「どういうことだ?」
余計な音を立てないヴォルテラの身のこなしだが、それでも動きのキレが悪くなっているのはすぐに見て取れた。
カルロも手を膝についているし、一緒に潜入したクレイトンとメアリィも攻性科長との戦いでかなり疲弊した。
もう余裕はない。次で決めなければ。
「集合。仕掛けるよ」
そもそも戦いの最中で話せるほど余裕なんてなかった。
ジルク攻性科長相手なら、迷いなく隙と捉えられ高速移動と弾幕にやられていた。
ノルンの意識が残っているのだ。だからアーシェ達は生き残っている。
ついさっきヴォルテラを殴ったのがきっかけで、珍しく彼女の方から襲ってきたのだ。
「たぶんだけど、正攻法じゃ無理」
「オレ一人でもやれるわ」
「ちょっと黙ってて」
おそらくノルンは、迎撃しかしない。
アーシェ達が攻めるから鋼線を使って反撃する。
距離を取っていれば彼女から来ることはない。
メアリィがそこまで傷を負っていないことがなによりの証左。
博士もデータを取ることを優先していて、こちらを仕留めるような動きは見せない。
端末を操れば多少ノルンを操ることは出来たはずなのに、それをしてこない。
向こうに奥の手があるとすれば……それを出させる前に終わらせるしかない。
「ノルンの特化端末は持ってるよね?」
「あぁ、ここに」
ヴォルテラは剣帯に引っ掛けていることを強調して、軽くそれを叩いた。
それならば、と思いついた作戦を伝えようとして言い淀む。
当たり前だが、そこまで博士は私達を甘くは見ていない。
何かの指示を与えられたノルンが小さな歩幅で近づいて来ていた。
鋼線の空気を切り裂く音は、台風を髣髴とさせた。
「ヴォルテラ、10秒ノルンを抑えて。合図したら代わるから、一気に距離を取って」
「了解」
本来なら、こんな時でももっと具体的な指示を出すべきだ。それが出来ないのは、相手が今までの私の常識を超えているからだ。
それなら、同じ常識外れを頼るしなかい。
ヴォルテラの瞬速の槍捌きが鋼線を絡めとり、弾く。
数える間に何合もの見えない読み合いが繰り広げられ、目を奪われそうになる。
その大きな背中には、言いようのない何かが背負われている気がした。出会った時に覚えた私の女としてのときめきとは別の……戦士として劣等感。
彼になりたい、彼に並びたい、この生活の中でどれだけそれを感じ、歯噛みしたか。
(考えるな)
今、この状況は私に懸かっている。
生半可な意思では少女には届かない。大きく踏み出し、賭けなくては。
「ノルンを助けたい。反対の人はいないよね?」
三者三様の頷きが返ってきた。残り五秒、だが意思は整えた。
「起点は私。いい?」
そして、特化端末を掲げた。
三人は呆れたように笑って、馴れた動作で液晶をタップした。
それぞれで突入した、あの万能の陶酔の中に、もう一度。
『拡張連携、起動』
視界が分裂し、思考が枝分かれする。
知ってる思い出、知らない記憶、二つが交互に前に現れ、一瞬を駆け巡った。
見えたのはアーシェの実家。
暖かな両親、親戚に檄を飛ばされるも必死に食らい付き、なんとか一本取った時の幼い記憶。
親友にからかわれ、友達だと思っていた男に告白された時の衝撃と、恥ずかしさと純粋に困ってしまった時のこと。いつだって私の背中を押してくれた皆の温度が、
初めて出会った留学生の自信に満ちた姿に心奪われてしまった時の、食事が喉を通り辛くなったあの甘酸っぱさが……
見えたのはカルロの記憶。
生ごみと吐瀉物が散乱した路上。蝿や虻が飛び回る敷地を越えた先で、地面を突き破って現れた巨躯なる異形。
顔なじみの腹がその大きな顎で裂かれることも、慕っていた兄貴分がオレを突き飛ばし、身代わりに四肢を千切ってくれた雄姿と、凄惨な光景を。
淀鉱生物に襲われた故郷を救ってくれた衛士団。初めて見る彼らの後ろ姿は鮮烈だった。そんな忘れたことのない、暗い影と眩い炎が……
見えたのはクレイトンの記憶。
両親の冷え切った会話。部屋の中で行われている会話、僕の前で取り繕っていた仮面が、一つ扉を挟んだ向こうで完全に剥がれていた。
「あの子と私に、血の繋がりはないんだぞ?」
厳格ながら憧れを抱いていた。どうしてその意味を理解出来てしまったのだろうか。その日から、家の白い壁紙が急に冷たい色に見えた。そんなどうしようもない息苦しさが……
見えたのはメアリィの記憶。
下卑た想像をひた隠しにした視線。互いに身なりの良さだけは良かったが、その男の品性はあたしの胸を強調するドレスに注がれており、見事に何が目当てか分からせてくれた。そんな経験は5回を過ぎた辺りで数えるのを止めた。
暴言と張り手しか表現を知らない叔母は、その日だけは憎たらしい細目を糸みたいにして、無理して似合わない笑みを張り付けていた。煮詰められた胸焼けに、心が冷え切っていった日々が……
温度も、質感も違う四つの心が、同じ容れ物にくべられたようだった。
いや、一つの鍋に投げ込まれた、に近かった。
一緒こたにされてしまう相容れない誇らしさ、汚れた真実、複数の思いがたった一つの意思に注がれる。
『ヴォルテラ(君)、下がって!』
全くの同時に声を掛けられた美しき戦士……いや頑固者か。彼は後方に大きく跳びあがり円を描いて飛び退いた。
それが合図。
錬成系PA、碧立。
生体系PA、疾流。
放出系PA、跳条。
火央遊天。
それぞれのフォトン弾倉に残る全てが、そこで絞り出される。
メアリィの連射したプログラム弾は至る所に着弾。壁の形はノルンをぐるりと囲む円柱状で、青白い塔が成形された。
その壁面にアーシェのスプリング弾がばらまかれ、フィールドが完成する。
形成された最短の時間で、その着弾点をカルロが、クレイトンが、大きな跳躍でそれを踏み抜き、弾性を得る。射撃でワンテンポ遅れたアーシェも、その行軍に加わる。
ドームの中で三人が互いにぶつからず飛び交う。三つの影がピンボールの様に弾け、それぞれの武装で鋼線を剥ぎ取っていく。
一瞬で行われた異様な光景に、さしもの少女も動揺が現れた。
正確無比だった鋼線がたわみ、剣が、旋棍が、飛甲脚が、ライフルフォトン弾が、少女を覆う蜘蛛の巣を剥ぎ取っていく。
鋼に覆われた少女が、初めて息を呑んだ。
『今』
シンクロする声色の違う同じ言葉。
私達の覚悟が、一つの槍に託された。




