3 アーシェ③ のし上がればいいだけだし
説明回です。
後書きに、ざっくり単語の説明をしていますので……
「十一番隊はただちに訓練室に向かうように。繰り返す、十一番隊は……」
放送で繰り返される自分の予定に、頭を抱えたくなった。
クラスメイトが金バッジをつけていることに、今朝だけでもかなり囲まれて質問されたのだ。
今も話しかけられはしないが、遠目から多くの視線を感じる。
「アーシェ」
視線の中で構わず近づいてきたのはヴォルテラである。
彼は食べ終わったスコーンの紙袋を鞄に入れながら、既に鞄を担いでいる。
自分と同じ金バッジが眩しい。
「ん、いこっか」
クラスがざわめいたのが分かった。
立ち上がった私は男子を含めても上から数えた方が早い高身長。ヴォルテラはそれらの頂点。群を抜く高身長だ。
「おぉ?」という、高い山でも現れたみたいな声は慣れっこだ。
けど、それが分散されていることがほんの少しだけ心地よかった。
廊下に出て、他の生徒が下校で入り乱れる中、少し前に見覚えのある生徒がちらほらいた。
「ごめんねぇ、急に予定入っちゃってぇ」
あ、猫なで声。話していた男子生徒は明らかにデレデレしていて……
私も男子だったら、あぁいうのに弱くなっちゃうのかな?
「喋ってないで行くぞ」
「はぁい」
それを注意したのは優等生。
きびきび姿勢を正して歩く彼と、それについていくふわふわした彼女。
対照的だなと思いながら、しかし声を掛けることなくついていく。
校舎を出て、攻性科の設備の集まる棟に向かう。
昨日は緊張と困惑があったが、今は風景を見る余裕があった。
ガラス張りの真四角な建物が視界を埋める。均等に立っている柱には一点の汚れもない。
学院の中でも特に大きいこの施設は、攻性科の生徒にとって一番世話になる施設だ。
1平方キロメートルにもなるアルマリン教導学院の敷地の、三分の一は占める圧倒的な面積は縦にも大きく、目の前にすれば見上げても天井の形は分からない。
ここまで広大な土地が本当にいるのかと、パンフレットで読んだ時には何度も思ったものだ。
昨日も見たが、冷静に見ても言葉にするのは難しい。
伝統とは正反対の最新鋭が目の前に鎮座しているみたいだった。
「おっせーぞオメェら!」
そんな興奮をびりびりに破いたのはもちろん、あのツンツン赤毛だ。
隣に立っている無口少女はこちらを見ることなく壁を背にして突っ立っている。
こちらも対照的だった。
「待つ必要があったのか?」
クレイトンはカルロの仁王立ちには何も言わず、呆れたように質問する。
「ばっきゃろう、全員一緒に行くもんだろうがよ」
なんだその可愛いこだわり。
ふっと鼻で笑ったクレイトンに、声には出さず同意する。
「なにすんだろーなぁ」
「説明だろう。具体的に僕らが何をするか、まだハッキリしていないし」
自動で開くエントランスを抜けると、訓練着姿の上級生が何人も行き来していた。
中にはこちらの金バッジを見るなり、敵意に似た視線を送ってくる生徒がちらほら。
「あん、なんだテメェら」
「こら失礼だろう」
「やぁん、怖いですぅ」
「おい、くっつくな」
右でメンチを切るカルロを押さえ、全く怖がってもないのに腕に絡めようとするメアリィ。
そのどちらにも対処しなくてはいけないクレイトン。
早い内からポジションが決まりつつあった。
微笑ましさを覚える反面、私は嫌な予感が真横からしていた。
「駄目だって!」
「心配するな。すぐに済む」
「何を済ませる気なの!?」
ヴォルテラもカルロと同様に、静かに怒りを募らせていた。
あ、あなたも血気盛んなタイプなんだね……
今にも殴り掛かりそうになるのを止めるが、これは要注意だ。
そんな目の敵にしなくてもいいでしょと思うのだが……
「やっぱりナンバーズ部隊って、攻性科の憧れの的なんだねぇ」
代わりに呟いたのはメアリィだ。
声量が小さかったのは、彼女なりに気にしてのことだろう。
「当然だ。文字通り、この学院で上から数えられるエリート集団だからな。
卒業後の進路に大きく影響するし、なにより年に二度行われる『五稜旗杯』の先陣を切る大きな役だ。攻性科の生徒としてこれほど心躍るものはない」
クレイトンが彼女の言ったことを捕捉してくれた。
攻性科の生徒なら誰でも知っていることだが、カルロが「へぇー」と関心していた。
意味はあったみたい。
こくこくと、初めて知ったという顔で頷くノルン。知らないのは二人だったか。
「でもオマエ楽しくなさそうじゃん?」
そう指摘するカルロに、彼は黙ってしまう。
彼はエレベーターで目的の階へボタンを押し、本当に誰も聞いていないのを確認してから、
「こんなのは正当な評価じゃない。適性が高いっていう、ただの運だ。実力を買われたからじゃない」
「うっわ暗っ、決まったんだから堂々としてろや」
「直訴でもしてみるぅ? 多分降りられないけどぉ」
対照的な二人により彼の不満は圧殺された。
でも、クレイトンは納得しないだろうな。
「分からないだろう。上がどう決めたかは知らないが、ナンバーズ部隊を狙う者は大勢いる。それを、どうして僕なんかが……」
カルロではないが、始まる前から後ろ向きなことを言われてはこっちの気分が悪くなる。
「生徒会長は適性がって言ってた。ナンバーズ部隊っていう扱いをされてるけど、厳密には違うと思うな」
ただ理解はできるので、言葉をかけてやった。
「私達はきっとテスト生。まずは与えられる課題をこなして、実力は後でつければいいよ。ていうか、そのまま実力でナンバーズ部隊にのし上がればいいだけだし」
「き、君は、思ったよりもハッキリ言う人なんだな」
私の考え方はクレイトンを押し黙らせた。
急にシンとなるエれべーター内に、逆にこっちがどうしたのと不安になってしまう。
静まり返った空間で、ただ一人くつくつと笑う男がいた。
「面白いな」
「え、馬鹿にしてる?」
「ちっとも」
首を振るヴォルテラだったが、それでも肩を震わせている。
じっと睨むも「すまんすまん」と笑いながら謝ってくれるのだが……
本当に「ちっとも」反省している気がしないんだけど?
そんなこんなでたどり着いた、ナンバーズ部隊に与えられた訓練室。
そこには対ショック性の高い木目調のフロアが広がっていた。
天井もかなり高く、物が当たらないように照明は中に引っ込んでいる。外の景色を眺められるよう壁は強化ガラスで覆われているが、右手の先は鏡張りになっている。フォームの確認用なのだろう。
私たちを待っていたのは二人の上級生。
一人は昨日も見た生徒会長に、もう一人は制服の上着の代わりに薄汚れたエプロンを身に着けていた女生徒。
「やぁ諸君、待っていたよ」
生徒会長は昨日と同様に、やたら大仰にこちらを出迎えた。
後ろなので顔は見えないが、クレイトンがきっと苦い顔をしているに違いない。
「お、色っぽい姉ちゃん」
第一印象で人の印象は変わるという。
彼女がカルロのことをこの先どう見るか、少しだけ不安になった。
「その通りだ。ただ彼女は色っぽいだけじゃない。君たち攻性科をサポートする守性科のトップだ。君たち十一番隊の発足理由に大きく関係する人物だ」
「止めて、恥ずかしい」
生徒会長のことを気軽に名前で呼ぶ辺り、彼女たちはそれなりに仲がよさそうだ。トップ同士できっと交流があるのだろう。
「あらぁ。仲がよろしいんですねぇ、羨ましいですぅ」
メアリィのからかう言い方にヒヤッとさせられる。向こうは学院のトップだというのに、何を口走っているのか。
「そう、彼女とは比翼連理の」
「だからそういうのよ。貴女も冷やかさないでちょうだい」
どこにも照れた様子がなく呆れているのは、彼らの中で定番になっている会話だからなのかもしれない。いや、そんなことはどうでもいい。
「さて、今日来てもらったのは他でもない。君たちには新型戦闘端末を装備してもらう」
会長の仕切りに合わせて、隣の守性科長が足元に置いていたアタッシュケースを手に取った。
「コンバット・アクト?」
分からなさそうに名前を口にしたのが、意外なことにヴォルテラだった。
そもそもアクトというのは最近開発された、攻性フォニマーをサポートするための装備、『Assistance Connect Terminal』からくる略語だ。
フォトンの性質を利用した機能が搭載され、使用者の微弱なフォトンを読み取り、最低限の装備での遠征を可能にした多機能端末である。
「そして戦闘端末とは、文字通り僕らのような近代の攻性フォニマーを補佐する端末だ。通信機能、プログラミング、ハッキング、ソナー、簡易的にフォトンを形状記憶させたツールなどが扱える画期的なモノなのさ」
「あとでもう一度説明してくれ」
平気で言い放つヴォルテラに、懇切丁寧に説明したクレイトンは形無しだった。
ただ、悪いと思っているのだけは伝わったようで、苦言をこぼすことはなかった。
「そう。で、こちらの新型戦闘端末、通称特化端末には、我が学院が誇る守性科の新機能が搭載されているの」
彼女は開発者の代表なのだろう。
生き生きと説明する姿から、この状況を心待ちにしていたのだという感慨が見えてくる。
「君たちにやってもらうのはこの新機能のテスト」
「では僕らの選考基準である適正とは、その特化端末の装着にあたって何らかの基準を突破した、ということですか?」
クレイトンの質問はこちらの聞きたいことを先んじているので、本当に助かる。
「『何らかの』の説明は、専門的な内容になるので飛ばすわね。
ここで我々が見たいのは、初対面という状態からの信頼関係の経過。君たちの様な新入生を選んだのは、これから君たちが育むであろう関係を利用させてもらいたいから」
新機能を、守性科長は拡張連携機能と呼んだ。
初耳となる情報に全員が頭を捻ることになるので、当然説明をしてくれる。
「フォトンにはいまだ研究者が解明できていない謎が残っています。その中でも私たちは、フォトンの『繋がり合う』という性質に着目しました。
この機能は、所有者同士の戦闘時における連携をサポートするもの。混沌と化した戦況では確認動作すらも惜しい、という状況は容易に考えられます。そんな伝達の手間を不要にするため、フォトンエネルギーの変化を感じ取る『感応力』を増幅させ、目に見えない繋がりを生み出すのが拡張連携機能なのです」
分かったような分からんような。
きっと彼女は専門用語を嚙み砕いた上で説明してくれている。
これ以上詳細を求めるとなると、講義が必要になってくる気がした。
「さっぱり分かんねぇわ。つまりどうすりゃいいんだ?」
「コレを着けて訓練に励み、そして実際にそれを活用した戦闘を行ってくれれば問題ないわ」
うん、分かり易い。それならば難しい内容ではなさそうだ。
「信頼関係がゼロからの状態を利用ってことはぁ、ナンバーズ部隊の発足やぁ、共同生活が密接に関わってるってことですよねぇ?」
間延びしている考察というのも面白い。
メアリィの確認は、ほとんど正解に近いものだったらしい。生徒会長と守性科長の頷きは、ほとんど同時だった。
「ははぁん、やっぱそうだと思ってたぜ」
「カルロ君はぁ、もちろん分かってたよねぇ」
「あたぼうよ」
メアリィ、分かっていてカルロで遊んでる?
メアリィの含み笑いに気づかないカルロは、今まで一番堂々としていた。
「では、各自装着して。既に自分の戦闘端末を持っているなら、同期を忘れずに。これからは特化端末の方を使うように」
アタッシュケースの中から出てきたのは、ポピュラーな腕時計型のタイプであった。
軍事用に適した骨太のデザインに対し、白金の輝きを秘めているのは、それが特別製の証か。
クレイトンのみが戦闘端末を持っており、手続きに時間がかかった。
古いモデルでも高価な物だが、彼の所有していた端末は最近のモノ。
彼の家は裕福なのだろう。クレイトンがお坊ちゃんと呼ばれる姿は、とてもイメージがしやすかった。
液晶画面に出てきた《Yggdra》という綴り、生体認証や生徒番号などが羅列していく。
諸々の手続きは自動でされていき……私は中等部攻性科で何回か扱ったことがあるので、それほど仕様に驚くことはなかったが、ヴォルテラやカルロ、メアリィなんかは感嘆の声をあげていた。
「おひょー、カッケェ」
「わぁ、すっごぉい」
ヴォルテラも無言だが、頬が僅かに緩んでいる。
クレイトンはやたら神妙な顔で特化端末を見ていたが。
ノルンの表情だけは変わらなかった。
「さて、君たちにはテスターとしての大前提があるが、同時に十一番隊としてこの攻性科の指標となってもらわなくてはならない」
「シヒョーな、任せとけや」
分からないなら、どうしてカルロは返事するんだろうか。
「そのことで疑問があります。ナンバーズ部隊は十番隊までの決まりだったはずです。それを覆すようなことをせず、テスターとしての席を用意すればよかったのでは?」
対してクレイトンは乗り気ではないご様子。これも疑問に思っていたことだ。
ただ別途で実験を設ければいいだけの話で、新部隊を設立するメリットはないように思えるのだが。
「上級生の反発を考えなかった訳ではないでしょう? 現にこちらのアーシェとヴォルテラは、上級生からの不満が原因で喧嘩騒ぎを引き起こしています」
その言い方だと、まるで私たちが加害者に聞こえるなぁ。
やられたのは向こうだけだから、被害はないけど。
「もちろん聞いているさ、校門の修繕を頼んだのは誰だと思っている?」
その節はごめんなさい。彼に仕事を増やした事実に、少しだけ肩身が狭くなる。
「そして私は確信したよ。逆上してフォトンギアを使用した上級生を、素手でのしつけたんだろう? 私は攻性フォニマーでないので詳しいことは分からないが、武器の有無で攻性フォニマーには雲泥の差が生まれるんだろう?
曲がりなりにも彼らは三年生。
最上級生には及ばないが、決して入学したての一年生に勝てる相手ではない。にも関わらず二人はそんなアドバンテージとハンディキャップを、真正面から叩き潰した。
普通に考えれば結果は逆だろう? だから私は正当な扱いだと思っているよ。
先日の入学試験で、両名と遜色ない数字を叩き出した君たちを含めて」
腕っぷしを評価されて嬉しいと感じるのは攻性フォニマーの性だが、どうして素直に喜べないのだろうか。アーシェは考える。
生徒会長の端正な顔の少し上。蛇にも似た得物を狩る目つき。原因はこれかもしれない。
反対に同タイプの顔のクレイトンを憎めないのは、成熟し切っていない彼の不器用な姿をすでに知っているからかもしれない。兄弟でこうも印象が変わるのだな。
「もぉ、お上手なんですからぁ」
「そんな持ち上げんなって、照れちまうよ」
「ふっ」
うーん、この単純脳たちめ。
この様子だと、彼らがクレイトンの反対に協力することはないだろう。
「それで早速だが、君たちにはナンバーズ部隊の対抗試合に出てもらうことになる。当面は訓練にあててもらうつもりだが、実戦が入って来ることを忘れないように」
気になる単語が出てきたが、会長の話は続く。
しかし、その流れを引き裂く軽快な音が聞こえた。通過するだけだったエレベーターが、この階でピタリと止まったのだ。
箱の中から現れたのは攻性科の上級生8人、その中で先頭を歩いていた癖毛の男が、訓練された兵士のようにきびきびと代表で近づいて来る。
「我々六番隊は、十一番隊に対抗試合を申し込む」
エリート部隊への超スピード昇格は、大きな代償を伴うものだった。
グッバイささやかな青春。どうやら私は、茨の道に足を突っ込んだようだった。
攻性フォニマー
フォトンを戦闘に用いられる素養のある人。ようは戦士や兵士になれる人
アルマリン教導学院
アーシェ達が通う学校。かなりのエリート校と思ってくれれば……
四年制であり、攻性科(兵士育成)と守性(後方支援担当)
戦闘端末
戦闘補助の腕輪。フォトン製のロープを出したり、ツールがいっぱい入っている
軽く説明しましたが、主人公たちは特殊な装備をつけていて、そのテスターとして選ばれた……と思って頂けたら問題ありません。