30 ヴォルテラ⑨ くそったれ、どうやっても越えられん
たかだか半日会わなかっただけで、こうも変わった人間を俺は知らない。
特化端末の示す場に急行した先で、アーシェ達が膝を突きかけていた。
対峙していたのは黒い戦闘服を纏ったノルン。
両手をだらりと前で下げ、虚ろな目で彼女達をじっと見ていた。
「オイ! なんで治ってねぇんだよ!」
彼女の様子を察したカルロが叫ぶ。
俺達の顔を見てほんの少し安心した我が隊の面々は、痛む体に鞭打って構えなおす。
どう見ても痩せ我慢なのだが……まぁいい。
「装置は止まった。しかし、本命がまだ残っていたんだ」
「例の違法パーツ、ノルンのにも取り付けられていたの」
「マジかよ」
頭の装置は止められた、だが武装の方にも洗脳の何かが仕込まれていた、ということだ。
クレイトン、アーシェの言で状況はだいたい分かったが、気持ちとしてはカルロに同意だ。
それにしても解せない事があった。
確か話では、例の違法パーツの発動は所有者の任意ではなかったか?
「ノルンが、自分で違法パーツを起動させたのか?」
「ううん、あの人が」
メアリィの指差す方向、ノルンの後方で佇む白髪の研究者が下卑た笑いを浮かべていた。
「あの端末から、遠隔で起動させたんだと思う」
珍しく間延びした口調でないメアリィが、試しにと長銃を一発放つ。
しかし、澄んだ金属音が響いたかと思えば、明後日の方向にフォトン弾がぶつかり、弾けた。
「あの位置に陣取ってるから、あのお爺さんを狙ってもノルンちゃんを狙ったって勘違いされて、防がれちゃう」
「今、指動いてなかったぞ」
前にノルンに聞いた。鋼線はどうやって動かすのか、と。
『手の動きを基点にして、フォトンは延長してるだけ』
俺たちと変わらない武装の要領、その延長だと言っていなかったか?
フォトン自身が意思を持って、攻撃を弾いたようにしか見えなかった。
「有り余るフォトン出量に任せて、無理やり技量以上の事をやってるんだと思う」
汗と頬に伝う血を拭うアーシェ。
他の二人も似たようなもので、既にアーマーの残量はないのかもしれない。
「考察はいい」
「気は進まねぇが、一発ぶん殴れば治るんじゃねぇの?」
ノルンが彼女達を自分から襲うとは思えない。
生気の宿らない目も含めて、彼女は正気ではないのだろう。
ならばカルロの言う通り、強引にでもやるしかない。
特に合わせる気はなかったのだが、カルロと同時に地面を蹴った。
左右から迫る俺たちを見ても、ノルンはこれといった反応はなかった。
視界の端でほんの僅かに何かが光った。
それは怖気そのもの、埃が動いたくらいの違和に、計り知れない恐怖を覚えた。
のけぞる位に顔を逸らした目の前を、無音で一本の糸が通り抜けた。
床に触れた、のか?
敷き詰められた床石に亀裂が走り、砕けたタイルが空気に混じって舞う。
改めてその威力を知った。それが、五本。
獣のように這う糸、鳥のように空から見下ろす糸、刀のような鋭さを備えたそれらを槍で弾き、なんとか体を強引に潜り込ませ……間合いを詰めようとした。
しかし、それだけならアーシェとクレイトンが突破できないはずがない。
予想は的中した。
「来るぞぉ!」
カルロの気づきもほぼ同時。
ノルンの中でうねるフォトンが、瞬間で弾ける。
五本、左右合わせて十本の鋼線はまだ対処できた。
鋼線に伝っていた青白い光、フォトンの発光があるからなんとか糸を目視できていた。
目をずっと凝らしていたので気付きは一瞬だった。
脅威も一瞬だった。
放出系PA、狩籠紋斬。
鋼線は突如として倍、その倍、そのもう一つ倍に膨れ上がり、青白のラインが一斉に視界を埋め尽くし、襲い掛かる。
組み込んである生体系PAを全て同時発動。
恐怖に従って飛び退き、受け身も考えずにただ下がった。
体表を熱が走る。
刃の痛みにも似たフォトンの熱が全身を襲った。
生存本能に従わなければ丸焦げ、もしくはミンチになっていたところだった。
しかし攻撃は止まらない。
降り注ぐ光の雨を払いながら、何度もたたらを踏みかけながら、ぎりぎりで範囲から逃れられた。
反対方向でカルロは叫びながらなんとか撤退していた。
四方どころか上下をも囲まれるも、瞬速のPAで強引に脱したみたいだが。
「あぁもう、行けると思ったのに!」
どうやら俺とカルロを囮にして突破しようとアーシェも突っ込んでいたようだった。
結果は推して知るべしだ。
「こうなったら四方向から同時に突破しよう。メアリィ、狙えるならノルンの手、撃っちゃっていいから!」
体にまとわりつく疲労を拭う為に声を張るアーシェ。
こっちも連戦続きのPA発動でいい加減休みが欲しいが、そうは言っていられない。
「カルロは上、私達は回り込むから、ヴォルテラは正面ね。いくよ、せーの!」
生体系PA、疾流。
四人同時に発動した高速移動術は、この間の六番隊の強襲にだって負けてはいない。
それぞれが幼少から武芸に身を置いてきた者ばかりだ。
取ってつけた規格外なだけのフォトンギアになど、負けてなるものか。
視界の端でアーシェとクレイトンが身を屈めているのが見えた。
カルロは吠えながら宙を駆けていた。
最早数えられない量になった鋼線が、それらを覆う。
こちらも刹眼を併用し、鋼線を捉えようとする。
まっすぐ飛びかかるモノは最小限で躱す。
その先で足元、頭、肩、引っ掛かりそうになる蜘蛛の巣を避け、死角から迫る薙ぎを躱せたのは本当に間一髪だった。
それでも、なんとか抜けられた。
僅か2メートル、足を伸ばせばすぐに手を掴めるような距離にまで来た。
しかし、まだ糸は彼女を遠ざける。
ノルンの人差し指が向けられる。
鋼線はその動作一つで彼女の元に収束し、後ろで切り抜けた包囲網が再び目の前に現れたのだ。
鋼線は、ただの糸ではなかったか?
線の集まりではなくこれは波だ。
岩を削り、呑み込む寄せ波に、死がよぎる。
全てのPAを解除し、岩打流を発動させたのは、最大の反応だったと思う。
鋼の波濤に呑まれ遥か後方に吹き飛ばされる。
床を何度も転がって、壁に激突して止まる。
制服のシャツは衣類として見る影もなく、至る所が破れ血が滲んでいた。
「くそったれ、どうやっても越えられん」
未だかつて見たことのない脅威に、つい口から漏れてしまった。
「防ぐので精一杯だ。僕もあの糸の包囲網は越えられない」
意外にも傷の浅いクレイトンだが、疲弊はかなりのものらしい。両腕をだらりと下げ、トンファーが床についてしまいそうだった。
「ふはは。いや気を落とすことは無いさ、キミ達は想像以上によく動く。素人の私にだって積み重ねてきた鍛錬が見えたほどだ。
特に、そっちのガーランドのキミ? この子にもう少しで触れられる所まで迫るとは。いやはや、これが武の民か。驚嘆したよ」
自慢のおもちゃを見せびらかしているような幼稚さが研究者から見えた。
こちらを褒めるのは、ひとえに奴の立場が上だからだ。
「そちらの赤毛のキミも、私が知らない武装だが良く飛び回る。
どうだね、キミも攻性フォニマーなら最強を夢見るだろう? 私の技術を取り入れてみないかね?」
「抜かせ。ガキの後ろでしか吠えられん腰抜けが、このオレ様に提案なんぞすんじゃねぇ」
カルロも今の一言で、下向きになりかけていた気力を跳ね上げた。きっとコイツは意識を失うまで特攻するだろう。
俺だってそうだ。
だが、タダで転んでやるつもりはない。一回限りの奥の手だが、それで吠え面かかせてやる。
「やるぞカルロ」
「おう!」
全部をそこに込めようとして、真横から接近する何かに反応が遅れた。
それは女性にしては大きな体で、あどけなさの残る顔……のはず。
「この大馬鹿ぁ!」
そんな彼女に思いきり頭を叩かれて、思わず目を丸くした。
な、何が起こった?




