29 ヴォルテラ⑧ お前で確かめろ
「お前さんら、学生辞めてウチに来ねぇか?
即戦力間違いなし、なにより根っからの戦闘マニアだ」
並み居る黒服を薙ぎ払い蹴り飛ばしたあと、スーツの男が現れた。
大道路で会い、逃げられてしまった時の、あの男だった。
今度はぶちのめしてやると息巻き、二人掛かりで武器を合わせたが、どうもやりづらい。
戦うというより勝つ気のない、守りに徹した戦い方に翻弄されていた。
時間稼ぎをされている事に気がついたのはしばらく後で、片刃の剣を担ぎながら男は言ってきた。
「そりゃありがてぇけどよ、ヤーさんの片棒担ぐ気はねぇぞ」
オレはいずれ衛士団のエースと呼ばれる男だぜ、とカルロは当然のように突っぱねた。
「衛士団? お固いねぇ。もっと力ってのは自由に使われるべきだ。
特に違法パーツなんてセコい真似じゃなく、己の鍛錬で練り上げたお前さんらにはよく分かるはずだ」
力の良し悪しを語れる立場にあるのか、お前は。
「武人気取りか? 小悪党が」
子どもを攫うという反吐が出る行いに手を染めておいて、この俺に高説を垂れるか?
「悪党もそれはそれで奥が深いんだが、まぁいい。この辺で終いだ」
スーツの内ポケットから取り出した閃光弾が、辺り一帯に効果を発揮する。
その手は二回目なので直視は防げたが、それでも十分な目くらましだった。
また会おうや。
つんざく響く高音の中、わずかにそう聞こえた気がした。
やはりというか、もう姿はない。
仕留められなかった悔しさに、その辺りのパイプを蹴りとばしてしまう。
べごんという音を立てて凹むが、怒りはちっとも収まりはしなかった。
「まぁ落ち着けって。奴が首謀者じゃねぇってことが分かっただけで幸いじゃねぇか」
カルロは見た目よりずっと冷静だ。まぁ俺がカッとなりやすい性分なだけだが……
こちらに来てもらったのが彼でよかった。
そういう意味での采配だったのかもしれない。
「切り替えようぜ。オレだってノルンを助けてぇんだ、アンタの戦力は絶対必要なんだからよ」
頷く。
出会った当初では考えられなかったが、カルロが情にも厚いおかげで、当初の目的も見失わずに済みそうだった。
さて、どうするかと特化端末を確認すると、突然の大音声が響いた。
『ノルンの装置を解除。とにかく走り回って!』
何のことやら分からんが、切羽詰まっているのは間違いない。
「……オレについてこい」
何かアタリをつけたらしいカルロ。
今は苛立ちが頭の中を占めていて、従うのは楽だった。
煮えたぎるような怒りを鎮めるのに、顔に当たる風は心地いい。
「アイツらは、アンタのドンパチに合わせて潜入したみたいだが……見つかってるだろうな」
「どうして?」
「率いてんのじゃじゃ馬だぜ? 潜入とか無理だろ」
「お前、アーシェにも素直になれよ」
吐き捨てられた。
思った事をそのまま伝えたんだが……ソリが合わない訳ないだろうに。
カルロの空中移動に合わせて、こちらも疾流で速度を上げていく。
ラボの外壁を蹴って上がり、屋上のフェンスを足場にして中心地へと進む。
散々敵を排除したおかげか、もう誰も追っては来ないようだが。
「戦っている時にも思ったんだが、どうして警報が鳴らない?」
「そりゃ鳴らせば本職の衛士団がすっ飛んで来るからな。
非合法の実験、学生も加担してる上にガキ(ノルン)の誘拐。言い逃れ不可能だから、奴らは残存勢力でオレ達を対処するしかねぇ」
分かり易いカルロの説明に、心で拍手を。
ストップだ、というカルロの指示。
敷地を進むのを止め、飛行脚で浮きながら手近の部屋に侵入するために、窓ガラスに突っ込んだ。
悲鳴、明らかに戦闘を知らない一般人の声だ。
彼に続いて窓ガラスから突破した先で、白衣を着たアルマ人達が慌てふためいていた。
「……あぁなんだっけ、そうだ、ロムニー・ハウバードゥン。ソイツの研究室へ案内しろ。悪ィが強制だ」
近場のデスクを蹴り飛ばし(誰にも当たらないよう気をつけながら)、カルロは突入したフロアで最も立場の上の研究者を目敏く見つけ、すぐにふん縛った。
手が出そうな、いや足か。
ともかく有無を言わさず脅しつけたカルロの手際で、鍵のかかったラボの中をキーでこじ開け奥に進んでいく。
生物の内側のように入り乱れた道を通り、暗くなっていく光源が俺を不安にさせた。
全てが悪事を働くためのラボかは知らないが、黒い部分は絶対にある。
その最奥、確実に機密の詰まっていそうな精密機材の並ぶ部屋の前に辿り着いた。
「カルロ、ここは?」
「これがどうやらノルンを救う何からしいな」
カードキーで部屋を開けさせていると不意に、肌を見えない何かが刺すような覚えのある感覚が襲った。
間違えないようがない、これは殺気だ。
研究者に意識を割いていたカルロを蹴飛ばしながら、体を大きく逸らした。
死角から小さな片手銃を放たれたのだ。
最小の音しか出さない隠密に長けた銃は、間違いなく学生の持つモノではない。
「カルロ、行け」
「用は済ませとく、ぶちのめせ」
開いた部屋に入っていくカルロと研究者を見送りながら、槍を静かに構える。
「今の、躱すかぁ? 末恐ろしいねまったく」
片手銃を放り捨て、片刃の剣を復元しながら姿を現したのはあのスーツの男。
この件からは手を引いたみたいな雰囲気を出しておきながら、平然と闇討ちとは。
「最後に一つ聞いときたいんだが、ガーランド人ってのは皆、兄ちゃんみたいに強ぇのかい?」
「ナギン族の槍を、そこいらの部族と比べるな」
疾流、加えて刹眼を発動。
生体系PAには、飛び道具を扱えない欠点を補える程の利点がある。それが重複発動だ。
身体能力は尋常ではないほど跳ね上がり、五感や神経は僅かな挙動も見逃さない。
「お前で確かめろ」
床を蹴るのは同時。
幅広の刃が鼻先を掠めるのを、遠い出来事のように俯瞰する。
それほどまでに動きは速く、神経は冴えわたっている。あまねくすべてが制御下にあった。
そしてこちらの一撃。だが、槍の長さはこんな室内では仇となる。
故に放つのは刺突ではなく拳打。
生体系PA、岩打流。肉体の硬化だ。
合金製の武装は、それだけで凶器。
格闘術はその凶器を引き立てる補助として考えられている武術は多い。
必然的に、四肢の警戒は疎かになる。
武器以外の牽制を本命に選ぶ。
岩を砕き鉄を貫くPAがその懐に突き刺さる。決して肉体を貫きまでしないが、受けた側はそう錯覚したはずだ。
驚愕と激痛で悶える男が、倒れないよう根性で顔を上げた。
その上がった苦痛に震える顔を、構わず蹴り飛ばす。
俺の蹴りは丸太だって破壊する。
ついでに喰らった衝撃で壁に思い切り激突したこともあって、完全に男の意識は奪い取ったはずだ。
「今の俺は学生だ。命を奪いはしない」
手から離れた男の片刃剣を基本状態に戻し、使用不能になるようフォトン弾倉を抜き取った。
「うっし」
これで俺の気はもう完全に紛れた。
待ってろノルン、すぐ行くからな。
数分後、満足げなカルロが部屋から出てきた。
「首尾は?」
「誰にモノ言ってんだよ?」
しかし、軽口を叩けたのはここまでだった。
研究所内を最短で進み、十一番隊とようやく合流を果たし……唖然とさせられる。
俺たちを待っていたのが、変わり果てたあの子だったから。




